のんびりしながらでも
僕にはそれが、できるかもしれない。
……と、言ってはみたものの。
「具体的な手段とかあてがあるわけでもないんだよなあ」
思い付いた端からあれこれ試してみて上手くいけば儲けもの、という感じなのだった。
ただ、なんとなく本能というか勘というか、やれそうな気がするんだよね。でもって、こういう時の僕の『やれそうな気』——霊感とでも形容すべきものは、少なくともこの世界に戻ってきてからというものバチバチに冴えている。たぶん因果に干渉する闇属性の魔力が、無意識で作用しているのだろう。
なので。
躍起にならず慌てず急がず、でも思い付きを形にすることは怠らない——。
そんなふうに過ごすことに決めた。
もちろん
なにより、この件だけに没頭するわけにもいかない。
僕らには日々の生活があるし、近付いてくる冬への対処もしなければならないのだから。特に
※※※
とりあえず、翌る日。
手始めとして
ふたりに僕の魔力を流し、ふたりの魔力を僕が受け取る。もちろんそれで魔術が発動するものでもないが、魔力には記録と記憶が宿っているし、僕の中のなにかが喚起されるかもしれない。
「すまないね。ぼくらに、当時の記憶があればいいんだけど」
「そうね……魔王、だったかしら? そんなのとわたしたち、戦ったのかな」
ふたりがそう言うのに僕は首を振る。
「いえ、むしろ申し訳ないです。本当なら、今の時代のことは今を生きる人たちでちゃんと解決すべきなのに」
だからお手伝いを頼むのは最低限。
あとはお茶を飲んでケーキを食べて、子供たちとのんびり過ごしてほしいな。
そして午後からは、家のあれこれをこなしていく時間。
今日は——、
「ポチを洗います!」
「おー」
「うー!」
「わうっ!」
「きゅるるっ……?」
牧場の西に流れる川の、
デッキブラシ(のような形状をしたこっちの世界の掃除用具)を持つ僕。
同じくブラシを手にふんすとはりきるカレン。
バケツを抱え、なんだかわくわく顔で目を輝かせるミント。
絶対になにも理解していないショコラ。
そして囲まれてきょとんとしているポチ。
みんなで、ポチの甲殻を綺麗にするのだ。
ポチは基本的に屋外で暮らしている上に、
ちなみに母さんは周囲の見回りに行ってくれている。昨日の今日で
「じゃあ、まずは頭からいくか。顔の周りは拭う感じでいいけど、フリルはしっかり洗うからね」
「きゅるるっ!」
「きゅるっ……きゅう……」
ゆっくり水をかけながら汚れを落としていく。ごしごしとこすってやると、気持ちよさそうに目を細める。
「みんとが、おくちふいたげるね!」
「きゅうっ」
「スイ、
「わかった。じゃあカレンはフリルをお願い。背中に乗って後ろから磨いて」
「わおんっ! わうわう!」
「お前、水飛沫は好きなんだよな……シャワーは嫌いなのに……」
バケツの水をポチにかけると、反応してはしゃぎ回るショコラ。
「すい。その、もっぽ? かして! ぽちのあんよのどろ、おとすよっ」
「じゃあお願いしようかな。甲殻の隙間に詰まってる土を念入りにね」
「ん……普段、ハーネスをつけてるところの汚れが薄い。いつもありがとうね、ポチ」
「きゅるるるっ!」
「がふっ! がふう」
「ショコラが穴を掘り始めた……」
河原の石の隙間に鼻先をつっこみながら、前脚でがしがし掻き分けている。暇なの? トビケラの幼虫とかいるの?
「それにしてもやっぱり、そこそこ汚れてるなあ」
「
「そっか、じゃあ来年も、この季節にやんないとね」
「ん。ポチも気持ちよさそう」
「きゅるう……」
「おなかもごしごしするよ! ぽち、ねて!」
はりきるミントは息を弾ませて、ほっぺたを泥水で汚している。
僕らの手もタオルも、もう真っ黒だ。
「ショコラ、暇なら魚でも獲っておいてくれよ」
「がふっ、がふがふがふがふ」
「穴掘りに夢中かあ」
「ミント、こっちに来て。すすぐから」
「うー!」
カレンが魔術の雨を降らせ、ポチの身体を仕上げとばかりに洗い流す。
跳ね返った細かな水滴が霧となって陽光を乱反射させ、七色の光を現出させた。
「わあ、にじ! すごい、かれん、すごい!」
きゃっきゃとはしゃぎ回り、濡れるのにも構わずその中につっこんでいくミント。
ポチは寝そべっていた身体を起こし、きゅるう、と楽しそうに鳴く。
「ただいま戻ったわ。……あら、楽しそうなことしてるわね」
森の茂みの奥から顔を覗かせた母さんが目を細め、ミントたちに優しい笑みを送る。母さんの気配に気付いたショコラが穴掘りをやめ、たったかそっちに走っていく。
「ふふ、においでわかったの? 現金ね」
「わうっ! わんわんっ!」
母さんの手には、ついでに狩ってきたらしいトゥリヘンドが握られていた。ショコラはそれに物欲しそうな顔で鼻先を近付け、はっはっはっはっと舌を出す。
「母さん、そいつちょうだい。ついでにここで処理して帰るから」
「くぅーん……」
「ショコラはおあずけだぞ。晩ご飯にはまだ早いからな」
秋風は軽い運動で汗ばんだ肌に心地よく、霧雨の飛沫は火照った体温に優しい。
そんな当たり前の——大切な昼下がりを、僕らは過ごしたのだった。
※※※
そして、その夜。
僕は——夢を見て、飛び起きた。
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犬は急に穴を掘り始める それは誰にも止めることはできない
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