そこに涙が、ひとしずく
お城の玄関からまっすぐ進むと広間があって、奥に玉座がふたつ並んでいた。
うち、ひとつ——向かって右側に座る人影が、僕らの来訪と同時に立ち上がる。
「
妖精王、
『
不思議なことに同音にもかかわらず、僕らの耳は聞いただけで二人の名を区別できた。
妖精女王たる
姿は歳の頃十一、二歳の女の子。
だがなによりも——すらりとしたシルエットのドレスに、僕は目を見開く。
そのデザイン。
女王さまめいた華やかで豪華な装飾が施されてあるけど、これは——。
「まさか……」
「ようこそ。来てくれてありがとう」
僕の
「わたしの
だがその挨拶もまた、口上の途中で不意に止まる。
「……
「あ、……」
「わふっ?」
「いぬ……わんちゃん、わんちゃんだわ!」
ショコラにロックオンされていた。
「ああ、わんちゃん! なんて愛らしい。またこの目で見ることができるなんて!」
そして目前で座り込み、唇を震わせ、
「ああ……ねえ、撫でさせてくれないかしら」
こっちを見上げながら懇願する。
その顔、その声音、そしてその目尻に浮かぶものに気付き、僕は、
「ショコラ。……いいか?」
こいつは家族以外には懐かず、撫でさせることをよしとしない。
そのポリシーを曲げてもらえないか、ショコラへ尋ねる。
「このひとは、城から出ることができないそうなんだ。だから」
「わうっ!」
ショコラは「わかったよ」とばかりにひと吠えすると、
「……ああ、あったかい、やわらかいわ。ありがとうね、わんちゃん……ありがとう」
ぽろり。
目尻から溢れた涙が、ひと雫、こぼれ落ちる。
それは——からん、と音を立てて、床へ転がった。
限りなく透明な涙滴型の、宝石となって。
※※※
やがて、ひとしきりショコラを撫で終わった
「……ごめんなさい、いきなり変なところを見せちゃって。わたしの名は、
プリーツの入ったストレートスカートの端をつまみ、一礼するその姿は気品があった。容姿は幼くとも、立派な女王だ。
伴侶たる
「あっちに歓迎の用意をしてある。自己紹介なんかはそこでやろう。……もっとも、きみたちにとっては物足りないかもしれないけどね」
だが
「……すごい」
確かに、肉や魚などの動物に由来するものはない。
その代わりお皿に盛られているのは、ありとあらゆる果物、野菜だった。
トマト、キャベツ、ブロッコリー。レタス、セロリ、人参、パプリカ、——。
とうもろこしや芋、ナッツ類などの主食になるものもあって、ちゃんと火が通されている。焼きたてのバゲットも籠にたくさんだ。木のコップに注がれているのは、蜂蜜と果汁のジュース。それにこの香りは、
「わあ……!」
「きゅるるるっ!」
ミントが満面の笑みを浮かべ、ポチも嬉しそうに
僕らにとってもこれは、望外の歓待である。
「ありがたい。森の中だとこういうのはなかなか手に入らないからさ」
「ね、スイ。半分くらい、私の見たことない果物がある」
「季節なんて関係ない、って感じね。……すごいわ」
「用意してくれたのは我が子らだよ。みんな、挨拶しなさい」
「えへへ、お城の裏でね、いろんな果物を育ててるの」
と、カレンの肩に止まった
「あなたはどれが好き? やっぱりジュースかな?」
ミントの頭の上で問いかけるのは、
「クー・シーにも食べられるはずだから、期待しててよ」
ショコラの背に乗ってにこにこする
「ふふん、その辺の牧草とは違うってこと教えてあげるわ」
ポチの角に花輪をかけながら、鼻を高くする
「
そしてお酒に反応した母さんに
僕は彼らを横目に、
「ありがとうございます、こんな豪勢なものを。みんな、喜んでる」
ふたりは穏やかに笑みながら、それに応える。
「食べても戻れなくなる、なんてことは誓ってないから、安心してくれていいよ」
「お肉やお魚がないけど、我慢してね。わたしたちは意思あるものには干渉できないから、どうしてもこうなっちゃうの」
ふたりに
そうして——歓待の宴が、にぎやかに始まった。
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