エルフの双子はかく語り

 五日ほどを待ってから、双子の様子を見に行くことにした。


『準備が整ったら声をかける』と言われてはいて、その間、ベルデさんとシュナイさんが彼らのことをみっちり鍛え上げるそうだが——カレンが心配そうにしていたし、遊びに行くがてらってことで。


 ちなみに今回、ミントはお留守番だ。前回、気疲れして早々におねむになってしまったので、負担をかけすぎないようスパンを空けながら慣らしていくことにした。


 その代わりに、というわけではないのだろうけど——。


「うわー、すげえ! 人がいっぱいだ! なんかよくわかんねーもんがいっぱいある!」

「わ、わ……だ、だいじょうぶかな、私たち……」


 僕の頭の上できょろきょろ街を見渡すジ・ネスくんと、カレンの腕に抱かれておどおどするミネ・オルクちゃん。


 子ドラゴンたちが、街デビューすることになった。


 発案はジ・リズ(と、ミネ・アさん)だ。僕らと出会ったことで頻繁に人に関わるようになったドラゴン一家は、子供たちのこれからを考えたらしい。その結果、彼らに人の街と営みを見せることに決めたそうだ。


 ——「最終的にどう関わっていくのかはひならが決めることだ。だが、せっかく近くに人の営みがあるのだ。今のうちから見ておくのは悪いことではないと思ってな」


 それに、お主らと一緒なら安全だろ? と。

 かのドラゴンは悪戯っぽく、そのいかつい顔でウインクしてみせたのだった。


「お父さんの言う通り、僕から離れなければ大丈夫だよ」

「で、でも。みんなこっち見てる……」

「ん、珍しいから仕方ない。いやなら私の方を向いておくといい」

「なーにーちゃん、あれなんだ? なんか果物に透明なのかけてる!」

「フルーツ飴だよ。ミントと同じやつが気になったかあ……」


 とはいえ確かに、衆人環視がすごい。


「すげえ、ちっこい竜族ドラゴンだ……」「スイさんたちを乗せてきてるやつの子供かな?」「シデラに住んでてよかった……王都じゃ絶対こんな光景見られないでしょ」「そもそも竜族ドラゴンなんて本来、一生に一度会えるかどうかだぞ」「シデラがどうこうってより、スイさんたちのおかげだよなあ」


 ざわざわひそひそ語っているけど、声をかけてくる人はひとりもいない。


「こっちの場合、少しずつ慣れていってもらわないといけないのはミントじゃなくて街の人たちの方かもね」

「ん。……そろそろ『雲雀亭ひばりてい』に行こう」

「くぅーん……」


 ショコラも心なしか気疲れしているようだ。まあ、ショコラにとって子ドラゴンたちは弟分みたいなもんだもんね。きっと守ってやらなきゃって気を張っているのだろう。


 そんなこんなで、僕らは大通りを突っ切って目的地へ向かう。

 今日は例の双子も含めたみんなで、軽い報告を聞く予定なのだ。



※※※



 雲雀亭は相変わらずの盛況で、お昼時を過ぎていても混雑していた。

 むしろアフタヌーンティーとしてケーキを食べに来ているのだろうか——いや、アフタヌーンティーという概念がこっちにあるのかはわからないけども。


 ともあれ、いつもの個室に案内してもらう。店に入って二階へあがるまでの間、ジ・ネスくんとミネ・オルクちゃんにお客さんたちが騒然としたのを、トモエさんが笑顔とお辞儀だけで治めていたのはすごかった。この人、本当に魅了スキルとか持ってないんだよね?


 僕らが待っていると、やがてベルデさんとシュナイさん、そしてエジェティアの双子——リックさんとノエミさんが連れ立ってやってくる。

 

「待たせたな、スイ、カレンちゃん。お、ショコラはもう御相伴ごしょうばんか?」

「わふっ!」


 ミルクに夢中なショコラだが、挨拶を返すくらいにはふたりを認めているようだ。手を挙げたシュナイさんに、顔をあげて応える。

 

 ベルデさんは子ドラゴンたちに目を見開いていた。


「……驚いた。そちらは、竜殿のお子さんか?」

「ミネ・オルクちゃんと、ジ・ネスくんです。シデラの街を見せようって、ジ・リズが」


 そうして、各々が挨拶を交わし合う。


 ベルデさんとシュナイさんは、森で遭難した時にジ・リズさんと少し交流があったので、それを取っ掛かりに。ジ・ネスくんとミネ・オルクちゃんは、自分の知らない父親の勇姿を聞かされて嬉しそうだった。


 一方、僕らはエジェティアの双子に声をかけたのだが——。


「カレン、それとスイ殿。先日の非礼をお詫びする。それと感謝を……あのふたりは、本当に素晴らしい」

「はい……え?」


「特にベルデ師匠だ。事態への対応力と集団を取りまとめる力、加えてあの頼もしさ。彼とともにいるだけで不安が取り除かれる。男ならかくありたいものだよ」

「それを言うならシュナイ師匠もよ。森のすべてを見通して、獣たちの習性を読み裏をかくその技術……なんとしても私、ものにしてみせるわ」


 まさしく矢継ぎ早に。

 ふたりはベルデさんとシュナイさんを、褒め称え始める。


「あれから、毎日のように森へ入っているんだ。入る度に痛感する。もしきみたちに叱られずあのままだったら、僕らは今頃、なす術もなく魔物たちの腹の中だって」

「森に入る度、いいえ……森にいる間の一分一秒ごとに、私たちは彼らに命を救われているわ」


「己の不明を……いや、無知蒙昧さを恥じる。カレン、きみの言う通りだった。空の上から地上を見下ろすだけで、僕らエルフはなにもかもを知ったつもりになっていたんだってね」

「スイさん、あなたにもお礼を言いたいわ。あの日まで私たちは、自分たちの魔導を過信していた。『魔女』の称号をもらって、耳を長くしていた。それをあなたに叩き潰してもらったおかげで、私たちは今こうしてここにいるんだわ」


「いや、その……ええ……」

「まずい、叱りすぎた。まさかこんなになっちゃうなんて」


 まるで人が変わったように友好的に——そしてベルデさんたちを敬愛する双子に、僕とカレンは呆然と視線を交わす。




「あの、そろそろ席へお着きになっては……というか、ケーキとお茶をお持ちしてもよろしいかしら?」


 トモエさんがにこやかに、しかし密かに額へ青筋を浮かばせて問うてくる。

 僕は場を落ち着かせるべく、無言でこくこくとトモエさんに頷くのみだった。

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