到着したらびっくりです

 冒険の旅(ロマン溢れる単語だ……)は順調だった。


 二日め以降も大きなトラブルは起きず、魔物による襲撃も少ない。変異種が現れたりなんてこともなく、『淡々と』という形容が相応しいほどですらあった。


「そもそも、変異種にくわなんてこと、そうそうあるもんじゃねえんだよ」


 とはベルデさんの談。

 行軍しながらの雑談である。


「俺でさえ、これまで見たのは三度だけだ。最後の一度はお前が助けてくれた例の二角獣バイコーンで、実際に相対したって意味じゃあれが初めてだぞ」

「え、そうなんですか? じゃあその前の二回は」

「遠目に発見して、その瞬間に全力で退散だ。本来、なんだよ、あれは」


 変異種は動植物が魔力坩堝に長期間、晒されることで発生する。澱んで濁った魔力を身体に溜め込み、生来の属性を変性させてしまっているせいで、後の寿命は短い。しかも縄張りからあまり離れたがらない習性もあるから、最適解は『避ける』ことなのだ。


「我が家の周りじゃちょいちょい見かけるんですよねえ」

「ん。月に一度くらい? 最近は向こうもうちの周囲を避けてるみたいだけど」

「やっぱりとんでもねえな、深奥部ってのは……」


 ベルデさんは髭の生えた頬を引きらせる。

 前方の薮を調べ終えたシュナイさんが、こっちを振り返らないまま問うてきた。


「もしかして、見かけるたびに討伐してんのか?」

「はい。居座られるといろいろ良くないし、そもそも問答無用で襲ってきますから。僕らの索敵能力じゃ、先に発見してしかも向こうに気付かれずにいるのはなかなか難しいんですよ」

「くぅーん……」


 ちょっと悲しそうに項垂うなだれるショコラ。

 お前の鼻も、変異種に対しては少しだけ鈍るんだよなあ。


「あいつらは周囲の魔力をぐちゃぐちゃに乱すからな。並の魔導士じゃ、魔術がろくに使えなくなる。当然、通信水晶クリスタルもだ」

「なるほど。ショコラの鼻は感度が強い分、繊細だもんな」

「わふうっ」


 それで気配の察知も遅くなっちゃうのか。


 シュナイさんがベルデさんへハンドサインを送る。ベルデさんはそれを受けて僕らを進むように促す。敵はいない、という意味だ。


「まあ、変異種にもいろんなやつがいる。あの二角獣バイコーンみてえに、群れを率いたりな。あん時ぁ、なにもかも予想外だったぜ……あいつ、手下に俺たちを囲わせた後で悠々と現れやがったからな。シュナイにも察知できなかったし、俺も判断を誤った」


 件の騒動の際に組まれた捜索隊はベルデさんとシュナイさんを筆頭に、シデラでもかなりの手練たちが集まったものだったらしい。


 救出対象が二角獣バイコーンの群れに囲まれていることをシュナイさんは事前に突き止めており、ベルデさんはその情報を元に、二角獣バイコーンであれば討伐が可能だという判断で攻撃を仕掛けた——だがその最中、変異種が現れてすべての計画は狂う。


 変異種がいるとわかってたら、さすがにベルデさんたちも引き返していたそうだ。逆に言えば変異種っていうのは、ベルデさんでさえ、そう判断せざるを得ない存在なんだ。


「僕らは感覚がずれてるんだよね……」

「まあ今回は、変異種それに限っちゃ、お前らの力をあてにして進ませてもらってるぜ。発見したら討伐を頼む」


「ええ、わかりました」

「ん、任せて」

「わうっ!」


 ……と返事をしたハタノ一家だが、どうにも場違いだったようだ。


「そんな気楽そうに言うことなのか……」

「えっ」


 リックさんの声にぽかんとし、気付く。

 いつの間にか一同を包む空気は呆れに満ちていて、しかもそれはそっくりそのまま僕らへのジト目と化していることに。


「ちょっとバター買ってきてって言われた時みたいに……」とノエミさん。

「うむ、俺はまだまだだな。変異種の話を聞いただけで身体が強張る」とノア。

「月に一度の頻度で変異種かぁ……くそう、遠いなあ」とパルケルさん。


「いや、えっと、まあ……」

「くぅーん?」


 僕は申し訳ない気持ちになりつつ、誤魔化すようにショコラを撫でるしかなかった。


 そんな感じの話もしつつ、ともあれ。


 出発から数えて十日め。

 ベルデさんの計算ぴったりの旅程を経て、僕らはようやく。

 目的地にしていたポイントへと、辿り着いた。


 ——だけど。



※※※


 

「こりゃあ、どうなってんだ……」

 ベルデさんが呆然とする。


 木々の密度が高い鬱蒼とした地帯を抜けた先にある、ひらけた——いや、紛れもなく空間だった。


 小ぢんまりとした集落だ。

 中央には川が流れ、周囲を土塁どるい逆茂木さかもぎで囲った、村と呼ぶには小規模な、家屋の集まり。


 だけど——、


「半年……いや、一年ってところか」

 しゃがみ、朽ちた逆茂木を撫でたシュナイさんがつぶやく。


 そう、だけど。

 集落は、廃墟だった。


 土塁はところどころが崩れている。

 逆茂木もあまり用をなしていない。

 家々はそのどれもが寂れ、古びてぼろぼろで、中には屋根が落ちているものや、完全に倒壊してしまっているものすらあった。

 地面は荒れ果て、畑には雑草が生い茂る。

 中央を流れる川はかろうじて清流を保っているものの、設置された中型の水車はとうに止まっており、もはや生活用水路として機能していないのは明らかだ。


「ここが、アテナクの集落? 本当に?」


 僕はその有様を見渡しながら、呆然とするしかない。


「うそ……どうなってるのよ」

「……僕らは遅かったのか?」


 エジェティアの双子がほとんど狼狽した声をあげる。


「いや、シュナイ殿が一年と言うならば、貴殿らがシデラに来たその日にここへ向かったとしても、同じ光景があったろう」


 ノアくんが、潰れた家の柱を撫でながら言う。


「……ただ、これは老朽化によるものではないな。床柱が半ばから折れている。外部の力が加わってのものだ」


「なにかの襲撃があったってこと? 魔物か、変異種か」

「おそらくは。ただ、妙ではある」


 問うた僕へ、考え込むノア。

 隣の家まで歩いていき、


「見ろ、スイ。こっちのはほとんど焼け落ちている。つまり何ものかの手により破壊が行われたことは明らかなのだが……おかしなことがある」

「おかしな、って?」


「あ……」


 言われ、思い当たる。


「確かに、そこの焼けた家も、さっきの倒壊した家も……でも、瓦礫の下に埋まってたりはしない?」

「掘り返してみてもいいが、問題はそこではないぞ。いいか、スイ。もし獣がやったのなら、ただ殺して終わりなどということはない。人を、食い荒らしているはずなのだ」

「それ、は」


 思わず顔をしかめる。

 平和な日本に育った僕には、想定できなかったことだ。


「少なくとも屋外に、骨くらいは散らばっていなければならん。たとえ獣が跋扈ばっこする森の中であろうとも、人の死体が跡形もなく消えるには相当の時間を要する。ましてやこの集落は……そうだな、少なくとも五十は住んでいただろう」

「人口が五十人もいて、もし魔物に襲われて滅んでるっていうなら……確かにこの廃墟は、綺麗すぎる」


「俺もノアと同意見だな」


 集落のあちこちを探索していたシュナイさんが戻ってきた。


「どうもおかしな感じだ。まだ壊れちゃいない家の中を見たが、死体もなけりゃ血痕のひとつも見当たらん。むしろ気になるのは、金物かなものがほとんど残ってねえってことだ」

「金物っていうと……」


「鍋だの包丁だの、そういった家財道具だ。こうした森の中じゃ、金物は貴重品だ。そいつらが家の中にないってことは、住人がって線がある」


「つまり、引っ越した? この集落を捨てて、どこかに?」

「ああ」


 シュナイさんは頷く。


「もちろん、泥を焼いて鍋にして、黒曜石を割って包丁にしてたなんて可能性もあるが……いくら森の中とはいえ、そこまで原始的じゃねえだろう」


 彼の推測に信じられないという顔をするのはノエミさん。


「そんな……アテナクが、エルフ国アルフヘイムに無断で?」

「エルフの掟やら慣習はよくわかんねえが、引っ越しには報告が要るのか?」


「アテナクは以前、もっと北の表層部に集落を構えていました。それが二十年ほど前、この地点ポイントに移動したんです。当時は報告があったことが記録に残っています」


 答えるのは、リックさんだ。


「二十年前っていうと、スイの親御さんが通信水晶クリスタルを普及させてた頃か?」

「ええ、まさに。氏族長がそれを取りに城まで来たついでに、集落の移動を報告したとか。ただ以降、音沙汰はなく……元々が本国と没交渉気味な氏族であったので、誰も気にしてはいなかった」


「ふたりが調査に行く前、エルフ国アルフヘイムはアテナクに事前連絡しなかったんですか? 通信水晶クリスタルがあるなら気軽に取れるはずですけど」

「それは……すまない、わからない」

「私たちはそこまで聞かされていないの。ただ、調査に行け、としか……」


 僕の問いに、エジェティアの双子は揃って微妙な返答をする。


「こいつはどうにも、きなくせえな」

 腕組みをするベルデさん。


 確かに、いろいろとおかしい。


 廃墟と化した集落。

 襲われた形跡はある。

 一方で人死にがあるかどうかは微妙。


 ただしエルフ国アルフヘイムとアテナクの集落との間には、連絡手段があった。

 この現状を空の城にあって知ることもできたはずだ。

 なのにリックさんとノエミさんは、詳細を知らされないまま送り出された——。


 なにか訳のわからないことが起きている。

 僕らの預かり知らないところで、なにかが。


「ひとまず、手がかりを集めましょう。集落をくまなく調べて、なにか残っていないか。リックさんとノエミさんも、通信水晶クリスタルエルフ国アルフヘイムへ連絡できますよね?」


 僕がそう提案し、みんなが頷く。



 ——その時、だった。



「わう! ぐるるるるっ……!」

 ショコラが不意に身構え、警告の唸り声をあげる。


「っ……!」

 ほぼ同時にシュナイさんも、弾かれたように顔をあげる。


 どちらともに視線を定めるのは、空。


「がうっ! わんわん!」

「全員、備えろ! スイ、結界を張れっ……上から来る!!」

 

 それは、急襲。

 集落を、人ならざる巨大な影が覆った。

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