その6『街に灯り、星の守り、人は巡り』

魔女、来たる

深まる秋に焚き火をしよう

 秋の陽射しは透き通り、夕焼けの色も赤をますます増してきた。


 日本でいうとおそらく今は九月の下旬あたりだと思うけど、こっちではあとふた月ほど涼しさが続くそうだ。そこから後は徐々に寒くなっていき、冬の到来となる。『うろの森』の冬がどれくらい厳しいのかは未知数だし、準備をおこたらないようにしたいな。


 とはいえ、秋は秋で楽しんでいきたい。森で採れる木の実や果実、冬に備えて脂肪を蓄える獣や魚、そして——我が家の畑で収穫した、さつまいもである。


「すい、これ、いっぱいじゃぶじゃぶしたよっ。きれいになった?」

「うん、もう大丈夫そうだ。でもミントのほっぺたに土が付いちゃってるね」

「ん、ミント、こっち向いて」

「むふー」


 カレンに頬をぬぐわれながら、それでも得意げに洗った芋を見せてくるミント。

 僕は思わず顔を綻ばせ、よくできましたと彼女の頭を撫でる。


 本日行われたのは、芋掘り大会だ。


 慌てると茎がちぎれてしまうから慎重に、それでも待ちきれないミントはわくわく顔で土まみれになりながら、うんしょうんしょと頑張った。かくしてショコラや妖精さんたちも手伝う中、大きく育った芋たちが、数時間で庭に山積みとなったのだ。


 今は、これから食べる分を井戸で洗っている最中である。


「ねえにんげん、これほんとに美味しいの? なんだかごつごつしてるけど」

「『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』にはさつまいもってないの?」

「見たことないわ」


 僕の肩に立った霧雨キリサメが不審げにしげしげと、さつまいもを眺める。


「まるまる太ってくれたし、べにはるかって甘い品種だから、きっと美味しいと思うよ。まずは焼き芋にする予定だけど、お菓子も作るからね」

「お菓子……これが……?」


 どうも信じられないらしい。まあ確かに、知識ないとそうなのかも。


「ただいま、スイくん」


 そんなことを話していると、母さんが森から帰ってきた。その横で、落ち葉がいっぱいに詰まった背負い籠がふわふわ浮いている。


「みんながいっぱい集めてくれたわ」


 籠を宙に持ち上げているのは妖精たち——霧雨キリサメを除いた四人。


「ふふーん、頑張ったんだ!」

「昔から落ち葉ではよく遊んでたの」

「虫さんいて、怖かった……」

「湿ったものは避けたから、時間がかかってしまったよ」


「ありがとう。……重くないの?」


 自分よりも遥かに大きな体積の物体を浮かせて飛ぶの、どう考えてもなんらかの魔術を使ってるんだろうけども。それにしたって不思議な光景だ。


「こんなの軽いよ! あと三つくらい重ねても余裕だね」


 代表してドヤ顔をする夜焚ヨダキだが、時々がくんと籠の高度が下がるんだよね……。


 危なっかしいので受け取る。ぎゅうぎゅうに詰まっていて、それなりの手応えがあった。というか手放した瞬間、あからさまにほっとした顔してたぞ。やっぱり強がってたんでは?


「スイくん、こんな感じでいいのかな。ちょっと見てくれるかい?」


 苦笑していると、今度は四季シキさんが新聞紙に包まれた芋を持ってやってくる。シキさんも一緒だ。ふたりとも、どこか楽しそうだ。


「中はちゃんと濡らしました? だったらOKですよ。厚さも丁度よさそうだし」

「これ、わたしたちがいた世界の文字なのよね? 読めるのは『修正リペイント』が効いてるからなのか、それともわたしたちが生まれた場所の言葉だからなのか。……まあ、読めても内容はよくわかんないわ」


 新聞紙に書かれた文字をしげしげと眺めながら首を傾げるシキさん。


「燃やしても大丈夫なのかい? 前にいた世界の物資は貴重なんじゃないの?」

「大丈夫です。倉庫の隅にかなり積まれてあったんですよ。使わない分は母屋の戸棚に移したから『食糧庫ストック』が効くし。それに……」


 新聞紙の束は、種芋なんかと同じく、他のものに紛れてしばらく発見できていなかったもののひとつだ。


 正直、懐かしさがある。そこに印刷された記事、株価、それに広告や四コママンガ——欄外にある具体的な日付と相まって、どれもが日本での生活を否応なしに思い出させるからだ。


 とはいえ今の僕には、焼き芋を包んだり窓ガラスを拭いたり、そういった用途にできる便利な紙でしかない。……もちろん、シキさんたちにとっても同じ。


「これを読み返して懐かしむより、焼き芋を包んだ方が楽しいですから。……よし、準備もできたし材料も揃ったなら、始めましょう」


 庭の隅に、新聞紙で包んださつまいもを並べる。

 そこに薄く土を被せる。グランドオーブンの要領だ。

 そして上に枯れ葉を積み上げる。

 長く燃えるよう、木端なども適度に混ぜておく。


 最後に、母さんに火をつけてもらい——焚き火が、始まる。


「わうっ! わんわんわん!」

「ショコラ、それは食べられない」


 時々、ぱちっと舞い上がりふわふわ踊る火の粉を追いかけてショコラがはしゃぐ。カレンが叱るのもまるで聞いちゃいない。ああ、煤が毛に着いちゃってるな……これは今晩、シャンプーかな。


「わうっ!? ぐるるるる……」

「おっどうした? 僕はなにも言ってないぞ」


「ふわー、あったかい」


 ミントは焚き火の前にしゃがみ込み、こてりと首を傾げながら興味深そうに手をかざしている。


「ミントは、火、怖くないの?」

「だいじょうぶだよ? おかさんのより、あつくないし」


 頭に乗っておっかなびっくりしている花筏ハナイカダをよそに、今にも火の中に手を突っ込みそうだ。僕の結界で火傷はしないだろうけどさすがにそれはダメだからね?


「楽しいわねえ、ただ火を燃やしているだけなのに」


 母さんがしみじみとつぶやいた。


「同感ね。……なんだか不思議な気分だわ」

「うん、懐かしい、というのとも違う。わくわくして、少し切なさがある」


 横にいた四季シキさんとシキさんが、母さんに追従する。


「……そっか、火の暖かさと枯れ葉が燃えていく儚さが、折り重なっているのね」


 シキさんの洩らした感慨に、僕らはしばし炎の揺らめきに見入られる。

 そして——、


「かれん、おいも、どのくらいでやけるかな?」

「ん……けっこう時間がかかるって言ってた。ミントはお芋、楽しみ?」

「うー、たのしみ!」


 花より団子って言葉を体現するようなミントのつぶやきに、続いて笑みが浮かぶ。


「しょこらは? おいも、たのしみ?」

「わう……?」

「大丈夫だぞ、お前も焼き芋は食べられるからな」

「わうっ! わんわん!」


 僕の返答に現金な反応を見せ、ミントとはしゃぎ始めるショコラ。

 ショコラとじゃれ合って庭に寝転び、大の字になりながらミントはつぶやいた。


「……おそら。ひろくて、きれい」


 秋晴れの雲ひとつない青、風のない空気に、落ち葉の焼けるにおいが混じる。

 まっすぐ天へ溶けていく焚き火の煙に、穏やかな時間の流れが混じっていく。





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 第六章の開幕です!

 本章はシデラの面々にスポットを当てていく予定です(スイたちはまだ森で焚き火してますが)。

 引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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