もうわすれてしまったけれど
彼女の告白に、僕らはみな言葉を失った。
「神の……
聞き間違いではない。
それは病の名。
僕に——僕ら家族にとっては忌まわしい、あの——。
「今は、そう呼ばれているね。でもかつてあれは、まったく逆の名前で呼ばれていた。『悪魔の
妖精王、
「あの病は、今の時代、随分と珍しいものになっているそうね。
妖精女王、
「それでも、五人の子供たちすべてが同時に、なんてことはやっぱり珍しかった気がするわ。……もう、よくは覚えていないのだけど」
「……覚えて、ない?」
「ええ。わたしたち、
「まあ、ぼくらの記憶がそうなのも『悪魔の楔』が今では珍しい病になったのにも、すべて理由がある。……子供たちの病を治すため、ぼくらは魔術を使った」
「……制約」
母さんがつぶやく。重々しく、同時に驚嘆を込めて。
「古い文献に垣間見える、
「よく知っているね」
「むかし……必要になって調べたの。結局、その尻尾すら指先に
ああ——その知識を求めたのはきっと、かつての僕のためだったんだ。
「かろうじてわかったのは、大魔術を行使するには世界との契約が必要だということ。契約とはつまり、制約。術式の構築に厳しい条件、あるいは代償を課すこと」
「うん、まさにだ」
そしてどこか誇らしげに、どこか虚ろに、言った。
「ぼくらは子供たちの病を治すべく大魔術を行使し……病は治ったが、その代償としてぼくら家族は作り替えられた。世界に働く認識の辻褄合わせ——『
「そん、な……」
子供たちの病を治す代わりに。
『神の寵愛』から逃れるために。
彼らは、妖精になった——家族、みんなで。
誰もが絶句していた。
僕も、カレンも、母さんも。
なにより母さんは、
想像したのだ。
もし、十三年前。
もし、目の前に
果たして自分たちは、同じことをしただろうか——と。
「世界が行う『
母さんが思考を振り払うように口を開く。
「理解したわ。妖精が人に見えないのは『
「その通り」
「世界から失われて当然だわ、そんな魔術。多用していたら星が終わってしまう。いえ……たぶん大魔術の仕組みそのものが『
たとえるなら、ゲームのバグ技みたいなものなのだろう。
不具合を利用したアイテムの増殖とか、そういう類のやつだ。
だがバグを利用すれば、同時にセーブデータもバグに巻き込んでしまう。下手をすればデータこと壊れるだろう。それを防ぐために修正パッチが当たった——そんな感じか。
「もしかして、その際に『神の寵愛』を受ける条件も変わったのかしら? いえ、病の名前が『悪魔の楔』から『神の寵愛』となったのも……」
「ヴィオレ殿、
母さんの考察とその答え合わせを聞きながら、僕は頭の整理がつかない。
この人たち——この妖精たちのしたことは、あまりにも大それていて途方もなく、善悪さえも定かでない。
家族を思っての行為だ。責める気持ちにはなれない。
ただ一方で、そこまでやったのか、という驚愕もある。
彼らの大魔術で人類が不幸になった訳ではないし、死者も出ていないのかもしれないけれど。それでもやっぱり、世界そのものを変えてしまうことの
ただ、なによりも恐ろしいのは。
僕はもし、同じ立場だったら——やるだろうな、と思うんだ。
家族の命を救うためなら、迷いなく。
母さんも、カレンも、父さんも——きっと、やる。
そんなことを考えていると、
「ひとつ、教えて欲しい」
カレンがふたりを見詰めながら口を開いた。
「私たちエルフの祖は妖精だ、って伝えられてきた。それは本当? 今までの話だと、この世界に『妖精』は、あなたたちしかいないように聞こえたけど……」
僕もはっとする。
今までの話から想像するに、この世界における『妖精』という概念はおそらく、二千年前に
魔術の代償として変貌し、世界の隙間に落っこちる際——『
でも、だとしたら。
エルフの伝承は、どんな意味を持つんだろう。
「ええ、この世に『妖精』は、わたしたちしかいないわ。そして、あなたたちエルフが
「ショコラと、ミントも?」
「わふっ?」
じゃれるのにも飽きて僕の足元で横になっていたショコラが、名を呼ばれて不思議そうにこっちを見上げる。その
彼女は、言う。
少し笑って、少しだけ泣きそうな顔で——。
「直感で、なんとなくわかるの。あなたたちは、かつてのわたしたちの身内……血を引いてるんだと思うわ」
「それ、って……」
「きみたちエルフは、ぼくらの血族を祖先に持っていると思う。クー・シーなんかは、一緒に暮らしていたペットが野生化したものなんじゃないかな? アルラウネについては植物だから推測だけど……ぼくはかつて研究者のようなことをしていた記憶がぼんやりあるから、そもそもアルラウネという種を、ぼくが創造したのかもしれないね」
なんてことのないような口調。
それとは裏腹、僕らは唇を引き結ぶ。
なにも言えなかった。
なにを言えばいいのか、わからなかった。
かつてヒトだったものの成れの果て——十一、二歳そこそこの子供の姿をした、永遠を生きる妖精たる彼らは、なにもかもを達観したように、唇で弧を描く。
「肉親とか、ペットとか、研究していたものとか。わたしたちはたぶん、そういったものを……こうなる時に、
彼らの笑顔とともに、その言葉は僕らの胸を容赦なく刺した。
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