大掛かりなことになりそうだし

 シデラへは一家総出で行くことにした。


 それはひとえに、リックさんとノエミさんからの報告を、僕とカレン、母さんの三人が聴くべきだと思ったからだ。


 カレンは言うまでもなくエルフとして、故国のことを知る権利がある。母さんは国際情勢に詳しいから、双子の話を客観的に判断することができる。なので実際のところ、留守番役が適任なのは僕であるので、僕が家に残ってミントとポチの面倒を見るという案も出たのだが——それはカレンと母さん、双方によって却下された。


 まあ確かに、ここで又聞きで済ませるのは僕としても嫌なんだよね。


 リックさんのこともノエミさんのことも、僕は友人だと思ってる。それにドルチェさんのことだって。もちろんカレンは言うまでもなく、家族であり恋人だ。


 そんな彼ら彼女らに深く関わることに対し、他人事で接してはいられない。


 加えて、場合によってはエルフ国アルフヘイムへ直接赴くことになるかもしれない。そうなった時、竜の里ではなくシデラに軸足を置いていた方がなにかと都合をつけやすいってことで。


 なんにせよ、慌てて準備を整えて、次の日。

 僕らはポチを駆り、シデラへ出発したのだった。



※※※



 最も懸念していたのが寒さのぶり返しで雪が降ることだったんだけど、幸いにも季節は順調に変わりつつあるようで、朝晩の寒さ以外は特に問題ない旅程だった。

 そして一週間——七日の後。

 僕らはシデラの門を潜り、街へと辿り着く。


「おう、よく来たな。双子も昨晩、到着したところだ」

「ちょうどよかった。それにしても、出迎えありがとうございます。……しかもけっこうな大人数で……」


 ベルデさんに肩を叩かれながら大通りを見渡すと、いつものメンバーに加えておばあさま、それから十数人ほどの冒険者さんたちが僕らを歓迎してくれる。ちょっと遠巻きに手を振ってくれるのに心があたたかくなった。


「大層なことにすんなって俺ぁ止めたんだがなあ」

「いいえ、嬉しいです。……双子とシュナイさんは?」

「大急ぎで帰ってきたらしくてな、疲労困憊こんぱいでいまは寝こけてる。シュナイのやつが見てるよ」

「あの人、あれで面倒見がいいんですよねえ」


 などと、蜥車せきしゃを止めて笑い合う。

 そして他の家族たちも、みんなと挨拶を交わす。


「ばあばーーー! きたよっ!」

「いらっしゃいミント。まあ、少し大きくなりましたか?」


 セーラリンデおばあさまに突進していくミントと、それを受け止めるおばあさま。


「いらっしゃいまし。今日はゆっくりもしていられないのですよね?」

「ん、ごめんなさい。明日にでもお店に行かせて」

「あ、ヴィオレさま! おひさしー。年明けてから初めて?」

「そうねえ。しばらくこの街にご厄介になるわ。はい、これお土産」


 え……カレンがトモエさんと談笑するのはわかるけど、母さんとリラさんいつの間にそんなフレンドリーになってるの? 聞いてないぞ……。


「いらっしゃいませ! ショコラさまにはご機嫌麗しく!」

「わふっ!? うー……」

「パルケル、そろそろ慣れないか。驚いているだろ」

「そうっすよ。ねえショコラさん」

「ドルチェ……俺にはきみの方が尻尾を振っているように見えるぞ……」


 こっちはこっちでなんというか、相変わらず。ノアは苦労性だね。


 たたたっと踵を返し、ワゴンの中にぴょんと逃げ込むショコラ。がっかりするパルケルさんとドルチェさんに、ふたりをたしなめるノア。


「久しぶりにみんなで来たけど、やっぱいいなあ。ね、ポチ」

「きゅるるっ!」


 僕はポチの鼻先を撫でながら、この騒がしさに思わず笑みをこぼすのだった。



※※※



 滞在中の拠点は母さんの元職場——融蝕ゆうしょく現象研究局が手配してくれたそうで、ポチの厩舎なども完備された、シデラで最も高級な宿だった。

 というか、ほぼ屋敷だった。

 貴族が借り切って使う別荘タイプのもので、最初にここに来た時に泊まった『かし向日葵ひまわり亭』よりも更に値段が上。あれも日本円にして一泊三十万円相当というわけわからんやつだったのに、今回のはもう値段を聞きたくない。


 とはいえ、豪勢な宿を堪能するのも長旅の垢を落とすのも後だ。


 僕らはチェックイン(っていうのかなこれ)を済ませた後、ミントとポチをおばあさまに託し、とるものもとりあえずノアの屋敷へと赴いた——ちなみにショコラは僕とミントを見比べた後、僕についていくことにしたようだ。


 メンバーはけっこうな大所帯となった。


 まずはギルド側からベルデさん、シュナイさん、ギルドマスターのクリシェさん。

 場所の提供者であるノアとパルケルさんに、居候のドルチェさん。

 ハタノ家からは僕、カレン、母さん。

 そして——あらかじめ断ってはいたけれど——、


「スイ。その、なんだ。本当にのか?」

「ええ、僕の隣に座っています」


 クリシェさんがおっかなびっくり尋ねてくるのへ、頷く。


「ふふ。なんなら、悪戯していいかな?」

「えっと……『よろしく』と言ってます」

「きみも大変だね。大丈夫、冗談さ。おとなしくしてるよ」


 ソファーに腰掛けるのは、妖精王——四季シキさんだ。


 可笑しそうに肩を振るわせるその小さな身体を、ハタノ家の面々だけが苦笑とともに見る。もっとも、半信半疑なのはクリシェさんだけで、ベルデさんたちは信じて受け入れてくれているのだけど。


「まあいろんな事情がありまして、実際に話を聞いてもらうべきかなと思ったんで。……もちろん、妖精たち彼らが直接、なにか行動を起こすとかではありません。特別アドバイザーみたいな感じで」


 ちなみに、僕らと旅をしながらシデラに来たわけではない。


 幽世かくりよたる『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』は、現世うつしよたるこの世界と少しずれた場所にある。そして四季シキさんは、座標さえ指定できれば好きな場所に『穴』を開くことができるのだ。


 座標となるのは、妻であるシキさんの流した涙——僕らの持つ『妖精の雫』。

 つまり彼は、この能力を利用し、僕らのいるシデラに直接やってきたのだった。


 だったら僕らも帰りは四季シキさんに開いてもらった『穴』から『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』へ行き、そこから固定した扉を使って家に戻れるんじゃないかと思ったのだが、四季シキさんいわく『できないこともないけどあまりやらない方がいい』らしい。


 ——同じ座標に開いた『穴』を行き来するだけならいい。でも、入ったものとは違うものから出る……みたいなことを繰り返すと、存在がぼくら側に近づいてしまう。

 ——きみたちも、すべてを忘れて羽を生やしたくはないだろう?


 説明する当人は無邪気に笑っていたけど、内容はちょっとしたホラーだったよね。


 まあ、ともあれ。

 疲労困憊で泥のように眠っていたというエジェティアの双子はかわいそうなことに僕らの到着とともに叩き起こされ、現在、身支度を整えている。ほんとお疲れさまだよね。ごめんね……。


 ただ、一同が待っているのはリックさんとノエミさんのふたり


 扉がノックされる。

「入ってきてくれ」とノアくんが返す。

 応えてまずはリックさん、続いてノエミさんが姿を現して。

 その背後から、もうひとり。


 凛とした人だった。

 背が高く、たたずまいは涼やか。

 さっぱりと整えられたショートヘアに、しなやかな四肢。切れ長の目、薄い唇、怜悧れいりそうな顔だち。エルフの証である尖った耳もぴんとしていて、まとう空気の静謐せいひつさをよりいっそう際立たせている。


 正直、一見して性別がわからない。

 僕の戸惑いに気付いたのか、カレンがそっと耳打ちをして教えてくれた。


「女」

「そっか」


 そのエルフは、リックさんたちに促されて一歩、前に出た。

 左腕を胸にあて、軽く頭を下げて名乗る。


「お待たせしてすまない。お初の方もいらっしゃるから名乗っておこう。自分の名は、ハジメ。ハジメ=だ」


 ——アクアノ。

 エルフ始祖六氏族のひとつ。

 二千年前、四季シキさんたちがショコラの先祖とアルラウネを託したふたり『輪島わじま』と『中野なかの』のうち、中野さんを先祖に持つ女性が——エルフ国アルフヘイムからやってきたのだ。

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