好きなものには夢中になるし

 森での暮らしに必要なもの、欲しいもの、足りてないものを片っ端から挙げていった。職員さんたちが持ってきてくれたそれらをひとつひとつチェックしていく。耐久品はストック含めて複数を確保。消耗品は家でも生産できるかを吟味して、できないものを最低限に。生産できるものは原材料をお願いする。そして倉庫になかったものは、次に来る時に備えて注文しておく。


 蜥車せきしゃに載る——ポチがけるぎりぎりまでの量に達したところで、時刻は既に昼過ぎへ達していた。


 ひとまずは物資の選定、完了である。


「昼食が必要なら用意をさせるが、どうする?」


 ひと仕事終えて荷が降りたのか、すっきりした顔のクリシェさんは僕らにそう提案してくれた。ありがたい申し出だが、先約がある。


「せっかくですけど、もう行くところが決まってるんです」

「そうか、残念だな。……まあ、まだ帰るまで日があるのだろう? 後日でいい、ギルドの方にも一度顔を見せてくれ。冒険者登録をしておいた方が後々の役に立つかもしれんしな」

「ありがとうございます、是非」


 お世話になりましたと頭を下げて倉庫を後にする。選定した物資はきっちり整理梱包こんぽうし、僕らの出発日に合わせて荷車に積んでおいてくれるそうだ。


 その日までポチともしばらくお別れ、なんてことはできないししたくもないので、倉庫には毎日行くけどね。


「お前もポチに会いたいよな、ショコラ」

「わん!」


 ともあれ、次に赴くのはお昼ご飯——を食べに、トモエさんの働くお店へである。



※※※



雲雀亭ひばりてい』は街の目抜き通りに店を構える喫茶どころだが、けっこうしっかりとした食事も出してくれるらしい。食事の他にはデザートとしてケーキが有名で、僕はそれを聞いた時から絶対に行くぞと決意していた。


 トモエさんは雲雀亭の看板娘ということで、男性客に絶大な人気を誇るのだとか。僕は半信半疑である。確かに外見は儚げな美人というか深窓のお嬢さまっぽくはあったけど、あの中でいちばん酒くさかったもん……。


 店構えは立派で、日本のイメージでいうならカフェというよりむしろレストランに近い風情。とはいえ、通りに面したテラス席があったり、かしこまるというよりくつろげるような雰囲気だったりは、やっぱり喫茶店っぽさがある。


「あら、いらっしゃいませ。お待ちしてましたわ」


 ふりふりの給仕服を着た、つまりメイド姿のトモエさんは僕らを出迎えると、たおやかに一礼した。

 それだけで、席に座っていた男性客たちが顔を向け、ほう……と見惚れる。


 昨日と違って髪の毛も凝った感じに結われているし、あの酔っ払いとはまるで印象が違う。なるほど確かに看板娘にもなるだろう。

 

「こちらへどうぞ、わんちゃんもご一緒に。特別席を用意していますわ」

「あ……なんかすいません。気軽に、行きますって言ったばっかりに」

「あら、いいのですよ。むしろスイさんたちに来ていただいて光栄ですわ」


 花が咲いたような笑顔に男性客たちはますますうっとりしている。すごいな。……この世界、魅了スキルとかそういうのあったりしないよね?


 と、隣のカレンが急に、僕の腕をぎゅっと抱いてきた。


「え」

「スイは有象無象と違って、トモエにでれでれしてないのでえらい」

「あ、いや、はい……ありがとう?」


 こっそりと僕にだけ、微かで控えめな、けれど彼女らしい笑みを見せてくるカレン。思わず顔が熱くなる。


 あまり表情が動かないし風景に溶け込むのが上手いためトモエさんみたいに衆目を集めることはあまりないが、一度でも意識に入ったらその瞬間に惹きつけられるような、そんな魅力を彼女は持っているのだ。


 ……恥ずかしいので、本人には直接言わないけども。


 案内されたのは二階にある個室で、トモエさんがつきっきりで面倒を見てくれた。


「いいんですか? お忙しかったのでは」

「構いませんのよ。むしろ昨日は醜態をお見せしてしまいましたから。その分、きっちりと埋め合わせをさせてくださいまし。お代もいただきませんから、どうぞどれでも遠慮なく注文してくださいな」

「いやでもさすがにそこまでは……」


 昨日今日に出会った人なのに、そんな歓待されると困ってしまう。

 だから固辞させてもらおうと思ったのだが、


「お菓子です」

「え?」

「スイさんが育ったかの地異世界のお菓子を、是非ともご教授くださいませんか? できれば当店にのみこっそりと。独占販売できれば大儲けでくひひひ」

「出しちゃいけない声が出てるけど聞かなかったことにした方がいいかなこれ」

「おっと危ないところでしたわ」

「危機を乗り切れたとでも思ってるんですか?」


 いやまあ、レシピを教えるのは別に構わないんだけども。


「でもその前に僕の方が、こっちのお菓子のことを知りたいです。どんな材料で、どんな種類があって、どんなものを作ってるのか。そうしないと違いがわからないですし」

「確かに、ごもっともです。なので存分に食べていってくださいまし」

「あと独占販売みたいなのはどうなんだろう……いや、それくらいの方がいいのかな」


 いきなり変なレシピを発表して市場を混乱とかさせたくないしなあ。店の名物として、変わったケーキがひとつふたつ出てくる分にはそこまで大変なことにもならないだろう。問題になりそうなら、期限を切ってレシピを公開する契約を結べばいい。


「ありがとうございます! ではさっそく、当店のメニューを片っ端から持ってきますね!」


 トモエさんはそう言うや否やくるりと振り返り、ふわふわのスカートをなびかせながら神速でかっ飛んでいく。僕らはメニュー表も見せてもらっていない。


 あれ? これひょっとして、


「……スイ」

「うん、僕も同じことを考えてた」

「わう……」

「ショコラにはミルクを持ってきてもらうから、それは心配いらないよ」

「わう!」

「問題は僕らの方だ」

「ん。あの雰囲気はもう確実に……」

「お待たせしましたあっ!」


 アメリカのウェイトレスがカウボーイにポンドステーキを運んでくるみたいなノリで、両手に大皿を抱えたトモエさんが戻ってくる。漂ってくるのは甘い香り、載っているのは色とりどりのケーキ、ケーキ、ケーキ。


「さあ、片っ端から召し上がってくださいまし! 感想など聞かせてくださると嬉しいですわ。具体的には向こうのものとの違い、改良の余地、ついでにわたくしたちのケーキにはない発想をお持ちであればそちらをぽろっと明かしてくだされば完璧ですわっ!」


「やっぱりか」

「ん、やっぱり……」


 この量、たぶん全部合わせると、ホール分くらいはある。

 つまり僕とカレン、ふたりがいちホールずつだ。


「僕ら、お昼ご飯を食べにきたんだけどなあ」

「なんだかもう断れない空気になってる。こわい」


 そして、なにより。

 これだけケーキを食べたらもう、他のなにかが胃に収まる余地はない。


「わたくしとしてはこちらのタルトからお願いしたいですわ! イエローベリーが今は旬ですし、生地に使っている小麦はリェーリア産、卵はギーギー鳥の濃厚なもの、イエローベリーの酸味に負けないよう力強く作ってあります!」


 僕らのやんわりとした言葉を、トモエさんはもはや聞いてない。


「こちらのシフォンケーキなども是非! 口の中で生地が溶けるようだと評判ですのよ。そのままで自然な甘さを味わうもよし、お好みでクリームを添えるもよしですが、わたくしのおすすめは葡萄のソースを絡めることです!」


 ただ——次々にケーキを紹介してくる彼女は生き生きとしていて、楽しそうで。ずんずんと前にきて、目を輝かせていて。お客さんたちの前で営業用スマイルを浮かべている時より、遥かに魅力的に見えた。


「……あの、このケーキって、ひょっとしてトモエさんが作ったんですか?」

「ええ、もちろんですわ!」

「トモエさん、給仕と菓子職人パティシエを兼ねてるんですね」

「パティシエ、というのは存じませんが、わたくし、お菓子作りが大好きですの!」


「……そっか」


 なんとなく、わかってしまった。

 彼女がお菓子作りを好きなのはきっと、僕が料理を趣味にしているのとだ。


 独占販売とか大儲けとか口走ってはいたけど、本当にお金のためだけに新商品を開発したいのであれば、こんな目はしない。こんな笑みは浮かべない。


 こんなふうに嬉々として、自分の作ったケーキについて語ったりしない。


 自分の作ったものを食べてもらいたいから。

 食べて、喜んでもらいたいから。

 美味しいと言ってもらいたい——その顔が見たいから。


「トモエさんの親しい人に、お菓子の好きな方がいらっしゃったんですか?」

「え、なんでそれを……」


 ただの推測だったが、当たってしまった。

 だけど——だったら、やるしかないよな。


「カレン、いい?」

「ん。覚悟を決めた。でもお腹いっぱいになったらあとはよろしく」

「わう!」

「はは、ショコラも応援しててくれ」


 僕はテーブルに並べられた色とりどりの想いたちを眺め、まずはシフォンケーキへとフォークを伸ばす。

 次はいつ来られるかわからないんだから、お腹が砂糖で埋め尽くされても、できる限りのことをしなくちゃね。






———————————————————

 念のため繰り返しますがハーレム展開はありません!

 ただ、友人(お菓子作り仲間)として仲良くはなります。

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