一触即発と思いきや

 エルフ始祖しそ六氏族。

 歴史において、エルフ族の開祖とされる六つの家系のことだ。


 エジェティア、アテナク、シルキア、ファッティマ、アクアノ、そしてクィーオーユ——各家が有史以来からの系譜を持ち、その貴重な血筋はエルフのみならず、世界各国からも重要視されている。


 僕はこの六氏族のことを、カレンと母さんに教わった。


 特にクィーオーユ氏族はカレンの出自であり、彼女はその最後の生き残りなのだ。家族として、ともに生きていこうと決めた相手として、その事実は強く意識せざるを得なかった。


 ただ、一方で。

 始祖六氏族について、もある。


 実証できるものではないし、ことさら話題にしてももはや詮無いことでもあるから誰にも言ってはいないのだけれど、ともあれ。


 エルフの始祖に連なるひとつ、エジェティアの姓を持つふたりが目の前に現れたことで、僕は改めてを意識することになる。


 ——かつて夢で見た、あの六人の日本人たちを。



※※※



 ただそれ以前に、カレン以外のエルフと初めて会った、という感慨は大きい。


「腕試しに来たんだよ、この『うろの森』にね」

「ええ、誇り高きエルフ始祖六氏族がひとつエジェティアの子にして、音に聞こえた『孕紮おうさつの魔女』……私たちきょうだいが、ここを狩り場に選んであげたの」


 男性の方——リックさんが得意げにそう言い。

 女性の方——ノエミさんが、自慢げに付け足した。


「『魔女』? おふたりのどちらが魔女なんですか?」


 思わず問うた僕を、ふたりは一瞥すらしなかった。

 聞こえてなかったのかな? と思ったが、


「ん、両方。リックとノエミは双子で、ふたりで同じ魔眼を持ってる。得意な魔術も一緒に稼働させるやつ。なので、ふたりでひとつの称号を共有してる」


 カレンがさらっと説明してくれた。

 しかしどうも、それが気に入らなかったらしい。


「おい、クィーオーユ! 貴様、我らの手の内をべらべらと……」

「そうよ! 失礼にもほどがあるでしょう」


「? 『魔女』は、その称号を得た際、自身の魔力色と能力が公式に開示される。あなたたちの能力も、調べれば誰でもわかることでは?」


 反論にカレンはまったく動じなかった。というより、なにを当たり前のことを——と、眉を寄せて首を傾げるのみ。


「じゃあ、カレンや母さんの力も公式に知れ渡ってるの?」

「ん。『魔女』とは魔導士における最高位の称号。力の中身を秘匿ひとくしなければ魔導の強さを発揮できないような者には与えられない」

「なるほどなあ」


 確かに、母さんやカレンの魔術って、知ってれば対処できるとかそんなレベルじゃないもんな。事前知識があっても問答無用だ。


「僕たちが言いたいのはそういうことじゃない! ……そもそも、きみはここでなにをしているんだ?」

「そうよ。あなた、ソルクスの王都で働いているのではなかったの? それがどうしてこんな辺境で、下賤げせんの民と犬っころを連れて歩いているの?」


「えっ、下賤の民と犬っころって、もしかして僕とショコラのこと?」

「わふう……」


 あまりの言われように怒るとかじゃなくびっくりしてしまった。

 下賤て……いや下賤なのか? 日本で育った一般市民だもんな。


 あ、でもよく考えたら母さんは侯爵家の出だし、血は繋がってないとはいえソルクス王家の縁戚だし、ショコラは獣人の守り神だし、


「僕ら、なにげにすごくないか?」

「わう……くぅーん」


 一方、カレンは魔力をわずかに毛羽立けばだたせていた。僕らを『下賤の民と犬っころ』呼ばわりされたことにピキっと来たらしい。


「……、ん、スイたちが気にしてないなら、いい」


 だけど言われた当の本人たちがぼへーとしているので気が削がれたようだ。……なんかごめん。


「前にも言ったけど、エルフは種族全体が引きこもり。他種族のことも積極的に知ろうとしない。だからこの双子も世間知らず。許してあげてほしい」


 ただ怒りは収まっていないようで、魔力の代わりに言葉でチクチク刺していく。


「貴様、同胞のよしみで話しかけてやったというのに! なんと無礼なっ」

「久しぶりの再会で、随分じゃない? ふざけてるの?」


 リックさんとノエミさんは顔を真っ赤にしてしまった。


 いや、喧嘩したい訳じゃないからこういうのはちょっと——というか、態度こそ刺々しいし言葉も嫌味ったらしいんだけど、僕はどうも、彼らに対して怒る気になれない。カレンが腹を立ててくれたのが嬉しいというのはあっても、むしろそれだけなんだよね……。


 たとえるなら、稚気ちきを出す子供を見ているみたいな、こっちが怒るのは大人気ないと感じてしまう、みたいな。

 万が一カレンと喧嘩になったとしても、たぶん鎧袖一触がいしゅういっしょくだろうしなあ。


 あ、ショコラもあくびをし始めた。


 とはいえ、困った。

 こんな街中で騒ぐのは好きじゃないし、そろそろミントを迎えに行きたいし、ジ・リズを待たせすぎるのよくないし……。


 などと考えていると、僕らの背後から野太い、聞き慣れた声がした。


「お、いた! ったく、案内してる途中でふらっといなくなっちまって……魔女殿、勝手な行動はやめてくんねえか」

「ベルデさん、シュナイさん」


 無精髭を生やしたごつい体格の大男と、痩躯そうくに世を斜めに見たような面立ちの青年。

 友人ふたりがこっちに向かって歩いてきていた。


「お、スイ。来てたのか! って……」


 彼らは僕の顔を認め、ぱっと笑みを浮かべる。

 が、双子のエルフと相対している様子を見て、眉をひそめた。


「……ひょっとして、絡まれでもしたのか?」

「カレンの古い知り合いらしくて。ふたりはこの人たちの案内を?」

「ああ、シデラの森に腕試しに来たってんで、俺たちが街の案内を仰せつかったんだ。……困りますぜ、旦那がた。こちとら、無断で森に行っちまったかと思って冷や冷やしたんだ」


 双子の男の方、リックさんがつっけんどんに言った。

 

「そのつもりだったんだが、途中で古い知り合いに会ったものでね。まあ、無理に話をする必要もなかったから、無駄足だったな」


「……やっぱりか。何度も言うが、俺たちと同行しない限り森への立ち入りは認められねえ。これはうちのギルマスの判断でもある。従ってもらわにゃ困る」


 ベルデさんは深い溜息とともにそう返す。

 会話の内容から、僕にも話が読めてきた。


 なるほど、察するに——。


孕紮おうさつの魔女』たるエジェティアの双子が『うろの森』へ腕試しに来た。そして、ベルデさんとシュナイさんが彼らの案内役に選ばれた。

 だけどふたりは森のことを舐め腐っていて、ベルデさんたちを無視してさっさと森へ入ろうとし、その途中で僕らと出くわした。

 ……と、そんな感じか。


 だけど。

 ノエミさんが次に発した言葉で、僕のその認識は若干の修正を余儀なくされる。


「そもそも、案内なんて必要ないのよ。エルフ国アルフヘイムとソルクス王国との折衝があるからギルドに話はしたけど、それで充分よ。『魔女』たる私たちが、たかが冒険者風情に教わることなんてなにもないわ」

「その通りさ。一級だのと謳ってはいるが、所詮はたいした魔導も感じられない凡人じゃないか。僕らの足手纏いにしかならない存在を、どうしてわざわざ連れて行かなきゃならない?」


「……は?」


 どうやらこの人たちが舐め腐っていたのは、森だけではない。


 ベルデさんとシュナイさんのことも——だ。


「いま、たかが冒険者風情、って言いました? それと、凡人だって?」


 僕は問うた。とても聞き逃せないひと言だった。


「なによ下賤の民。カレンの腰巾着で、私たちに対等な口を聞けると勘違いしたの?」

「いや。勘違いしてるのあなたたちでしょ」


 眉が寄ってしまっているのが自覚できる。

 さっきのカレンの気持ちがわかった。


 自分のことを悪く言われてもさして気にはならないけど、自分が尊敬してる人が軽んじられているのは、ああ、これは確かに——ちょっと、腹が立つな。


「ベルデさんもシュナイさんも、この森にかけては超一流だ。『魔女』風情が侮っていい人たちじゃないよ」


「魔女風情、ですって? あんた、なに生意気な……え? ……は?」

「ちょっ、なん、だよ。こいつ。この、魔力……」


 ノエミさんが何故か途中で言葉を噤む。

 リックさんも唇を震わせている。


 なにに驚いてるのか知らないけど、まずは失礼な口を利いたこと、ごめんなさいしようよ。



※※※



「おいスイ、落ち着け! 俺らのことで怒ってくれたのは嬉しいが、そいつはちょっとばかし初対面の相手にはきついぜ」

「……もしかして、ペンダントで魔力が増幅されてる?」

「わうっ! わんわん!」


「リック、怖いよお。なにこの子ぉ……」

「ノエミやばい、どうしよう、なんなんだよこいつ……!」


 背後で制止してくるみんなの言葉ではっとするまで、僕は自分の魔力が刺々しくなっていたことに気が付かなかった。

 そしてその数秒で、ふたりのエルフはすっかり涙目になっていて——僕は彼らに、大慌てで平謝りすることになったのだった。

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