インタールード - 虚の森:表層部
「……止まれ」
『
「そこの葉、泥がついてるのがわかるか?」
問われて目を凝らす。自分たちの膝ほどの高さまで育った草の葉。注意深く観察してようやく、リックたちにもわかった。
「えっと……これか?」
「そうだ。その高さと歩幅を考えると、
討伐等級は四。
だが、シデラにおいてはいささか話が違ってくる。
「たいした魔物じゃない。あいつらは群れることがないからな。だが、油断しちゃいけねえ」
双子の教導役であるその
「自分が狙われてると察知した
「……この先に続いてる、と思う」
腰を屈めたノエミが茂みを調べながら答える。
「ああ、そうだな。だが、それで安心なわけでもねえ。この辺り一帯は、
「じゃあ、この先に
「違うな」
リックの推測にシュナイは首を振り、葉を指差す。
「歩幅の感覚を見ろ、かなり広い。しかも泥の跳ね具合もだいぶ激しい。つまり、大急ぎで走ってたってことだ。でもって……
瞬間。
ぐがあああああああああああ! と、獣の雄叫びが大気を震わせた。
「……っ!」
「リック、魔力を!」
こっちの頭をひと口で食いちぎって来そうな獅子が、茂みの中から飛びかかってくる。それは刹那。リックとノエミが慌てて魔導を練るが、遅い。
鋭い爪と牙がふたりを引き裂こうとする寸前、
「っらぁ!」
それまで無言で悠然と佇んでいたベルデが、
爪も牙も大斧に阻まれ、
「ぼさっとするな!」
ベルデの一喝はリックとノエミに向けられていた。
「お前らが止めを刺せ!」
「は、……はいっ」
双子は並び、魔導を練る。兄の左目と妹の右目、ふたりでひと組の『
現出するのは、糸。
水属性を
糸は見る間に編まれ網を成すと、
「『
「……『
魔術の銘をふたりが叫ぶと同時。
その糸は風属性を纏って鋭い刃となり、
どしゃん。
頭部を失った獅子の巨体は、その
ふう、と。
リックとノエミが吐きかけた安堵はしかし、険しい声に阻まれる。
「残心しろ! 一番危ないのは、獲物を仕留めたその瞬間だ」
「……っ!」
大斧を構えたままのベルデと、神経質そうに周囲を見回すシュナイ。
ふたりは辺りに気配がないのを確認すると、リックたちに告げた。
「さっさとこの場から離れるぞ。油断するな」
「こいつの雄は単独で狩りをするが、辺りに家族がいるかもしれん」
※※※
そして、日が暮れて——夜。
開けた草原の隅に野営地を定めた四人はそこに天幕を設置し、焚き火を囲んで食事を摂っていた。
鍋に煮えるシチューを受け取りながら、ベルデとシュナイの評価を聞く。
つまりは反省会である。
「すげえ魔導だ。さすが『魔女』だけある」
「ああ、一撃でやったのはさすがってなもんだよ。だが、もし余裕があるなら頭を無傷なまま仕留めた方が望ましかったな。
「シュナイ、そこまで求めるのは酷だろうよ。それにこいつらの目的は素材を仕入れることじゃねえ。森で生き延びる方法を学ぶことだろう」
「……まあ、そりゃあそうか」
「いや、ありがたい指摘だ」
「ええ、そういうのは、もっと言って欲しいわ」
リックは静かに首を振った。隣のノエミも兄に追従する。
「この数日で痛感した。僕らは弱い」
「そしてあなたたちは……強い」
言葉は沈痛だったが、声には力があった。
「クィーオーユの子が……カレンが、僕らを叱った理由がよくわかった」
「あなたたちを嘲った私たちに、あの闇属性の子がひどく怒った理由も、ね」
エルフの双子は微笑んでいた。
抱くのは、ふたりの一級冒険者に対する賞賛だ。
「シュナイさん。あなたは森にある痕跡をなにひとつとして見逃さない。どんな些細な、さりげないものも目敏く発見し、その上で万事を想定する。その注意力と、森に対する深い知識には感嘆する他ない」
「ベルデさんは、そんなシュナイさんのすべてを信じてるわ。その上で有事には、言葉も交わさずに呼応する。きっとあなたが後ろに控えているから、シュナイさんは安心して斥候に集中できるのでしょうね」
「おい、こいつは……」
「ああ、さすがになんつーか、
むくつけきふたりの男は顔を見合わせ、居心地が悪そうに頭を掻く。
リックはシチューの入った椀を両手で包み、その熱で指先を暖めながら、視線を上へ向けた。
「あなたたちも知っている通り、僕らの祖国……
大陸の一部と認識されてはいるが、エルフの国は特異だ。
リックの言うように——国そのものが空に漂っているのである。
ゆっくりと、大陸の上空を回遊する小島がある。
小島の上に建つ天空の城がある。
太古の大魔術により今なお浮遊し続ける、世界最古の国家がある。
それが、
だが、かの国の立地的特異性は閉塞を生み、エルフという種族の価値観を歪めた。
空から地上を見下ろす暮らしを続けたことで、彼らは——カレンいわく『種族全体が引きこもり体質』となった。
「エルフの悪いところは、島に引きこもって地上を俯瞰するばかりで、世界をすべてわかった気になってることよ。まさに私たちが、あなたたちにそう接したように。……バカよね。空高くから見下ろしてても、茂みの葉っぱに泥がついていることなんてわかりっこないのに」
もちろん、国交がないわけではない。
彼らは大陸を回遊するがてら、定期的に地上の国家と貿易をする。国際法も遵守している。職業
ただ、大陸にあるすべての国と交流がある一方で、ことさらに親しい国もなし。地上の喧騒をぼんやりと眺めながら、空に引きこもっている世間知らず——エルフとは基本的に、そんな種族なのだ。
「アテナクの集落の調査が終わったら、しばらくここに滞在しようと思う」
「ええ。冒険者として、森で
だが『そんなエルフ』の典型であるエジェティアの双子に、変化が訪れていた。
地上に降り、同胞であるはずのカレンから叱責されて。
彼女の連れの少年に、自分たちなどよりも遥かに深く強大な魔力をぶつけられて。
そしてベルデとシュナイ——彼らの高い実力を、目の当たりにして。
「あんたたちの強さを、学びたい。世界の広さと恐ろしさを知りたい」
「……それがきっと、私たちをより、
双子の態度と言葉にはもう、初対面の頃にあった尊大さは微塵もない。
それどころか幼い子供のように、まだ見ぬ明日に目を輝かせている。
「そうか」
だからベルデは
「だったら、まずは冷めないうちに食え。そのシチューは美味えぞ。なんたって、隠し味が効いてるからな」
コンソメをベースにミルクで煮込んだシチューは、エルフたちの知らない深い味がした。
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ベルデさんとシュナイさんはめちゃくちゃ優秀で、調査隊を率いた時のメンバー死亡率0%は伊達ではありません。冒険者としては国内トップクラスです。
以前
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