ずっと一緒にいるよと笑う

 さて、まき作りである。

 が——、


「僕、軽く人間やめてる気がする……」


 自分の背丈の何倍も高い樹をたったひとりで引きずって帰り、更には野菜の下処理みたいにその樹を輪切りにする僕がそこにいた。しかも、向こうの世界の重機と同じくらいのスピードで。


 正直自分でもどうかと思う。だけど重くは感じるが普通に運べるし、疲れないし、剣はドン引きするほどよく斬れるし、もう仕方ないじゃないか。


 輪切りにし終えたら、それを今度は縦にして四等分。あとは太さを見つつ、ボイラーの燃焼室に詰められるくらいの大きさにしていく。


 枝も捨てない。アウトドアコンロ用に使える。葉っぱもバケツに入れる。焚き付けの他に、腐葉土とか作れるかもしれない。


 できあがった薪は庭の脇、日当たりのよさそうなところへ積んでおく。裏庭の薪置き場は乾燥が遅い気がしたので。雨が降らないといいな。空は雲ひとつなくて、しばらくは大丈夫な気がするけど。


 そうこうしているうちに、狩りへ行っていたカレンとショコラが帰ってくる。


 今日の獲物は鳥だった。トゥリヘンドじゃなくて鳥。ただし、でかい。身体だけで人間と同じくらいの大きさをしている。しかもそれを僕よりも背の低い女の子が担いで帰ってきたのでちょっとびっくりした。


 カレンはカレンで「もう終わったの」とびっくりしていたけど。


 解体がかなり大変だった。吊り下げる必要があったので、家の外——生えている木の枝を利用したり、見たことない量の血がどばどば出てきたり、水のために何度も井戸を往復したり。ただそのお陰で、今後の課題が見えてきた。獲物をさばくためにハンガーや解体台が欲しいとか、そもそもちゃんとした刃物がひと揃えあった方が便利とか。日曜大工(曜日感覚はもはやない)でどうにかなるだろうか。釘がないんだよなあ。


 ともあれそんなこんなで、あっという間に一日は終わる。


 薪を作って、獲物を捌いて、それを料理して食べて——でかい鳥はかなり美味しかった。ただトゥリヘンドよりも鳥っぽくなく、牛にちょっと近かったのが解せない——とまあ、なかなか充実していたと思う。


「作業台を作りたいな。でも釘とか倉庫になかったし……なんかこう、組み木? とかでいけないもんかな」

「無理なら、脚がなくても平気。あまり大きいのは無理だけど」

「じゃあひとまずはそれでいこう。庭の外に設置した方がいいかもね。血で汚れるし」

「塀の外の樹を切って広場を作る?」

「結界は大丈夫かな」

「スイがそこを家の一部だと思えれば大丈夫。思うことが大事」


 ソファーに座ってくつろぎながらそんな話をする。生活は始まったばかりだけど、その日しのぎかんが強かった初日や二日めに比べると雲泥の差だ。



 ※※※



 そうしているうちにとっぷりと日は暮れ、あとは寝るだけとなる。


「ショコラも毎日、狩りをありがとうな」

「わう」


 ソファーの隣に丸くなっている愛犬を撫でる。


「いっぱい働かせてごめんな。おじいちゃんなのにな」


 それは、何気なく発したものだった。

 もう本当はよぼよぼの老犬なはずなのに、頑張ってくれているショコラをねぎらうつもりの科白だった。


「なに言ってるの?」


 だからカレンの、きょとんとした声が返ってきて、僕はぽかんとする。


「なに、って。ショコラのことだよ。僕らが子供の頃から一緒だから、もうおじいちゃんだ」


 もしかして犬の寿命を知らないのかな、と思った僕だけど。

 続いたカレンの言葉に、むしろ僕が仰天することになった。


「もしかしてスイ、ショコラのことを犬だと思ってる?」

「はい?」

「ショコラはクー・シー。犬……ではあるけど、普通の犬じゃない」

「……はい??」


 ショコラを撫でる手が止まる。顔を下げて視線を遣る。


「わう?」


 なんで撫でるのやめたの、と首を傾けてこっちを見るショコラ。


「くーしー、ってなに? そういえば昨日、そんなことを言ってたような」

妖精犬クー・シーは、犬じゃない。厳密には犬の魔物」

「魔物? いや、こいつはシベリアンハスキーとなんかの雑種で……」

「それはおじさまから聞いたの?」

「うん。父さんが……いや、もしかしてそれ、嘘?」


 カレンはこくりと頷いた。


「ん。きっと向こうの常識に合わせただけ」

「なんてこった……お前、雑種じゃなかったのか」

「わう」


 衝撃だった。

 ワイバーンが現れた時よりもギリくまさんの姿を見た時よりも、なんならカレンにキスされた時よりも。ごめんカレン本当にごめん。


 そんな僕の申し訳なさに気付かず、カレンは解説を続けてくれる。


「クー・シーはとても珍しい魔物。『神威しんい煮凝にこごり』のひとつ……ヘルヘイム渓谷に棲息する。すごく強くて、変異種も仕留めることがある。獣人領では守り神として崇められるほど」

「まじかよ思っていた以上にすごい」


 こんなもふもふしているのに。

 今は腹を向けてあられもない姿でだらけているのに。


「おじさまとヴィオレさまが旅していた頃に拾ってきたって聞いた。私よりもスイよりも、少しお兄さん」

「それで、その。クー・シーなんだけど……こいつ、おじいちゃんじゃないの?」


 寿命、という単語を怖くて使えない僕を安心させるように。

 カレンは、微笑んで答えた。


「違う。クー・シーは最低でも百年くらいは生きる。だから人間に換算しても、私たちと同じくらい。まだまだこれから」



 ※※※



 なんだあ、よかった、と。


 僕はショコラのことを無駄に気遣っていたね。そんな空気になって、話はお開きになった。夜も更けてきて、カレンとおやすみの挨拶をして、僕は二階の寝室へ行く。


 ちなみにカレンには客間を使ってもらっている。客間はあまりよく調べていなかったのだが、押し入れに布団が三組ばかりあって、むしろ布団が懐かしいからとカレンは客間を使いたがった。というか、寝室のベッドに使う替えのシーツとかもちゃんとそっちにあった。そもそも寝入ったカレンを二階まで運ばなくてもよかったというオチである。


「初日にちゃんと調べとけば、ソファーで寝ることもなかったよね、っと」


 ひとりごちながらベッドへ横になる。


 電気を消して、深く息を吸い、吐いて、しばし思考を放棄してただぼんやりとして——。


「わう!」


 廊下から鳴き声が聞こえてきた。

 直後、ガシャ、とドアノブが下がる音。ショコラが扉を開けて中に入ってくる。


「お前、ついにドアの開け方を覚えちゃったな……」


 かしこい。向こうではそんなことしなかったのに。身体能力が上がったおかげだろうか?


「どうした?」


 迎え入れてドアを閉めると、ショコラはベッドに飛び乗ってくる。


「なんだ、一緒に寝たいのか?」

「くーん」


 仕方ないなあ、と、横に腰掛けた。

 ショコラの背中を撫でながら、語りかける。


「お前、雑種じゃなかったんだなあ」

「あおんっ」


 ただ似てるだけで、シベリアンハスキーの血も入っていなかった。この十三年間、ベースの犬種すら勘違いしていたって訳だ。


「クー・シーてなんだよ。妖精犬って。……ショコラなんて可愛い名前つけたの、間違いだったか?」

「ばうっ!」


「そっか、そうだよな。ショコラはいい名前だ」

「わう!」


 たぶん父さんがつけたんだろう。

 ショコラ。ショコラ——。

 名前を心の内で反芻はんすうしながら、撫でる。


「ごめんな、まだまだ若いのに、おじいちゃん扱いなんてして」

「わう?」


「お前は元気だったからよかったけど、いつぼけちゃわないかひやひやしてたんだぞ。そろそろおしめとか買わなきゃいけないのかって思ってたんだ」

「わうわう!」

「そうだな、失礼な話だ。ごめんな」


 背中を、頭を、毛並みにそって何度も。

 何度も、何度も。


「……百年くらいは生きる、か」


 それも、体内の魔力量によって更に何十年かは伸びたりするそうだ。

 ショコラだけではなくカレンや、僕も。


 少なくとも、


「僕を残して、いなくなったりしないんだな」



 ——覚悟しようと、ずっと努力してきた。



 どんなに頑張ってくれてもショコラの寿命は僕よりも先に尽きるから、って。仕方ないことなんだ、って。受け入れなくちゃいけない、って。


 だけど。

 子供の頃からずっと隣にいて。

 つらい時も悲しい時も寄り添ってくれて。


 僕と父さんが向こう日本に飛んでしまった時も、ショコラは一緒だった。世界をまたいでついてきてくれた。こっち異世界からあっち日本に転移した時のことはまだ思い出せなくて、きっとショコラだけがあっちに行けたのはたまたまではあったんだろうけど、それでも。


 すぐに僕の機微を読み取ってくれる。身内以外には絶対になつかない。聞き分けがよくて、でもお風呂は嫌い。散歩が大好きで一時間も二時間も平気。なんにでも興味を示してすぐにおいをごうとする。耳の裏を撫でるとちょっと抵抗して、首の下を撫でると力が抜ける。


 なんでも知っている。家族だから。

 僕の家族だから。



 ——覚悟なんて、受け入れるなんて。

 できるわけがないだろう。



「これからもずっと、ずっと一緒にいられるんだな。ショコラ」

「くーん」


 俯いて、抱き締めた。

 顔を埋め、声にならない声で、もう我慢ができなくて。


「う……うう、っ。よかった。よがっだあああ」


 僕は子供みたいに泣きじゃくりながら、ショコラの背中を濡らす。


「ありがとう……ありがとうな。大好きだよ。死ぬまで一緒だ」






「わう!」

 ——うん。ずっといっしょにいるよ。

 ぼくは、スイのおにいちゃんだもの。

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