開墾くらいはチートでいいよね

 夕ご飯を食べたあと、部屋の配置換えをした。


 今までは寝室に僕(とショコラ)、夫婦の部屋に母さん、そして客間にカレンが寝ていたのだが、彼女がいつまでも客間を使い続けるのはどうにもすっきりしなかったからだ。


 そこで僕の使っていた寝室をカレンに譲りつつ、僕は父さんの書斎を使うことにした。


 書斎は本棚やなんかがあってやや手狭だったが、そもそもあの寝室がなにもなさすぎたのだ。こっちは家具でみっちりな分、日本にいた頃の部屋とさして変わりない感覚で、むしろ落ち着くくらいだった。


 模様替えしてスペースを作り、シデラの街で仕入れた組み立て式のベッドを書斎に運び込み、布団を敷いて作業は終了。異世界産の組み立てベッドはけっこうよくできていて、地球にあったアルミ製の量産品と形状がよく似ている。ベースは木製なのだが関節部などを薄い鉄で補強し、耐久性を高めているらしい。


 それでも本来は長く使うようなものではなく、数年で買い替える消耗品という扱いなのだそうだが、どっこい僕には闇属性の魔術がある。『不滅』の特性付与をすれば壊れることがなくなるので、重い荷物になるのを覚悟で思いきって持ち帰ったのであった。


 ……というか帰ってきて初めて気付いたんだけど、この家そのもの——外装や建材のみならず家具や家電に至るまでのすべてに対し、僕は無意識に『不滅』の特性を付与してるっぽいんだよね。家の老朽化とか、冷蔵庫や洗濯機の故障とか、そういうトラブルはこの先おそらくないと思う。


 こんなんありかよと我ながら思うが、まあ人里離れた森の中、環境がハードモードなんだしこのくらいのチートは許してもらおう。


 で、チートといえば、明けた次の日。

 僕らはそれを十全に発揮した作業を行うこととなった。



※※※



『これからやるべきことリスト』を作成し、優先順位順にソートしてみたが、まず最初に手をつけるべきはポチのための快適な居住環境であろう。

 

 甲亜竜タラスクのポチはショコラと違い、家の中には入れない。なにより草食動物であるので食べるものが僕らとはまったく違う。


 屋根もない庭で寝させるのは——昨夜はショコラがついていてくれたが——申し訳ないし、昨日みたいに森の中を連れ回して草を食べてもらうのもそのうち限界が来るだろう。


「つまりは牧場を作ります!」


「ん」

「そうね」

「わおーん!」

「きゅる?」


 家の裏手。

 昨日、母さんがある程度の開拓をしてくれて、今は切り株だらけの広場になっているのだが——そこに、一家が集まっていた。

 

「最終目標としては今の十倍くらいの広さを確保したいんだ」


 感覚としては、サッカーのグラウンド程度か。


「その全面を牧草地にして、四分割。区画ごとに季節をずらしながら牧草を育てていこうと思う。そうすることでポチのご飯が継続的に確保できると思う」


「ん」

「いいわね!」

「わうっ!」

「きゅるる!」


 牧草の種はシデラから山ほど持ち帰っている。一年を通して生育可能で、冬でも枯れることのない品種だそうだ。


「とはいえ一気に全区画を伐採しちゃうと大量の木をどうするんだって話になるので、何回かに分けてやっていきます。僕が木を伐採、根切りしていくから、母さんは地面を掘り返して全体をならしてくれる?」


「わかったわ。頑張っちゃうから」


 そう言って掲げた腕に巨大な氷の爪を纏う母さん。あれがくわ代わりらしい。爪の形状はショベルカーみたいだけど。


「ショコラは僕が倒した木の枝を切ってね。がぶっとやってざくっといっちゃえ」


「わおんっ!!」


 元気よく吠えるショコラ。前にもやってくれた作業だから信頼できる。枝から変な虫が出てきても口に入れちゃいけませんよ。


「カレンは木材の乾燥をお願い。ポチの家に使う分はできるだけ完璧にやって欲しいけど、残りはすぐ使うものじゃないから軽くでいいからね」


「ん、了解」


 頷いたカレンの周囲に、ふわりと風がざわめく。僕の名前と同じ色の——みどり色の瞳がきらりと光った気がした。


「ポチは僕が倒した木やショコラが切り落とした木っ端とかを運んでもらおうか」


「きゅるるるん!」


 荷台に繋がったハーネスを装着したポチも楽しげに喉を震わせる。それにしてもこの子の鳴き声かわいいな。たぶん怒ったらもう少し野太い声で吠えたりするんだろうけど、怒るような出来事がないからな……。


「じゃあ、作業をはじめます!」


 僕は胸の前でぱーんと手を叩いて気合を入れる。

 日本なら重機を使ってのたいへんな作業だけど、この世界には魔導があり、僕らには豊富な魔力と強力な魔術がある。生活を便利にするためなんだから、大いに活用させてもらおう。



※※※



「おりゃっ!」


 魔剣リディルを振るえば豆腐みたいに樹の幹は両断される。倒れる方向にだけは気を遣いつつ、切り株も同様にざくざく刺しては根切りする。


「どんどんいくわよお」


 母さんが氷のショベルをすいすいと操作し、切り株を掘り返す。門の前で解体場を作った時は抜根穴を埋めなきゃならなかったけど、今回は穴ごと地面を攪拌して均す作業だ。予定地すべてを牧草が植えられるような、ふんわりした土にしていく。


 途中で出てきた大きな石などはもちろん選り分けて荷車へ。これらも後で使えることがあるかもしれないので、一応、庭の片隅に積んでおく。


「わうっ!」


 ショコラが首をくいくいと動かすたび、倒木の枝がばさばさと落ちていく。口の周りがわずかに発光しているのが最近、僕にもわかるようになってきた。魔力の刃を纏わせているのだ——父さんのプレゼントしたネックレスが触媒になっているお陰か、前よりも勢いと切れ味があるように思えた。


「こら、虫を口に入れちゃいけませんってば! ……もしかして美味しいの? それ」

「わう?」


 なんか芋虫みたいなやつなんだけど、毒じゃないならまあいいか……?


「ん、じゃあこれ持っていくから。さ、ポチがんばって」

「きゅるるぅ!」


 カレンが木と枝をまとめてひょいっと持ち上げ、荷車に放り込む。ポチの肩をぽんぽんと叩くと、一緒に庭へ向かっていく。


 ——たぶんはたから見たら、めちゃくちゃ異様な光景だろう。


 さくさく木を切り倒していく僕、地面をほいほい掘り返していく母さん、ざんざん枝を噛み切っていくショコラ、自分の背丈より高い木々をぽいぽい荷車に放り込むカレン、そしてそれを運んでいくポチ。


 身体強化をフルに使い高速に強力に、そして疲れ知らずに働くハタノ一家たち。そんな僕らに、あれよあれよと切り拓かれていく『うろの森』。

 身体はまったくつらくなく負担もないので、作業を進めながらこの先のことを考える。


 四分の一くらいを整地できたら、次からはそこを資材置き場にしよう。でもって次の四分の一は、さっそく牧草の種蒔きだ。上手くいけばふた月くらいで充分に繁茂してくれるらしい。種蒔きの時期をずらしつつ、余剰分を干し草なんかにもして、ポチが好きなだけ食べられるように早くなって欲しいな。


 切り倒した木々で、厩舎も建ててやらなきゃならない。父さんが書斎に用意してくれた本がめちゃくちゃ役立ってくれそうだ。昨夜ざっと漁ってみたけど、建築の入門書には簡単な小屋の構造なんかが載ってあったし、木材のどの部分をどう加工してどんな材木にするのかとかも詳しく書いてあった。ありがとう父さん、こういう気遣いはさすが異世界転移経験者なだけある。これに免じて調理器具に関しては目をつむるよ?


 厩舎、どんな感じにしようかな。

 なんとなくイメージはあるにせよ、ちゃんと設計図を引かないとえらいことになりそうだ。もちろんそんな凝ったものを建てられるわけはないから、出入り口の大きくなった丸太小屋、みたいな感じにはなっちゃうけど。


「ねえ、スイくん」


 思案しながら根っこを崩していると、背後から母さんが問うてきた。


「ん、なに?」

「むかし……ネルテップにこの家があった頃、覚えてる? 家の周りのこととか」

「ぼんやりと。確か、なにもない原っぱだったよね」

「そうよ。あの時はね、街が近くにあったから不便はしてなかったし、もちろん楽しく過ごしてたけど……今のこの暮らしも、お母さん、楽しいって思うわ」


 身体を動かしてわずかに上がった体温に、母さんの纏った冷気が心地いい。

 僕は母さんへ応える。


「この家って元々、日本じゃ山の中にあったんだ。あのなにもない田舎がきっと、父さんの生まれ育った場所だったんだろうな。だからさ、たぶん。母さんと出会う前の父さんも……山の中で、こんなふうに木を切ったりしてたんじゃないかな」


 チートがない中じゃ、規模は全然違うけれど。

 でも、僕のその言葉に、母さんは嬉しげに笑う。


「そっか。じゃあ、楽しいのも当たり前ね」

「だね」

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