世界の傷口に立つ

「……以上が、僕の推察した——『帝江ていこう』と『稀存きぞんしゅ』が発生する仕組みです」


 

 そしてそれから、二日の後。

 ノアの屋敷まで赴いた僕らは、一同にひと通りの説明をする。


 二千年前に起きたこと。

 世界の改変。

 妖精とエルフの起源。

 そういったものも含め、ここにいる人たちにはすべての情報を開示した。


 ただ、四季シキさんたちに会わせるまではしていない。万が一、情報が洩れた時に『あくまで僕の世迷言』という建前が作れるからだ。


 それでも彼らはみんな、僕の話を真摯に聞いてくれた。


 やがて説明を終えた後、最初に口を開いたのはリックさんとノエミさんだった。


「……エルフの身としては、二千年前の話が気にはなる。でも、ひとまずは目先のことだな」

「そうね。アテナクのやってきた『坩堝るつぼ砕き』の実態が、見えてきた」


「うん。具体的にどうやってたのかは、今となっては知りようがないけど……少なくとも、魔力坩堝の濃いやつをどうにかしていただろうことは確かだよ」


 続いてベルデさんとシュナイさんが得心したように言った。


「スイの説明だと、深奥部で儀式が行われてなくて、それに不都合がなかったってのも合点がいく。変異種が食い合う魔境じゃ、寿命まで生きるようなことがないんだろう」

「聞く限り、相当に低い確率を引き続けた結果みてえだしな。……変異種が寿命まで生きるのも稀、魔力坩堝で死ぬのも稀、澱みを重ねた魔力坩堝がずっと残るのも稀、そしてそこで更に変異種が生まれるのも稀……まれながらえる種、ったあよく言ったもんだ」


「たぶん『帝江ていこう』に変異種が生まれても、そいつが稀存種になる確率は更に低いんじゃないかと思う。もしかしたら、そこにもなんらかの要因があるのかもしれない。……ただ現状、僕はそれに関係する夢を見ることができてはいません」


 そして最後に所感を述べるのは、ノアとパルケルさん。


「まあ、わからぬことは引き続き探っていけばいいし、今の段階の情報から推測できることもあるだろう。たとえば他の『神威しんい煮凝にこごり』……『ヘルヘイム渓谷』と『悪性海域あくせいかいいき』についてだ」

「特に渓谷はあたしの祖国が関係してるからね。気になってた。……やっぱり妖精犬クー・シーさまは、あたしたち獣人の守り神だったんだ」


 パルケルさんが感じ入った表情で、僕の足元で身体を丸めるショコラを見遣った。


「……わふっ?」

「お前の親戚たちが頑張ってるってことだよ」


 きょとんとするショコラの背中を撫でる。


 妖精犬クー・シーは、ヘルヘイム渓谷の生態ピラミッドにおいて頂点に君臨する魔物だ。それはである。


 現地では『変異種殺し』とも呼ばれるそうだ。変異種を打ち負かすことすらあるという事実によるものだが——つまりヘルヘイム渓谷の変異種は、クー・シーによって狩られてしまう。そのため寿命で自然死することがほとんどなく、『帝江ていこう』も発生しないのだろう。


「……たぶん、二千年前からずっと、ショコラたちは頑張ってきたんだと思う。エルフの祖になった日本人たちにお願いされたのかもしれない」


 輪島わじまさんと、中野なかのさん。

 四季シキさんたちから、シベリアンハスキーの一家を託されたふたりに。


 シベリアンハスキーの一家はその後、ヘルヘイム渓谷を棲家にし、数を増やし、かの地の平和を人知れず守ってきた。二千年を経た今もなお、守り続けている。


 もちろんクー・シーだって、いつでも間違いなく変異種を狩れるわけではないだろう。それは死と隣り合わせの危険な行為のはずだ。事実、ショコラの両親は変異種によって殺されてしまっている。


 ただ、それでも——、


「お前の両親も、誇り高く戦ったんだ」

「わうっ!」


 その頼もしくも強い血脈は、今に受け継がれているんだ。


「悪性海域は、デルピュネ族と竜族ドラゴンか……。海域の中心部に居を構えるヤト氏族のお歴々は、あるいはこのことをご承知なのかもしれんな」

「可能性はある。どうしても知りたいなら、ジ・リズに頼むよ」


 ただ、以前ちょっと話をしてはみたが、当人(竜だけど)はあまり乗り気ではなかった。ヤト氏族のドラゴンたちは総じて頑固というか気難しいというか、ジ・リズたちファーヴニル氏族とは交流がほぼないらしい。知り合いがいないこともない、みたいな言い方ではあったので、なにかのトラブルがあって本当に知恵を借りたい時はお願いしなきゃならないとは思うけど。


「いや、ジ・リズ殿のお手をわずらわせることもあるまいさ。そもそもあそこは帝国の領海、他国うちが介入するのは筋違いだ」


 ノアの言葉に僕は首肯した。


「そうだね。ただ、ここで重要なのは……『ヘルヘイム渓谷』も『悪性海域』も、それぞれのやり方で対策はしてるってことだ。つまりこれは『神威の煮凝り』で起き得る自然現象ということになる。そして『虚の森ここ』では現在、対策を失った状態でいる」


「ごめんなさい。ドルチェは『坩堝砕き』を具体的にどうやってたのかは知らないんっす。関わらせてもらえなかったっていうか、関われるような立場にいなかったっていうか……」


「ん、だいじょぶ。ドルチェの責任じゃない。かといって……アテナクが悪いのか、エルフ国アルフヘイムが悪いのかは、私にはちょっとわからないけど」


 カレンがドルチェさんの頭を撫でながらフォローする。


「『坩堝砕き』の責務を押し付けた本国も悪いし、ドルチェをぞんざいに扱ってたアテナクも悪いわ。同罪よ」


 するとノエミさんがまるで張り合うように、ドルチェさんの肩を抱いてよしよしと揺すった。

 なんだろう……この子、同族の庇護欲をそそる容姿でもしてるのかな……。


「厄介なのは、『虚の森』が他の二箇所に比べて、極端にでかいことだな」


 ベルデさんがそんなカレンたちに苦笑しつつ、話題を再開させた。


「『ヘルヘイム渓谷』も『悪性海域』も、広さとしちゃあ、そうだな……せいぜいが『虚の森』の三分の一、下手したら四分の一くらいしかねえはずだ。要するにここだけ、警戒すべき面積が広すぎんだよ」

「確かにな。やばそうな魔力坩堝を消して回るっていっても、俺たちシデラの冒険者には不可能に近い。うちの大将が率いた調査隊でさえ、中層部の端っこに行って帰るだけでやっとこさだ」


 シュナイさんも眉を寄せる。

 見ればエジェティアの双子もノアたちも、それぞれが難しい顔をしていた。


 だから僕はカレンとショコラに目配せをし、言う。


「応急措置にはなるんだけど、しばらくは僕らがやります。ジ・リズにも手伝ってもらうつもり」

「だがそりゃあ、お前たちの負担がでかくねえか?」


「大変じゃないかと言われると嘘にはなります。ただ、森は僕らの家があるところだから。自分ちの庭を掃除するもんだと思えば、そりゃあやんなきゃって話になるし。それに、いつまでもこのままじゃない。対策を考えますよ」


 幸い、これからは冬の季節だ。

 草木が休み、獣たちは身を潜め、森の恵みが一時的に減る時期。それはつまり、変異種にとっては生きにくい環境となる。


 奴らは冬眠ができない。おまけにエネルギーの消費も激しく、食料が確保できないままだと飢え死にしてしまう。そして、餓死は自然死にはならないし、なにより餌を求めて遠出するので、巣穴で——魔力坩堝で死ぬケースが激減する。


「冬の間に、なんとか活路を見出したいな。エルフ国アルフヘイムの出方も気にしなきゃいけないけど、可能なら、そっちには頼らずに『帝江ていこう』の発生を防げる手段を探したい。僕らが楽できるようなやつを」


「そうか、すまんな……俺たちにできることがあるなら遠慮なく言ってくれよ」


 ベルデさんの言葉に、みんなが揃って頷く。

 つまりそれは、この場にいる人たちの総意でもあった——誰も彼もが、僕らを案じてくれている。


 そのことに心をあたたかくしながら、僕はカレンとショコラと、顔を見合わせた。


 留守番してくれている母さん、ミント、ポチ。

 幽世かくりよで暮らす妖精の一家。

 それに竜の里にいるジ・リズたち。


 この森の奥地に暮らすのは、誰も彼もが特段のチート持ちだ。

 だからきっとなんとかなるし、なんとかしてみせる。




 夢で見た、稀存種。

 二千年前に世界を食い荒らした『魔王』たち。

 あいつらみたいなのをまた、この世界に生み落とすわけにはいかない。

 だって——。








 あれは、あの『魔王』たちは。

 僕らが戦ったキマイラなんかと比べものにならないほど、強く恐ろしかったのだから。

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