頭の上でこんにちは
かくしてミントの撮影した写真の鑑賞会は、
リビングに集まった一同は、スマホを囲んで顔を突き合わせる。
妖精の写真は、二枚。
行きで撮れたものの他に、帰りの分にももう一枚あった。
しかもこっちは複数——男の子っぽい個体がひとりと女の子っぽい個体がふたり、計三体が草の陰からこっちを覗いている。
「……まあ、なんというか。かわいらしくはあるよね」
冗談めかして言ってみるも、誰も笑ってくれなかった。
母さんが難しい顔をしながらミントに問う。
「狙ってカメラを使った訳じゃないのよね? ……この子たちがいたから、とかではなくて」
「うん、いなかったよ? みんとのしらないひと」
「ショコラ、あなたも気付かなかった?」
「くぅーん」
ミントもショコラも、不思議そうに首を傾げるのみ。
カレンもさっきから考え込んでいる。
みんながそんな様子なので、僕はまず自分の知りたいことを尋くことにした。
「ねえ、ここに写ってるもの……僕の認識だと『妖精』とか『ピクシー』とかなんだけど。この世界において、この子たちはどういう存在なの?」
「そうね……スイくんにもわかりやすく、最初から話さなきゃいけないわね」
答えてくれたのは母さんだった。
「これは私たちの認識でも『妖精』と呼ばれているわ。掌ほどの小さな身体に虫の羽根を持つ、人の姿をしたもの。お伽話、神話、伝承、そういったものに出てくる、悪戯好きの存在。そしていま現在、目撃例はなく実在の証明もできない……つまりは架空の存在とされているもの」
「実在が証明されてないだけで、実在を信じている人がいる?」
「特に、信仰の一部としてね」
母さんはカレンを
彼女は相変わらず
「エルフには、自分たちの父祖が妖精だったという伝承がある。お祈りとかする時にも『我らが父祖、妖精王と妖精女王に』って
ほとんどが信じていないということは、少数は信じているということか。
「私からもスイくんに尋きたいわ。カメラ……その板の故障ということはない?」
「仮に故障してたとしても、こんなはっきりとした像が急に写り込むなんて、ちょっと考えにくいな。ただ、こっちの世界に来て、スマホになんらかの魔術的な作用が働き始めたってことはあるかもしれない」
万物に魔力は宿る。
動物、植物、土や水や空気——そして無機物、金属や宝石などにも。
つまり、スマートフォンのような機械にも。
母さんは腕組みをして、小声で考察をつぶやき始める。
「魔術的な作用、か。ミントの魔力がスマートフォンを媒介にして、魔術を稼働させた? あっちの世界の未知の技術がたまたま魔導補助具として働いた? だとしたら、そこにどんな効果があったか」
研究者の顔になり、思考に没頭する。こうなると僕らのことを忘れてしまうので、しばらく見守っておかなければならない。
「魔導が不規則に作用してカメラの機能をおかしくさせた。ミントの無意識下の想像を、まるで実在のもののようにして写真の中に描いた。家族の誰かの深層意識と繋がって、妖精の絵姿が投影された。……あるいは」
そして、母さんは最後に、眉根を寄せながらひとりごちる。
「あるいは……カメラを介して、見えないものが見えた?」
「見えないもの?」
思わず問い返す僕。
「普段は姿を隠してる、とかそういうの? なんらかの魔術で?」
「ええ。可能性はあるかもしれないと思って」
母さんはそれに大きく頷いた。
「そもそも『妖精』という言葉には『珍しい生き物』『あり得ない存在』というような意味合いがあるの。たとえばショコラ……クー・シーはかつて、伝承の中にのみあって実在しない種だと思われてたそうよ。だから『妖精犬』なんて名前なの」
「わふっ?」
「なんかごめんな、シベリアンハスキーの雑種だと思ってて……」
名前を呼ばれたショコラが「なになに?」みたいな顔でこっちを向くので、とりあえず撫でておく。わしゃわしゃすると目を細める。お前、シーラカンスみたいなもんだったんだな……。
「獣人が今でも熱心にクー・シーを崇めるのは、神が実在してたっていう衝撃が大きかったからだって言われてる」
カレンが母さんの説明に補足を入れる。
「なるほど……クー・シーが神格化されたんじゃなくて、神さまだと思ってたものが本当にいた、ってことね」
もちろんそもそもは、遥かな古代に獣人の誰かがクー・シーに助けてもらった、とかが始まりではあるんだろうけど。以来、一切の再会がないまま神格化されていったのだろう。
「だったら妖精も、まだ発見されていない未知の生物である可能性は充分にあるってこと? そういえばミントも同じような感じじゃなかったっけ」
「ん。ミント……
「可能性はあるわ」
僕とカレンの会話に、納得したような顔をする母さん。
「『
それが最も可能性の高い説のように、僕にも思えた。
ヘルヘイム渓谷——『
僕らがそのように納得しかけているところに、解説が入る。
「うーん、残念。隠れ住んでるっていうのとは少し違うんだよなあ。魔術を使ってる訳でもないし」
「そうだね。ぼくらは別に、自分から隠れている訳じゃない。ただ見えないだけだ」
「でもそれも仕方ないよ。王さまと女王さまも言ってたでしょ。意思あるものがわたしたちが見えるようになるには、意思なきものからの観測が必要になる、って」
「ふん。わたしは別に、あんな奴らに見てもらえなくったって
「ええ……わたしはやっぱり、おしゃべりしたいな……」
「「「「「…………」」」」」
「でもさあ。やっぱりこの家って、なんだか変だよね」
「ええ確かに。こんな様式のもの、ヒトの街にもなかったわ」
「そもそも彼らはなにをしているんだろう。あの板をみんなで覗き込んで……」
「わたし、見てこよっかな」
「だ、大丈夫? 危なくない?」
「「「「「…………」」」」」
「あ、この前、
「そうそう、なんか、ばしゃばしゃって変な音をたててたやつ」
「
「ぼくは止めたよ、危険かもしれないって」
「べ、別に怖くなんてなかったわよ! だから今回も平気……」
「「「「「…………」」」」」
「……って、え」
「えっ」
「え」
「え……」
「え?」
こっちの視線に。
ミントの頭の上でぺちゃくちゃとお喋りしていたそいつらはようやく気付く。
そして僕は——。
呆然とする母さん、ぽかんとするカレン、首を傾げるショコラ、にこにこするミントを代表し、妖精たちに一応、問うた。
「あの……見えてるけど、いいの?」
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