子供の頃に遊んだあの子

なんだか僕も強くなってて

 異世界ともなれば不思議なことのひとつやふたつ、当たり前のように起きるだろう。けれどたとえどんなに不思議なことでも、起きたのであればそこには理由がある。


 理由と帰結——原因と結果、始まりと終わり。

 つまり、


 門の前に立つ。庭から臨むその場所の惨状は、昨日の出来事が夢や幻ではなかったことを示している。木々の枝は折れ曲がり、地面は赤黒く変色していた。


 そして大きなものを引きずっていった後が、


「森の奥に、続いてる……」


 ドラゴンは忽然と消失した訳ではない。

 夜のうちに、何ものかが持ち去ったのだ。


「わん!」

「どうした?」


 ショコラが門から出て、五メートルほど駆けていく。

 大きな樹のそばで立ち止まって、こちらを呼ぶように吠えた。


「わう、わう!」

「ついてこいって?」


 門から出るのは怖かったが、剣の柄に手をかけながらゆっくりと、周囲を警戒しながらショコラの元まで歩んだ。


「わんっ!」

「これは……」


 そこに転がっていたのは、ドラゴンの頭部だった。


 正直グロい。血のにおいも凄いし、吐きそうだ。おまけに近くで見るとなんというか『これ本当に作り物じゃないの?』感がすごい。なにせショコラの身体と同じくらいの大きさをした、トカゲの頭なのだ(正確にはトカゲとはまた違っていて、まさにドラゴン! って感じのドラゴンなんだけど)。


 でも我慢して観察する。鋭利な断面は昨日、我が家の愛犬が一閃した証。牙が伸びてる訳でもないのにいったいどうやったんだろうねこの子ったら。


 まあそれはいい。

 状況を整理すると、こうだ。


 夜のうちに、ドラゴンの死体を持ち去ったモノがいる。

 それも手荒でぞんざいに、地面を引きずっていった。

 加えて、頭は放置して胴体だけを持ち去った。

 

「もし人間……少なくとも理性と知性があれば、死体なんかよりこの家のことを気にするはず」


 家に押し入ろうとした、あるいは訪ねてきた形跡はない。

 ドラゴンを弾いたあの結界が、僕が眠っている間も動作したのだろうか?


「だとしても、死体を持ち去ったりはしないよな」


 僕が原住民なら——知恵と文明を持った生物なら、そんなマネはしない。


 ドラゴンは家の住人が狩りで仕留めた獲物かもしれないし、死体の状態を見れば実力を警戒して然るべきだ。なのに無断で手を付けるなど、挑発行動に等しい。相手と友誼ゆうぎを結ぶにせよ排除を目論むにせよ、少なくとも朝を待ってコンタクトを試みるか、もしくは隠れて様子を見る。


「やったのは獣……動物。それもたぶん、一匹?」


 その場で食い散らかすでもなく、また頭部は置いてけぼり。

 つまり単独行動の生物が、食いでのある胴体だけを巣穴に持ち帰ったと見るべきではないか。


 しゃがんで地面を見る。獣の足跡らしきものは見当たらない。というより——わからない。ろくに山歩きもしたことのないような僕には、地面に残るこの引きずったような跡から、精緻な情報が読み取れるはずもなかった。


 未知の脅威を意識したせいで、背筋を冷たいものが伝う。だけどこのまま手をこまねいていていいものか。そいつが再び戻ってきたとして、昨日みたいに震えているだけではいられない。


「……まずは埋めよう、この首」

「わう」


 足早に倉庫へシャベルを取りに戻る。木の根がなさそうな場所を見繕い、力を込めて地面に突き立てた。固そうな土だったが、予想していた以上にあっさりとシャベルは埋まる。


「なにかあったら吠えて知らせてくれな」

「くーん」


 ショコラに哨戒しょうかいを任せつつ、急いで穴を掘る。ドラゴンの首を蹴転がして落とし、土をかぶせて固めていく。


「放置しとくと、ダメな気がするんだよね……っと」

「わう」


 少なくともこのままでは、別の獣をおびき寄せる餌になるだけだ。


「というかこいつ、食えるのかな……」

「わおん!」


 さっきショコラはしきりにドラゴンのにおいを嗅いでいた。あれはただ興味を惹かれただけなのか、それとも食べたかったのか。


「まあ食糧が家にあるうちは、な」

「くーん」


 実際問題、いずれは森で狩りをする必要が出てくるかもしれない。いざそうなっても、どれが食えてどれが食えないのかさっぱりわからないのが悩みどころだ。手当たり次第に口に入れる訳にもいくまいが、ショコラは鼻が効きそうだから判別を頼めるだろうか。


 完全に埋まったので、土をばしばしと踏み固める。

 固め終わった後、僕は握っていたシャベルを掲げ、めつすがめつした。


「……わう?」


 そんな僕の様子を、ショコラが不思議そうに見上げてくる。

 頭を撫でながら、昨日から抱いていた違和感を口に出した。


「ああ……やっぱり……


 まずきっかけは、玄関に鍵を差し込んだ時。

 身体の中をが駆け抜けていって、それ以降、やけに全身がすっきりしたような気持ちになった。疲労が消えて、背負っていたリュックをやけに軽く感じた。


 そうだ、思い返してみれば。

 『軽く感じた』のは、一時的なものではなかったのだ。


 家探しの最中、水や食糧を棚から出したり納めたりしている時も。

 外の倉庫で剣を持ち上げた時も。

 そして今、シャベルで土を掘り返して、ドラゴンの頭を埋めた時も。


 最初は気のせいということにした。

 剣は異世界の不思議テクノロジーでそもそも軽いんだと思った。

 けれどシャベルを使うに至り、剣と同じように羽みたいだなと驚いて、ドラゴンの頭部を埋葬する作業をもって、はっきりと意識した。


 そもそもの僕は、こんなに力持ちではない。


 体育会系とはほど遠く、スポーツの経験も体育の授業しかなく。ショコラの散歩が日課だったから子供の頃から歩くことだけは欠かさなかったけど、ウォーキングだけでパワー系になれるならスポーツジムは店じまいだ。


 昨日、ファイアボールと叫んでひとり顔を赤くしたことを思い出す。


 ひょっとしたらまた恥をかくだけかもしれない。でも隣にいるのはショコラだけだ。賢くて可愛いこいつは、僕の醜態を笑ったりはしないだろう。


「ダメで元々だ」


 木に立てかけていた剣へ手を伸ばし、シャベルと剣を持ち換える。

 鞘から引き抜いて、両手で柄を握る。

 やっぱり軽い。羽みたいに、空気みたいに。これなら棒切れよりも遥かに簡単に振り回せるだろう。


 頭上を見渡す。一本の樹に目を付けた。そいつから伸びている枝——折れても曲がってもおらず、適度な太さをして、五メートルほどの高さにあるやつ。


 息を吸って、吐いて、肩の力を抜いて、僕は。


「……よし、いくぞ」


 身を屈め、よいしょと力を込めて、ジャンプした。


「おりゃっ!」


 気合いの声とともに、すべてはゆっくり感じられた。

 剣道なんかやったことない。だから本能のままに振りかぶって、頭上から振り下ろす。


 たぶん不恰好なスイカ割りみたいだっただろう。

 それでも剣は、枝に刃を食い込ませ、ものの見事に断ち切った。


 助走もなしの垂直跳び——頭上五メートルの高さの枝を。

 どうやら僕の肉体もまた、おかしなことになっているらしい。

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