だから、やさしいひとときを

「ねえねえショコラ、また遊びに来てくれる? ぼくも行くからさ!」

「わうっ!」


「ミントの髪、ふわふわだね。枯草のベッドみたい」

「うー! ありがと!」


「すごく参考になったよ。まさか火属性にそんな性質があったなんて」

「お役に立てたのなら嬉しいわ。こちらこそ、いろいろ教えてくれてありがとうね」


「あんた、花が似合うわね。また作ったげる」

「きゅるっ?」


「えへへ……あったかいです」

「ん。潰れちゃわないように気を付けて」


 それぞれが思い思いの会話をしながら、並木道を行きとは逆に通っていく。

 孔雀クジャクなどはカレンの胸元にすっぽりと納まっており、谷間から上半身を出しており……いやその、仲良くなったのはいいんだけど、目のやり場にだいぶ、かなり、めちゃくちゃ困るからね?


「スイさんは竜族ドラゴンとお友達なのよね?」

「あ、はい。北の方に住む一家と仲良くさせてもらってます」

 

 僕は妖精女王——シキさんと並んで会話をしている。

 城から出られない、と聞いていたが、正確には城というより『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』から、なのだそうだ。


 なのでこうして、門まで送ってくれている。


「もし気が向いたらで構わないわ。彼らにわたしたちのこと、紹介してもらえないかしら?」

「むしろ、いいんですか? 広まるのはよくないかと思ってたんですけど」


 問い返すと、シキさんは笑んだ。


四季シキとね、決めたのよ。流れに任せよう、って」

「つまり、僕らに……?」

「うん、あなたたちに」


 彼女はどこか楽しそうでさえある。


「あなたたちは、わたしたちの過去を聞いて、自分のことのように想ってくれたわ。だから、あなたたちが紹介していいと思った相手となら、上手くやっていけるかなって」

「それは、その……信頼してくれるのは嬉しいですけど」

「さっきはあんなふうに言っちゃったけど、深刻に考えなくていいわ。……わたしたちはね、何百年か後のいつかに来るかもしれない破滅を恐れて、おもしろおかしく過ごせたはずの今日を失うことの方が嫌なのよ」


 シキさんの言葉は本心からのようで、僕らを気遣ってのものではないみたいだ。だったら僕も——少なくとも彼女たちと顔を合わせている間は、思い悩むことをやめよう。


「わかりました」


 僕は並木道を囲う四季折々の色を横目に、笑う。


「少なくとも僕らが生きている間は、あなたたちに笑っていてもらいたいですから」



※※※



 幸いなことに——もうほとんど心配していなかったけど——妖精境域ティル・ナ・ノーグから戻ってきたら百年経っていましたなんてこともなく、かくして僕らは日常に戻る。


 日が暮れて、お風呂に入って晩ご飯を食べて。

 僕らはリビングでだらりと、お茶を飲みながら夜を過ごした。


 お茶請けはお土産として持たされたフルーツだ。


「この果物、美味しいわねえ」


 カットしたマンゴーを母さんが口に入れ、幸せそうな顔をする。


 なにぶんどっさり持たされたので、野菜室を満杯にしただけでは飽き足らず、そこから溢れてキッチンの一画を占拠していた。腐らせてしまう前にどんどん消費しなければならない。

 これ、傷む前に全部食べ終えることができるんだろうか……。


「王国にはないの? マンゴー」

「お母さんは見たことないわ。カレンは?」


「似たようなやつを獣人領で食べたことがある。パルケルなら知ってるかもしれない。でも、ここまで甘くなかった」


 カレンも子リスみたいにもぐもぐやりつつ、口元が綻んでいる。


「くぅーん……はぐっ!」

「ショコラもそれ、久しぶりだよな。ミルクがまだあってよかった」


 足元、皿に口を突っ込んで夢中なショコラ。

 こちらは切ったバナナにミルクをかけたもの。向こうでこいつが好物だったもののひとつだ。


「それ、美味しいの?」

「バナナとミルクはよく合うよ。明日、バナナセーキ作ろっかな」


 僕らだけじゃなく、ミントも喜んでくれるはずだ。


「むぐ……そういえば、竜族ドラゴンの里で、ポチの角に花輪がかかってたの、覚えてる?」


 カレンがマンゴーを飲み込みながらそんなことを言ってきた。

 母さんがティーカップを傾けつつ、苦笑する。


「ええ。霧雨キリサメちゃんの仕業だったんでしょうね」

「ん。本人には確かめてないけど、きっとそう。今日も同じことしてたし……」


「散歩してた時に、ミントがいつの間にか花を持ってたんだよね。ふたりで蜜を吸ったよ。きっとあれも、妖精さんの誰かがミントにこっそり握らせたんだ」


 どんな気持ちだったのかな、と思う。


 僕らに気付いてもらえない悪戯。

 一方通行の思い。

 彼らはきっと、二千年もの間、ずっと——。


 胸に淀む重いものを振り払うように、僕は声を明るくした。


シキさんが、ジ・リズたちに紹介して欲しいってさ。明日、ちょっと来てもらおう。竜族ドラゴンの伝承も改めて検証してみたいし」

「そうね。神代かみよの大魔術……あの話を聞いた後だと、ジ・リズたちの見解も変わるかもしれないわ」


「果物もお裾分けできないかな。ドラゴンって、フルーツ食べるの?」

「どうかしら……でも、お子さんたちなら喜んでくれそうね」

「確かに、サイズもちょうどいいしね」


 僕らはあえて笑顔のまま、悲しい話題は一切出さず、賑やかな夜を過ごした。


 もちろん僕もカレンも母さんも、妖精たちの過去に思うところはある。彼らに感情移入してしまった部分も大きい。

 境遇に共通点があったから、なおさら——気を抜くとあれこれ考えてしまいそうだった。


 だけど、せめて今日は、今夜くらいは。

 前向きな気持ちで、彼らとの出会いに感謝しながら過ごそうと決めたんだ。




 彼らもいまごろきっと、同じように思ってくれていると信じて。

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