報告を聞こうとしたけれど

 ハジメ=アクアノ——ハジメさんは、僕らへ礼をした後、促されてソファーに姿勢よく腰掛けた。パルケルさんから出されたお茶を「ありがとう、いただくよ」と微笑んで受け取り、品のいい仕草で傾ける。


 なんというか、女子校にいたら『王子様』って言われて推されまくってただろうな……って感じの人だ。


 カレンがハジメさんに視線を送り、口を開く。


「久しぶり。元気だった?」

「やあカレン。三年ぶりかな? お陰さまで健勝だよ。きみは……すっかりの人、という感じだね。少し寂しいな」


 対するハジメさんは凛とした空気を崩さないまま頬を緩めた。


 ただ、ちらりと僕を一瞥いちべつして付け加えた言葉のはしに、エルフ特有の身内意識というか、排他的な色がちょっぴり混じっていた。

 悪意はまったく感じない。これはもう、仕方ないものなんだろうな。


「それにしても『ハジメ』か。日本人みたいな名前だね」


 そう口にしたのは、僕の隣にいる四季シキさん。

 ただ、彼の言葉はハタノ家の一同にしか聞こえていない。


 日本のことけっこう思い出してるんですね、という言葉を僕はぐっと呑み込んだ。


「いや、それを言うならカレンちゃんもそうか。まだ少し、文化の名残みたいなのがあるのかもしれないな」

「……そうかも」


 小さく相槌を打つと、ハジメさんが怪訝な顔を向けてくる。


「なにか?」

「いえ、なんでも。うちのショコラが鼻を鳴らしたもので」

「わふっ?」

「くぅーん」


 ごめんショコラ、スケープゴートにしちゃった……。

 ソファーの下に手を入れ、顎下を撫でながら心中で謝る。首を傾げながらも指を舐めてくるショコラであった。


 とはいえ、四季シキさんの推察に心惹かれるものはある。


『カレン』『ハジメ』だけじゃなく、『リック』『ノエミ』にも日本の面影がかろうじてあった。ただ『ドルチェ』にはまったくないし、カレンの両親——『ルイス』『エクセア』も日本語の響きとはかけ離れているので、法則性があるわけでもないのだろうけど。


 ——まあ今は、閑話休題ってやつだ。


「交流は後回しにしよう。まずは、僕らからことの経緯を報告したい」


 リックさんがお茶を飲んでから深く息を吐き、隣のノエミさんと視線を交わす。


「ただ、ごめんなさい。結論から言うなら、なにも解決していないし、ほとんどなにもわからなかった……というのが実情なの」


 ふたりの嘆息たんそくには自責と、深い失望があった——おそらくは、祖国への。


「ん、そこは気にしなくていい」


 即座にふたりをいたわったのは、カレンだった。


エルフ国アルフヘイムの秘密主義は徹底してるし、長老会がそう容易たやすく口を割るとも思わない。……ただ、あなたたちが無事にこっちに戻ってこられたのは少し不思議」


『長老会』というのは、有り体に言うとエルフ国アルフヘイムの政治機関だ。


 なんでも、選出された六名の首長たちによって構成されているそうだが——彼らの行うまつりごとはブラックボックス化しており、どんな意図と目的で国の舵取りをしているのか、国民たちにも知らされないことが多いという。


 僕はその話を聞かされた時、不気味で怖いなと思ったものだ。


 ただ、国内が平和で豊かなこと。国民が総じて国の外のことに無関心なこと。問題も不満も起きていないこと。そういった成果があるため、ほとんどの者は『長老会』に不信感もなければシステムに疑問を持ってもいないらしい。


 そんなものよ——と、母さんは言っていた。

 不平不満がなく圧政が敷かれていないなら、政治の仕組みなんて誰も気にしないし知ろうともしない。政治機構に透明さを求める日本人あっちの感覚はきっと、時代と文明がこっちより進んでいることの証なんでしょうね、と——。


 ちなみにややこしいことに、『長老会』の六首長は、始祖六氏族とはほぼ関係がない。首長を輩出している六氏族もあるらしいが、そもそも六氏族が歴史ある名家であっても権力を持っているわけではない、とのこと。


 ともあれ、


「……アテナクのことに関してはどうだったの? 『坩堝るつぼ砕き』のこととか、氏族の人たちが逃げ出しちゃってることとか、……ドルチェさんのこととか」


 僕の問いに、ドルチェさんが自嘲気味に笑う。


「ドルチェは今の暮らしに満足してるっすよ。エルフの国とかに来いって言われても、困るっす。というか、なにも知らないし」

「きみはそれで良くても、エルフ国アルフヘイムは曲がりなりにも国家なんだ。同胞に対する責任ってものがある。住処を失ったエルフを受け入れる姿勢を見せないなんて、国として機能していないのと同義だ」

「当然、私たちはそのことも問い詰めたわ。ただ……」


 リックさんとノエミさんが苦い顔をし、言葉を続けようとしたその時。


「そこから先は、自分に説明させてもらっていいだろうか?」


 ふたりを遮って、ハジメさんが口を開いた。

 そして、立ち上がり——ドルチェさんと、それからカレンを交互に見る。


「アテナクの子は知らないだろうけれど、長老会には現在、自分の父……エミシ=アクアノが席をいただいている。その縁もあり今回、自分がエジェティアの子らと同行することになった。自分はエジェティアの子らの監視役であり、長老会からの遣いとしてここに来ている、というわけさ」


 その言葉はいかにも居丈高で、高慢に聞こえる。

 僕も一瞬だけ眉をひそめた。


 だけど、とは裏腹に。

 ハジメさんの声音と表情は、緊張の色を濃くしていた。


 声は微かに震え、顔に浮かぶのは——これは、恐怖?


 その真意はどこにあるのか。

 彼女はなにを恐れているのか。


 答えは、続けて発せられた。





「長老会の決定を伝えるよ。……『ドルチェ=アテナク。そして、カレン=クィーオーユ。両名、始祖六氏族の血を繋ぐことを最優先にせよ。』とのことさ」


「「「……は?」」」


 僕と、カレンと、そして母さんが。

 同時に低い声をあげた。

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