かくして森に陽が落ちて

 冒険者の流儀で進む森の行軍は、新鮮で、学ぶところが多かった。


 哨戒しょうかいの方法、慎重さ、速度の緩急、異変への対応、そしてルート取り。それらすべてにシュナイさんの知識と技術、勘と判断が活かされている。


 なんてことないと思っていた茂みが、ヒルの群生する植物だったりした。川の近くには獣が来やすいのでできるだけ避けるよう教わった。土を指で擦って確かめただけで、毒蛇がいることを見抜いた。魔物がこっちを追跡してきてるぞと背後への警戒を促された直後、本当に襲ってきた。


 感心したハタノ家の面々は、ひそひそ語る。


「すごいや……今まで僕らがどれだけなにも考えてなかったかがわかるな」

「ん。私も、できるだけ技術を学んで身に付けたい」

「カレンは元々、サバイバル技術が高いもんね。僕なんかにはもうとっかかりが掴めないや。達人のやることは難しすぎる……」

「わふっ、くぅーん」

「お前の野性の勘も、時々負けてるもんなあ。日本で育ったから仕方ないけど」

「きゅー……」


 早朝から出発しほぼ休むことなく進んでいたが、一方で野営の準備はだいぶ早めだった。

 設営前に日が暮れてしまってはいけないからだ。


 僕の背嚢リュックに仕舞われていた帆布はんぷを広げ、現地調達したつっかえ棒で即席の天幕を作る。天井だけの簡素なやつだ。

 その下にこれも現地調達した木で土台を組み、葉を敷き詰めて簡易ベッドを作る。地面に直接寝転がってはいけない。虫や蛇、蠍が容赦なく肌を攻撃してくるからだ。


 でもって、天幕の周囲に虫除けの香をこれでもかと設置する。吊り下げたり地面に置いたり。

 独特の芳香は決して嫌なものではない。というより街の冒険者ギルドに入った時のみたいな——ああ、つまりこれが『冒険者の匂い』なんだな。


 天幕の横に焚火を作って、野営の準備は完了。


 そうこうしているうちに日が暮れ始める。

 僕は焚火に鍋をかけ、具材を入れ、夕食をこしらえた。


「今はまだ秋だからいいが、冬になると本格的な天幕を張らなきゃならん。吹きさらしで寝ると凍え死ぬからな」

 と、食事しながら解説をしてくれるベルデさん。


「じゃあ、荷物が大掛かりになりますね」

「ああ。だから冬は旅程も短くなるし、そもそも大規模な調査を行わねえ。……もうひと月もすれば、俺とシュナイの今年のお役目も終わりだな」


 冬季の冒険者は軽い採取行動が仕事のメインになるという。

 ベルデさんが苦々しげに続けた。


「これからの季節、どうしても実入りは減っちまう。今のうちに蓄えられてればいいが、わけえ奴らの中には後先考えずに使っちまって、金貸しの世話になるのもいる。身を持ち崩したって話もそう珍しくもねえんだ」

「それはまた……」


 ——と。

 シュナイさんが手に持ったお椀を掲げ、たぷたぷと振る。


「まあ、今年はマシだろうさ。働き口がひとつ増えてるからな。スイ、お前のだよ」


「あ……コンソメ」

「春からこっち、ギルマスはかなり大掛かりにやってる。材料にも増産をかけたし、肉なんかはここだけじゃ足りずに他の街から仕入れてるくらいだ」


 僕が顆粒かりゅうコンソメを発案し、この街に製造を提案してからもう半年になる。


 最初は冒険者にお試しで配り反応を見て……という話だったが、ギルドマスタークリシェさんはそうしている間にも、先回りで準備を進めていたらしい。さすがというかなんというか。


 結果、もう本格的な生産は始まりつつあって、冬になる頃には大々的に売り出せそうとのこと。


「まあ最初はそれなりの値にはなるだろうな。ただ、それよりも今はやっぱり、金が回るようになってきてるのがでかい」

 ベルデさんはにやりとした。


 新しい商品は経済を回す。

 材料の増産、製造設備の建設、携わる人員たちの給料に、商品を買い求める人々——僕の発案がシデラの街を豊かにしているのであれば、これほど嬉しいことはない。


 リックさんとノエミさんがコンソメの煮込みを匙ですくいながら言う。


「僕らも森に入る時は食べているけど、素晴らしいね。手軽で飽きがこない」

「私は魚醤ぎょしょうを少し入れるのが好きだわ。味をアレンジできるのもいいのよね」


 次いで、ノアとパルケルさんも。


「胡麻も合うな! 散らしてもいいし、胡麻油を垂らしてもいい」

「あたし、堅パンが好きじゃなかったんだけどさ。これに浸したらいけるようになったよ」


「ふふーん」


 そしてカレンはめちゃくちゃ得意げなドヤ顔である。

 いや、我が事のように思ってくれるのはいいんだけどさ……。


「はぐはぐっ」

「美味しいか?」

「はぐっ」


 ショコラの食事は珍しく生肉だ。道中で狩った——というよりシュナイさんがった——赤目雉あかめきじという野鳥である。ちなみに鍋に入っているのもこれ。


 日本にいる雉を写真でしか見たことがないけど、たぶんあれの三倍くらいはでかい。なので肉もどっさり手に入った。八人と一匹がお腹をいっぱいにするには充分だ。


 雉肉と森で採取した野草類をコンソメで煮込み、あとは各種調味料で味変しつつ堅パンをふやかして食べる。僕らの普段の食事よりはだいぶ手が込んでいないが、それでも冒険者が森で摂る食事としては、かなり贅沢な味がするとのこと。


 いつかこれが当たり前になってくれたらいい。

 そんなことを思いながら、僕は薬缶に茶葉を入れる。紅茶をベースにいろんなハーブや香辛料をブレンドした、シデラの名産だそうだ。


「シュナイさん、このくらい?」

「おお、そんなもんだ。あとはこれを水出ししといてくれ。で、夜番よるばんの時、次に起きてくるやつのために焚き火で温めておくんだ。砂糖を入れてこいつを飲めば、寝ぼけたやつも活力が出る」


 蜥車せきしゃでの旅と違い、昼間は全員が起きて進むから、夜警も三時間ほどずつの持ち回り。僕は夜半——真夜中くらいに当番が来る。




「よし、食い終わったら夜番じゃない奴は早めに寝ておけ。十日の遠征は長丁場になる。初日だからって休息のしどころを誤ると、後になるほどきつくなっていくぞ」


 ベルデさんがパンパンと手を叩く。

 僕らはそれに返事をし、お椀に残った煮込みをかっ込んだり、背伸びをして身体をほぐしたりなどした。

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