インタールード - 王都ソルクス城:謁見の間

「ええ、貴公の請願せいがん、しかと聞き届けました。にも伝えておきます。ですが、彼らは騒がしいことを好まぬ様子。あまり期待はなさらぬよう」


 もはや定型句となった王妃ファウンティアの言葉に、微かな疲労がある。

 玉座に腰掛けた国王シャップスの表情にはなんの色も浮かんでおらず、だがそれは威厳ではなく圧倒的な諦観ていかんを意味していた。


 深く一礼して去っていく魔導士は、王都において高名な『賢者』の称号持ち。とはいえ、彼の願いが叶う日はおそらく来ないだろう。


 ——ソルクス王国、王都。

 王城にある謁見の間で、国王と王妃、そして宰相は、揃って薄い溜息をいた。


「本日の分は以上です。……明日は三件入っていますが」


 若き宰相エイデルの報告もまた、王と王妃と同様にげんなりしていた。


らにはどうしようもないのになあ」

「かと言って、頼ってくる忠臣を無下にするわけにもいきません」

「私としてはそろそろ、お触れを出したいものですが」

「戯れを。それはエルフ国アルフヘイムの一件を公に発表するのと同義ですよ?」

「ですよね……」


 彼らの愚痴は、ここ数日続く魔導士たちの請願についてのものだ。

 即ち——スイ=ハタノとの面会の場を設けてもらえないか、という。


天鈴てんれいの魔女』の息子にしてハタノ子爵家の令息である彼の名は、一年前にはほぼ無名だった。それが雨季を終えて夏になる頃、『顆粒かりゅうコンソメ』なる調味料を発明した者として一部界隈かいわいで囁かれるようになる。これが更に秋口となると、『ノアの夜雲やくも』——王都で流行となった新名物の共同開発者として広まっていった。


 ここまではよい。

 注目するのは商いに目敏いものが主であったし、本人と接触せずとも、シデラ村と王家が窓口となればそれで済む話だったからだ。


 ただ、この冬から春にかけて彼がものはそうもいかなかった。


うろの森』に魔力坩堝るつぼの観測装置を設置したこと。

 そして、エルフ国アルフヘイムに封じられていた始祖のエルフを救出し、先史の魔王を討伐せしめたこと——。


 これまでとはおもむきの違う、英雄的偉業である。


 無論、どちらもまだ機密情報だ。シデラの現地民には周知となる前者はともかく、後者に至っては大陸国家でもまだ上層部しか知らされていない。だが人の口に戸を立てられぬのは世の常で、請願に来る魔導士たちもまた、国家の重鎮じゅうちんであった。


 それぞれ独自の手段ルートで機密を漏れ聞いた者たちは、我先にと王へ殺到した。スイ=ハタノ、かの偉大なる『天鈴』さまのご子息と是非とも引き合わせ願いたい。御母堂ごぼどうにも比肩するとされるその魔導を、ひと目だけでも目にしたい。膝を突いてこいねがう彼らの、床を見詰める瞳がきらきらと輝いていることは、おもてを上げさせずとも明らかだった。称号持ちの魔導士というのは誰も彼も、未知の魔導を求めてやまぬ魔術の徒なのだから。


 とはいえ、である。


 たとえ一流の宮廷魔導士であろうとも——会わせてくれと王に懇願してくる時点で、彼らは超一流に足りない。


 エイデルは義父母と三人きりなのをいいことに、小さく愚痴を吐く。


「……そんなに会いたいのなら、職務を辞してその足でシデラにおもむけばいいのです。シデラで待っていれば、いずれは彼らも現れましょうに」

「我が国に忠義を尽くしてくれる者たちをそのように言うものではありませんよ」


 たしなめる義母の表情も一方で、憂いを帯びていた。


「ただやはり……王都に篭ったままで己の望みを叶えようと考えていること自体、甘さの証左なのでしょうね。請願に来るのはほとんどが『巫覡ふげき』、稀に『賢者』。さすがに『魔女』の称号持ちは姿を見せません」


 魔導士として称号を得るのはそれだけでたいへんな栄誉だ。


 最下級の『祭司さいし』ですら、あずかれば生涯、ろくに困ることはない。ましてや『八卦見はっけみ』を越えて『巫覡ふげき』ともなれば国家の中枢に食い込める。『賢者』に至っては言わずもがなである。


 故に、と言うべきか。いかに魔術に傾倒し魔導を追究しようとも、『八卦見はっけみ』辺りまではやはり世俗に縛られる。自身が成長した対価として得た権力や財に固執し、狂気の一線を踏み越えはしない。『賢者』さえも半数以上はその例に漏れないだろう。


 対して、最上級の称号である『魔女』を戴く者は、他と


『魔女』へ到達するほどの者は、何者にも媚びない。権力や財に拘泥こうでいしない。己の道を定めたら、脇目も振らず一直線に進んでいく。


 人生の大半を王国への忠義に捧げてくれたかの『零下の魔女』——セーラリンデ=ミュカレでさえ、宮廷魔導士の地位などなんとも思ってはいまい。彼女は単に、愛した人がたまさか王族であったから仕えてくれているだけなのだ。


 王立魔導院の長でありながら冒険者活動に身を投じ、姪のためにあっさりと職を辞して彼女の部下となったりもする。そして現在は、身ひとつで辺境へ赴いている。侯爵家の当主として見れば考えられないほどに、その行動は異常であった。


「実際、ノアップ殿下のともという形ではありますが、パルケルさまもシデラへ会いに行っていますしね。『魔女』の称号持ち……あるいはそれに比する者を、私たちに止められるはずもない」


 エイデルが肩をすくめ、ファウンティアは眉根を寄せた。


「そうですね。我が国では……『静嵐せいらん』さま辺りが怪しい気がします。彼女のところまで噂が届けば、の話ですが」

「ヴィオレ殿が怒らないといいなあ……あのふたり、仲は悪くないけど相性が悪い」


 そしてシャップスが、心配げに嘆息する。


「あの方がご子息を大切になさっておられるのは、余らと同じだ。ただ余らと違うのは、王家というしがらみがないことと、容赦がないこと。たとえ学術目的だろうと、興味本位でスイ殿に近付かれたらどうなることか」

「まあ、そこは大丈夫でしょう」


 そんな夫の懸念に、王妃は薄く笑って首を振る。


「仮にシデラ村まで赴いた者がいたとしても、『零下』さまが待っています。ましてや森の中へ入っていける者など『魔女』の中でもひと握り。『静嵐』さまは魔導の探究にかけては世界でも有数ですが、野中やちゅうではなく机上きじょうの人でもあります。森までは辿り着けませんよ」


「……では、実力の足りぬ者が王家へ請願に来ているうちはよしと考えましょう。『天鈴』殿には、『鹿撃ち』を許し、乞うて我が国にいてもらっているのです。王家が防波堤となるくらいは、必要経費というものですよ。よいですかな、両陛下」


 宰相のお小言は、義息むすこの甘えも帯びてもいた。

 故に、王も王妃も、苦笑いで頷く。


 ——なんにせよ。


 調味料を発明されたり、王都の名物料理を開発されたり、いつの間にか『虚の森』の守護者みたいになっていたり、挙げ句の果てにはエルフ国アルフヘイムに乗り込んで歴史書に載るような大活躍をしたり……こちらが卒倒しそうなことばかりするし実際に最後のやつは王妃が卒倒したけれど、普段お世話になっているし、悪いことをしているわけでもないし、むしろすべて国益に繋がっているし。

 王家が泥をかぶるくらいは構わないから、頑張ろう。


 そんなふうに、彼らは決意を新たにした。

 そんな気持ちで、彼らはハタノ家の手伝いをしようと思った。



※※※



 ちなみに。

 シデラにいる第三王子の許嫁いいなずけが『カレー』なる料理をスイ=ハタノから教わり、その美味しさに仰天して文を送ってくるのはもう少し後の話である。


 美食家グルメで知られる第一王女ユニアがシデラへ行くと駄々をこね始め、宰相は天を仰いで「どうすんだよこれ……」と口走ることになる。

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