竜と花輪と海水浴
いつも歓待ありがとう
到着したのは、出発してから三日めの昼だった。
「みねおるく、じねす、こんにちは!」
「おおー、よく来たな!」
「い、いらっしゃい……!」
山道を登りきったところで出迎えてくれたのは、竜の子ふたり。
ミントの周りをぐるぐる旋回し、挨拶がてらにはしゃぐ。
「いやあ、無事でよかったな、おまえ」
「? みんとはげんきだよ?」
「ジ・ネス、しっ! ……そうだね、ミントちゃんは元気だもんね」
彼らはジ・リズからミントの危機を聞かされていたようだ。きっと、すごく心配してくれたのだろう。——まあ若干、弟の方が口を滑らせてはいるけども。
「にーちゃんたちもようこそ! へへっ、歓迎するぜー」
言いながら僕の頭に乗っかってくるジ・ネスくん。
「ようこそおいでくださいました……きゃっ!?」
一方のミネ・オルクちゃんは背後からカレンに、ぬいぐるみのように抱きすくめられる。
「うー、いいなあ……」
羨ましそうにそれを見るミントに、
「じゃあ、ミントはショコラにお願いしなさいな」
「わうっ!」
母さんが御者台の上からウインクする。
ショコラがミントの傍に寄り、足の間にするりと入り込んだ。
「わあ、らいどおん! やたっ」
「スピードを出しすぎないようにな、ショコラ」
「わおん」
そうしてゆっくりと、僕らは
ラミアさんたちも元気そうで、こちらを認めると作業の手を止めて大仰に礼をしてくる。だから僕らは手を振りかえし、そうしてジ・リズ夫妻との挨拶を終え——。
※※※
滞在日程が長いと、ゆとりが出てくる。
あれもやろうこれもやろうとスケジュールを詰めずに済むし、のんびり過ごす時間もたっぷり取れる。
と、いう訳で。
荷物を置いてお土産を渡したあと、僕らはとりあえず遊ぶことにした。
斜面を切り拓いて作られた牧場は広大で、ゆるやかな坂になっているものの、存分に走り回れるスペースがある。うちの牧場もかなりのものだが、それでもこの里には
まずは競争をすることにした。
対戦カードは、僕とショコラだ。
「考えてみたら、お前と真剣勝負なんてそうそうしないよな」
「わん!」
「勝てるかな……いやあんま勝てる気はしないな……」
「ぐるる……」
「わかってるよ、本気でやるから」
「わおん!」
屈伸運動をしながら準備を整える。スタートの合図はミント、ゴール地点にはカレン。子ドラゴンふたりとラミアさんたちが、固唾を飲んで見守っている。
「じゃあ、いくよ。よーい……どんっ!」
身体強化を目一杯にかけて、僕はクラウチングスタートから加速する。
ショコラはあくまで自然な調子で、たあんと草を蹴る。
「……っ!」
こんな全力疾走したの、たぶん高校の体育祭以来だ。
ただもちろん当時とスピードは比べものにならない。たっぷり五百メートルはあろうかという距離を、僕とショコラはあっという間に疾走し——、
「ん……ショコラの勝ち」
頭ひとつ分、僕はゴールが遅れた。
「わうっ! わうわう!」
「よしよし。お前はやっぱり速いなあ」
草の上に座り込んだ僕へ、大喜びで飛びついてくるショコラを撫で回す。
きっと、勝てたのが嬉しいのではない。僕と一緒にこんなふうに走ったことが——ああ、きっと、子供の頃以来だ。
「昔はよく追いかけっこしたもんな」
「わうっ」
「よし! じゃあ、もう一回やるか。今度はこっちがスタート、ミントのところがゴールだ」
「わんわんわんわん!!」
「もう一回? じゃあ今度はスイも頑張って。よーい……どん」
その後「もう一回」「わんわんわん!」をざっと十往復分ほど繰り返し、さすがに全力疾走の連続で僕はへとへとになるのだった。
あ、ショコラはピンピンしてました。
※※※
僕らのかけっこが終わったら、今度はミントと子ドラゴンたちが遊び始めた。
ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんの
「じゃあ次はこれな! ミント、頑張れよー」
「うー!」
けっこうな上空から投げられたそれを、しっかり見極めてキャッチするゲームだ。
両手をばんざいし、わくわくした顔で上を凝視するミント。子ドラゴンの鱗を反射する陽光に混じり、きらりと煌めく小さなものが落ちてくる。
「ふおお……とと、えいっ」
落下地点が予測できずふらふらしていたミントだったが、身体強化を用いた動体視力がぎりぎりのところで捕捉。貝殻を見事に両手に納める。
「やた! むふー」
「すごいすごい」
ぱちぱちと拍手するカレンに貝殻を手渡し、空へ向かって叫ぶミント。
「もっかい! こんどは、みねおるくの!」
「うん、わかった。じゃあ……いくよっ」
「うー!」
僕はそんなミントを見守っている。
五回に一回くらいはキャッチし損ねるから、どの辺に落ちたのかを見極めておかなければならない。牧草に紛れてしまった貝殻を探すのは僕の役目なのだ。
「あー! だめだた!」
「残念。ほら、ここだよ」
「ありがと、すい! かれん、これ!」
「ん、受け取った」
「みねおるく、もっかいっ。みんと、つぎはちゃんととるよ」
カレンの膝にはたくさんの小さな貝殻が置かれている。
形は桜貝に似た、二枚貝だ。だけど色は鮮やかな紫色。
それをひとつずつ取っては魔術で穴を開け、糸を通していくカレン。
「もうそろそろネックレスができるね」
「ん。できたら、ヴィオレさまにあげるって、ミントが」
「母さんに? 紫色だからかな」
「たぶん。きっと喜ぶ」
母さんはジ・リズたちと大人同士、のんびりしているようだ。
「やた。こんどはとった! つぎは、じねす!」
「残念、もう貝殻がなくなっちまったよ」
「そなの?」
「うん。でもこれで、首飾りできるよ」
「ほんと!?」
期待に満ちた顔でカレンを見てくるミントと、仕上がった貝殻のネックレスを掲げてみせるカレン。その期待が満面の笑みに変わり、ミントは叫ぶ。
「おかさんにあげるやつっ!」
※※※
貝殻のネックレスを持って意気揚々と牧場を進むミント。
その途中、牛や山羊たちに混じってのんびりと草を食んでいるポチがいる。
「ゆっくり休めてそうだね」
「ん、三日間頑張ってくれたから……あれ?」
と、そんなポチを見て、カレンがきょとんとする。
続いて僕も、ミントも。
「ポチ、それすごい。きれい!」
ミントがぱっと顔を輝かせ、とてとて走っていった。
「きゅる……?」
よくわからないといったふうに顔をあげるポチ。
その額——長く伸びた二本の角に、それぞれ花輪が掛けられていた。
「それ、どしたの?」
「きゅるっ?」
「しらないの?」
「きゅる……」
「母さん……じゃないよね。ラミアさんたちがくれたのかな?」
僕らは今までずっと
「綺麗だね」
「うー!」
「あとで、ラミアさんたちにお礼を言っておかなきゃ」
「みんとがいうよ!」
「じゃあ、お願いしようかな」
会話を交わしながら、僕らはポチの鼻先をひと撫でし「ゆっくりな」とその場を去っていく。ポチはひと鳴きすると、再び牧草をかじかじとやり始める。
僕らはそれについて、特に深く考えなかった。
だから誰も、気付かなかった。
ポチの角に飾られた花輪——それを構成する花たちが、どれひとつとしてこの里に植えられていないものであるということを。
もしこの時、ラミアさんたちにひとりひとり尋いていれば、また違ったかもしれない。けれどミントは代表のラミアさんに「おはな、ありがと!」と伝えるのみで、そのラミアさんも花輪を作ったのが誰かなどと考えなかった。
なのでその小さないたずらは、まだ誰にも悟られない。
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