だけど少しだけ昔を思う
しばらく海で遊んでいると、ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんが合流してきた。かくして種族入り乱れた楽しいひと時が幕を開ける。
僕とカレン、母さんは見守り役となり、子供たちが遊び始めたのだ。
なにをしているのかといえば、ビーチバレーもどきである。
「そっち行ったぞー! ミント」
「ふわあ! ……えいっ」
「た、高い……あ、ショコラちゃん」
「わうっ!」
「しょこら、すごい、はいじゃんぷ!」
ボールは母さんが水着とともに持ち帰ってくれたもの。中に空気が詰まっているというよりは球型に成形した中空の革、といった感じで、たぶん昔の
……みんな身体強化を使ってるから、速度とか高度とかがまったく微笑ましくない感じになっちゃってるけども。
「おおー、だいぶ行ったな! じゃあおれが……」
ショコラの鼻先によってたっぷり十数メートルほども打ち上がったボール目掛け、ジ・ネスくんが飛んでいく。そのまま空中で追いつくと、
「受け止めろよ……えいっ!」
尻尾を使い、強烈なアタックによりボールがメテオと化す。
「うーっ……」
それに颯爽と息巻いたのは我らがミントである。
ものすごい勢いで垂直落下するそのボールに向かってバネみたいに足を屈めると、
「……やーっ!」
カエル跳びみたいな頭突きによって、ボールを跳ね返す。
およそ常人には作り得ないエネルギーが、ほとんど垂直の放物線で空を貫いた。
「むふー!」
「あ」
「あっ……」
「わう……」
きらーん、と効果音が聞こえそうなほど、米粒みたいになるボール。
——いやこれ、落下地点どこだ?
見守っていた僕は立ち上がり、弾道を予測する。たぶん海にまではいかない、が、砂浜を超えて岩場に落ちていきそうだ。
「行ってくる」
苦笑しながら、ダッシュした。
みんなの横を走り抜け、浜の途切れる場所から更に先、切り立った岩肌へぴょんぴょんと登り、てっぺんを足場にして更に大きくジャンプする。ゆっくり落ちてきたボールを空中でキャッチしてから、再び岸壁を蹴って砂浜に飛び降りた。
「……、ふわあ! すい、かっこいい!!!」
一拍置いて。
ミントが目を輝かせながら、とてとて走り寄ってくる。
「ぴょーんって。ぴょーんてした!」
その場で両手を広げながら跳ねるミントにボールを手渡す。
「ミントのヘディングが見事だったんだよ」
「いやあ、にーちゃん。自分で気付いてないのか? おれもびっくりしたぜ、あの高度」
「う、うん……! 私たちでも、あんなに上まで飛べるか、わからない」
「え、そうなの……?」
岩場に転がってあらぬところに行ってしまったら見付からなくなるかもと思ってのことだったんだけど——考えてみれば、けっこう本気でジャンプした気がする。
「でも、ショコラもあのくらいはいけるんじゃないか?」
「わうわうっ!」
負けないぞ、とばかりに尻尾をぶんぶんするショコラ。両頬をむにーとやると舌を出して息を弾ませてくる。
「とはいえ、海に落ちちゃったらさすがに取りに行けないよ。次は別のことしようか。そうだな……砂遊びはどう?」
「すな? どうやってあそぶの?」
「ジ・ネスくんたちは知ってる?」
問うと子ドラゴンふたりも首を傾げる。
「よし、じゃあ一緒にやろう」
砂遊びは僕も久しぶりだ。
子供の頃に行った海水浴を思い出す。
「懐かしいなショコラ。あれはいつだっけか? トンネル作ったの」
「くぅーん」
「あの時はお前もまだ小さかったから通れたけど……今回はどうかな」
「わう、わうっ」
「そうだな、お前が通れるくらいでかいやつをみんなで作るか」
「わんっ!」
※※※
そこからは母さんとカレンも合流して、砂遊び大会が開催された。
「うー……むつかし! てでやると、くずれる……」
「ん。難しいね。でも魔術は禁止だよ。頑張ってほりほりしよう」
「うー、がんばる!」
「ほらミント、砂、持ってきたぞ。足りなくなったらまだまだあるからな」
「わ、私はお水、出せるから……お水をかけたら砂が硬くなるよ」
「ありがと、じねす、みねおるく! じゃあもっかい、とんねるつくるよ!」
「ミント、ちょっと待って? どうしてトンネルが崩れちゃうかわかる? さっきミネ・オルクちゃんがヒントを出してくれたよね」
「えと……すな、よわいから?」
「そうそう。だからトンネルの前に、まずお山をがっちりしっかり作ってみよう」
「わかた!」
「すごいわねえ。あんな大きな山ができてるわ」
「わうっ」
「完成したあとは責任重大ね、ショコラ。崩さないよう気を付けてくぐるのよ?」
「わう……」
やがて砂山は、あぐらをかいた僕の頭くらいまで高くなった。それを前と後ろからゆっくりと手で掘り進める。
「掘ったら天井をぱんぱんって固めて」
「こう?」
「そうそう、上手い上手い」
ミントを背中から支えながら、手伝ってやるカレン。
僕は反対側から同じように砂を掻き出していく。
やがて僕がトンネルに突っ込んだ手、その指先にミントの指先が触れて——。
「お、開通だ」
「やたっ!! じゃあつぎは、ひろくする!」
真剣な面持ちで、トンネルを更に大きく拡張していくミント。
それをはらはらした顔で見守るカレン。
ミネ・オルクちゃんとジ・ネスくんは「私たちも潜れるかな……」と、期待に目を輝かせている。
ショコラを抱きしめながらそれを見守る母さんに、
「わう……」と、尻尾を振るのも忘れて作業に見入るショコラ。
その光景を見ながら、不意に。
胸が締め付けられるような気持ちになる。
昔のことを思い出した。
——小学生の頃。確か、三年生だったっけ。
夏休み明けの教室。
『家族みんなで海水浴に行った』というクラスメイトの話を、少し離れたところから聞いていた。両親と、きょうだいと、おじいちゃんおばあちゃんと。大人数で連れ立って海に行き、いろんなことをして遊んだとわいわい語っていた。
僕はみんなの会話を聞きながら、それに加わっていくことができなかった。
僕だってその年、父さんとショコラとで海に行ったんだ。
すごく楽しかった。今だってかけがえのない思い出だ。泳いで、潮干狩りをして、砂遊びをして、海の家で焼きそばを食べて。なにをしたかすべて鮮明に覚えている。
仕事で忙しい中、父さんは時間を作ってくれた。僕が寂しい思いをしなくて済むように頑張ってくれたことには、感謝しかない。
だけど——いや、だからこそ。
僕の楽しかった思い出と、彼らの楽しかった思い出の、違いが気になった。
彼らの物語に、僕の物語よりもたくさんの登場人物が出てくることが、なんだか悔しかった。
父さんとショコラのことが大好きなのに。大好きな人たちと海に行ったのは同じなはずなのに。
それなのに、彼らを羨ましいと感じてしまった自分が、許せなかった。
その年の夏を最後に、僕は。
父さんに『海に行きたい』と言わなくなってしまったんだった——。
「……母さん」
「どうしたの? スイくん」
大きなトンネルが完成し、みんながわあわあと大喜びしている。
子ドラゴンたちがおっかなびっくり、翼をたたんで中を潜っていく。
ショコラも覚悟を決めたように、慎重に頭を突っ込んでいく。
声をかけられた母さんは、少し首を傾げた後、僕の顔を見——。
なにも
僕はそれに身を任せながら、小さく
「父さんともむかし、海で砂遊びをしたよ」
「そう」
「楽しかった。……すごく、楽しかったんだ」
「そう」
「今と同じくらい、楽しかったんだ。本当だよ」
「ええ、わかってるわ」
母さんはどこか遠くに目を向けながら、優しい顔で言った。
「お父さんにだって、ちゃんと伝わってるわ。だから大丈夫」
——————————————————
幸せになれた今だからこそ、昔を思う。
あの日々もまた、紛れもなく幸せであったと。
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