それでもやっぱり日は暮れる
ロングソードは護身用に携帯しておくことにした。
ドラゴン襲来事件で不安だったのもあるが、想像していた以上に軽く、持ち運びが苦にならなかったからである。こんな分厚い刀身で鞘も大仰なのにまるで羽でも持っているみたいで、やっぱり異世界産なのかなあなどと考えてしまう。異世界に不思議パワーがあるかどうかはまだ定かではないけども。
ドラゴンがいたなら魔法もあるはずだと思考停止してはいけない。さっきはそれで
とはいえ気が付けば陽は傾き、空は赤くなりつつある。
午前中に自宅を出発して、この家に来たのは昼前くらいだったはずだけど……体感、随分と早い日の入りだ。いろいろ起きすぎてあっという間に時間が過ぎたのか。それとも、あの沈みゆく太陽は地球で見ていた太陽とは別の天体なのだろうか。
反対側の空には、まったく見たことのない衛星——輪っかのある月がのぼりつつあった。なんだよあれ……。
すごく気になるが、電気がない以上、明かりもない。
なので陽が沈みきる前にご飯を食べておこう。
異世界転移してもお腹は減る。ひとまず今日のところは、持ってきていたお弁当で
居間に戻り、ショコラのためにドッグフードを開けつつ——犬用の食器もちゃんとキッチンの収納棚にあった——僕の分はリュックから取り出す。
弁当箱の中身はありあわせの冷凍食品だ。しそ巻きチキン、ほうれん草、シュウマイ、卵焼き、きんぴら。父さんが死んで以降、気力がなくてろくに料理していなかったなとぼんやり思う。
父子家庭で育ったからご飯を作るのは僕の役目だった。レパートリーと腕にはかなり自信あり。本来なら冷凍食品でなくてもこの程度のメニューは自分でこしらえられる。
「材料があれば、の話だけどね」
しそもチキンも小麦粉も、卵も
もちろん料理には材料だけではなく味付けが必要だ。つまりは調味料と
あるものだって、使えば使うほど目減りしていく。特に塩などは生きていく限り、絶対に消費し続けるものだ。
山の中を探せば岩塩とか見付かるのだろうか。大豆っぽいものを発見できれば醤油や味噌も作れるか? そういや二階の書斎に『発酵食品のすすめ』なんてのがあったな……。
まあ、なるようにしかならないか。
当面の目標は、畑を耕して野菜の栽培を成功させること。
ドラゴンを退けた結界の強さと再現性も検証すること。
そして、森の周囲を探索して食べられるものを探すこと。
そのあとはどうにか森から出て、人里を発見できれば道は拓ける。
言葉が通じるかわからないとか、首刈り蛮族みたいなのと出くわしたらどうしようとか、ひょっとしたら人間など存在しないエクストラサベッジモードの異世界転移かもしれないとか、そういう不安になるような想像はしないでおこう。
食べ終わって、空っぽになった弁当箱を洗い、キッチンの籠に入れておく。サバイバルだとこういう容器もすごく役に立ったりするんだよな。
そうこうしているうちに居間がどんどん薄暗くなっていく。太陽が本格的に沈み始めたのだ。カーテンを閉めるともうほぼ夜と言っていい。手探りで歩かないといけなくなる前に、二階へのぼって寝室に入った。
「さすがにパジャマはないんだよなあ」
ウインドブレーカーは脱いで床に投げておく(ハンガーが見当たらなかった)。あとは——そもそもハイキングするくらいのつもりで来たから、服装はコンフォートフィットのシャツとトレッキングパンツ。ジャージとさして変わりないし、このまま寝ても問題なかろう。ハイキングがキャンプに変わっただけと思えば、まあ。
「よし、寝るか」
「わん!」
布団に入ると、ショコラがベッドにぴょんと飛び乗ってきた。
「こら、お前は床に……いや」
「ばう!」
「そうだな。一緒に寝ようか、今日は」
横になりながらベッドの隅に避け、スペースを開ける。
そこに丸まったショコラに腕を回す。
「ありがとうな」
「わう?」
「お前がいてくれて、よかった」
だって。
明かりもない異世界の夜なのに、こんなに暖かくて安心できる。
「おやすみ、ショコラ」
「くーん」
目を閉じる。
疲れていたのか、ショコラがいてくれたからなのか。
すぐに意識を落とした僕は、夢を見ることすらなく深く眠った。
※※※
そして、一夜明けて。
窓のカーテンから覗く陽光に頬を照らされ、目を覚まして。
陽が落ちてから明けるまでだから、たっぷり十二時間近くも寝ていたであろうことに驚愕しつつ、時の流れとかどうなってんのかなと頭の片隅で考えつつ。ショコラとともに階下へ降り、蛇口から水が出てくることに感謝しながら顔を洗い。缶詰とドッグフードを開けて朝食を摂ってから、さてではまずは外の様子でも見に行くかと、剣を携え玄関を開けて。
「ん……?」
僕はその異変に、気付いた。
玄関からまっすぐ先、門の向こう。
昨日までそこに鎮座し、これどうやって片付ければいいんだと頭を抱え、ひとまずは見てみぬふりをしていたもの——ドラゴンの死体が。
門の前から綺麗さっぱり消えていたのである。
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