白亜、その臓腑
ご大層な歓迎だよね
帯剣は許される、ということだった。
てっきり置いていかなければならないと思っていたので意外だった。が、助かる。『リディル』も『
ちなみに、僕の戦闘能力は剣の有無でほとんど変化がない。いつもリディルを媒介にして『
もちろん、攻撃力という意味ではリディルは僕のメインウェポンであり、剣がなければ敵を倒す術がないのだけど——僕の魔導はむしろ
なのでまあ、父さんの形見と愛用の包丁を手元から離さずに済んでよかった、以上でも以下でもなく、それはそれでとても大切なことなので、帯剣の許可はなんにせよありがたかった。
——ともあれ。
朝食を摂ってからしばらくの後、エミシさんが僕らを迎えにやってくる。
母さんもカレンも神妙な面持ちで、ショコラさえきりっとした顔。
かくして一同は、天空の城、その内部へと足を踏み入れることとなった。
※※※
生産施設のある第四区、一般国民が居住する第三区、貴族街である第二区——それらと比べ、城のみで構成される第一区はごく狭い。
城といっても王さまが住んでいるわけではなくて、基本的には議会の開かれる場でしかない。日本で言うなら国会議事堂みたいな位置付けだ。
意匠は古めかしく荘厳で、ロマネスク様式にも似た、いかにもな外見をしている。ノイシュヴァンシュタイン城とかあんな感じ——いや、ノイシュヴァンシュタイン城の外観自体がうろ覚えなんだけど、僕がイメージとして連想したのがそれなのだ。
案内され正門から入城し、廊下を歩く。
きょろきょろ視線を
「建造はおよそ二千年前と伝えられている」
「二千年? 千八百年前じゃなくて?」
「ん、
「そうだね。二千年前っていうなら、初代のエルフたちが建てたってことだ」
「……あるいは、それ以前からあったか」
「なるほど、確かに」
先史時代の建物を利用している可能性もあるのか。
「でも正直、初代のエルフたちの手によるものって考えた方がしっくり来るな」
「やっぱり、デザインとかが違うの?」
「うん。
あえて形容するなら、中近代西洋というより古代中国のそれに近かった。僕は建築に明るくないし、夢の中で見た光景だから、上手くは説明できないんだけど。
窓から差し込む光の中、廊下に敷かれた長絨毯を踏み締める。
廊下の両脇を見るに、鎧兜とか壺とか絵画とか、ああいう装飾品の類は一切置かれていない。それでも
「くぅーん……」
「落ち着かないか? 我慢してくれな」
「ふすっ」
建物の中、足元も(犬にとっては)心地よくないようで、いつの間にかショコラは不満げにしょんぼりしていた。きりっとした顔、早くも崩壊しちゃったな……。
母さんがそっと手を伸ばしてショコラを撫でてやりながら、訝しげに言った。
「……前に来た時とほとんど変わってないわね」
「そういえばこの辺りは、内乱の折にきみたちが大暴れした場所だな」
前を歩くエミシさんの返答は、溜息が混じっていた。
「元通りに修繕するのは苦労したと聞いている」
「そう。ちゃんと綺麗に直ったようでよかったわ」
多少の皮肉を込めた母さんの言葉に、思わず苦笑する。
どういう経緯でお城を壊しちゃったのかはわからないけど、後ろ暗い様子がないってことはそういうことだ。母さんだけじゃなくきっと父さんも。
「……もうすぐ円卓の間に着く」
廊下を五回、直角に曲がった後。
エミシさんが六つめの角を前にしてそう告げた。
円卓、か。
長老会が首長を持たない合議制であるなら、議する場は
角の先、鎮座した扉の前に立つ。
僕は母さんと、カレンと、そしてショコラと軽く視線を交わし合った。息を大きく吸って吐くと、エミシさんの「客人の到着だ」という声とともに扉が開かれる。
そこはがらんと殺風景な、大広間だった。
目につくものといえば、四方の扉。僕らの入ってきた後方、奥にあるひどく大きな鉄扉、それから左右に小さなものがひとつずつ。
廊下と同様、装飾品の類はない。中央に置かれた円形のテーブルは大理石のような素材でできていて、直径にして三、四メートルはあるだろうか。結構なでかさだけど、部屋の広さがかなりのものなので、比して小さく見える。
その円卓をぐるりと、背の高い椅子が六つ。ひとつは空席で、たぶんエミシさんのものなんだろう。残りの五つには——エルフたちが座していた。
すっきりした顔だちの青年男性。
三十そこそこの落ち着いた雰囲気の女性。
十代前半くらい、幼さの残る少女。
そして、髭をたくわえた老爺。
長老会という名の割に老人はひとりしかおらず、イメージからはほど遠い。だけどこの世界において、外見から実年齢を推察することは困難だ。……さすがにお爺さんが若者である、なんてことはないにせよ。
僕は密かに彼らの魔力を、気配を探る。
誰も彼も、あまり友好的な空気はまとっていない。
青年男性は値踏みするような視線を、壮年男性と少女と老爺は嘲るような表情を、僕へ向けてきている。
女性に至っては、目を閉じてこちらを見ない——まるで、なにも悟らせまいとしているみたいに。
エミシさんが直立したまま、感情を抑えた無機質な声で告げる。
「ソルクス王国、ハタノ子爵家嫡男、スイ=ハタノ殿。並びに『
それに対し、長老会の面々は椅子に腰掛けたまま、順番に名乗った。
「
——青年男性。
「同じく、モアタ=ピューレイと申す」
——壮年男性。
「ユズリハ=シルキアです」
——女性。
「ミヤコ=ヴェーダ」
——少女。
「クニザエ=オオナギアである」
そして——老爺。
女性はシルキア——始祖六氏族の人のようだが、それ以外はさすがに初めて聞く名。
微かな緊張を隠しながら平静を装い、彼らを順番に見た。
さて、自己紹介が終わったところで初手はどうなるか。
それを探るため、一歩を前に出て問うことにした。
「僕に依頼があると聞いています。そのないよ……」
「ああ、その前に」
少女の外見をした人、ミヤコ=ヴェーダが、僕の言葉を
「……こちらへ!」
彼女は大広間の右手側へ視線を遣ると、声を張り上げた。
扉ががちゃりと開く。入ってきたのは二十歳そこそこ——僕らとさして変わらない男性だった。端正な顔立ちですらりとしていて、繊細そうというか神経質そうというか、ノアとはまた違ったタイプのイケメンだ。
男性はミヤコ=ヴェーダの横まで歩んでくると、一礼した。
「イズク=ヴェーダという。わらわの
「イズクと申します。『春凪』たるカレンさまにはご機嫌麗しく」
大甥ってことは甥っ子の子供、つまり兄か弟の孫。セーラリンデおばあさまと僕の
そんな思考をしながらも、同時に僕は、すごく嫌な空気を感じていた。
だってこのイズクという人は——僕にも母さんにもショコラにも視線さえ向けず、まるでいないもののようにスルーしながら、カレンへはまっさきに挨拶をしたのだ。
予感は当たる。
ミヤコさんはドヤ顔で得意げに笑うと、まるで確定事項であるかのように告げた。
「カレン=クィーオーユ。このイズクが、そなたの婚約者だ」
※※※
「は? 嫌だけど」
カレンが僕の腕をぎゅっと抱き締めながら、それを斬り捨てた。
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