そこに広がる風景に
ラミアたちに先導されながら山を登る。
登山道はじぐざぐに曲がりながら斜面を回り込むようなルートを辿っており、どうやらジ・リズの里は山の裏側——僕らの来た方角から見て、だけど——にあるようだ。
「ポチはすごいな、こんな大荷物を引きながら登れるなんて」
「きゅるるっ!」
まったく疲れる様子もなく難なく登山道を進む
随伴してくれているラミアさんのひとりが言った。
「タラスク、たのしいっていってる」
「わかるんですか?」
「ああ。かんじょう、つたわってくる」
鳴き声の周波数が感情によって違うとか、そういうのだろうか。
「楽しいなら良かった。つらい思いはさせたくないですから」
「そうか、けものにもやさしいのだな……ジ・リズさまが、ともにえらぶだけあるね」
「家族に幸せでいて欲しいのは誰でも同じだと思ってます。ジ・リズも、あなたたちを心配してすっ飛んできてくれたでしょう?」
僕が
「そうね……わたしたちも、うれしい」
ラミアさんは微笑んだ。
その笑みから伝わってくるあたたかな感情は、やっぱり僕ら人間とあまり変わらない。
ともあれ。
登山道を進むことおよそ二時間ほど。
山の斜面をぐるりと半回転し、僕らはジ・リズさんの住処、ドラゴンの里へと到着したのだった。
※※※
「すっげえ……」
最初の感想は、驚嘆、である。
里は、山の中腹を大きく切り拓く形で作られていた。
まず目に付くのは段々畑。階段状に整地して作られたそこに、おそらくは小麦が植わっている。収穫時期が近付いているようで、麦穂はじわりと
それから牧草地。こちらは斜面をそのまま利用した、緑色に広がる草原だ。羊に山羊、牛たちがのんびりと草を食んでいるのが遠目にも見てとれた。
段々畑と牧草地の合間合間、ぽつぽつと点在する形で家が建っている。ラミアたちの住処のようだ。見る限りは簡易な木造建築。どんな暮らしをしているのだろう。
集落の最上段、最も高い位置の岩肌には、大きな洞穴が口を開けている。
あれが
それらの景色は雄大で、圧巻で、生活の営みが感じられて、じわりと胸が熱くなる。
そして僕が加えて感動したのは、集落のある斜面が見下ろす先、眼下に広がる——、
「海だ……」
どこまでも遠くまで続く水の青。
穏やかな水面の下に無限の
地形的には内湾であるはずだが、森そのものがとてつもなく広いためここからではそうとわからない。ただ青い海がどこまでも広がっている。
「スイくんは、海が好きなの?」
感慨にふける僕に母さんが問うてきた。
「好き……って取り立てて言えるほどじゃないけど、日本って島国で、海には馴染みが深かったんだ。海水浴や潮干狩りも盛んだったよ。父さんともよく行ってたな」
最後に海に行ったの、いつだっけな。
「……お父さんもこっちで海を見て、感動してたのを思い出したわ」
感極まったのか、後ろからぎゅっと抱き締めてくる。
「大喜びでお母さんにキスしてきてね。人が見てる前なのに」
「ん、じゃあスイも私にキスする?」
「しません。あと両親ののろけ話は居心地が悪くなる……」
ずいずい迫ってくるカレンを押し留めながら母さんに苦情を述べる。
いや両親の若い頃のエピソードは微笑ましいよ? 微笑ましいけどキスとか言われるとちょっと……。
「くぅーん」
「どうした、ショコラ」
足元でショコラが、なにかを訴えかけるようにこっちを見上げていた。
「もしかして遊びたいのか?」
「わうっ! わうわう!」
「おう、牧草地を使ってもいいぞ」
出迎えに来ていたジ・リズが頭上から声をかけてくる。
「だがその前に、儂の家族を紹介したい。少し我慢してもらえんか?」
「わおんっ!」
「ああ、すぐに来るからな」
と言うのとほぼ同時、洞穴の入り口に白銀色の光が
その竜はばさりと翼を広げ、ふわりと宙に浮くと、大きな弧を描きながらこちらへ向かって雄大に飛翔し、優雅に舞い降りてきた。ジ・リズを戦闘機とするなら、こちらは
ジ・リズは複雑な色味を持つ鱗だけど、こちらの身体は
僕らを見詰めてくる瞳は優しく、
なにより目に付くのは、背中と頭に
大きな白銀の竜が、わずかに頭を下げながら口を開いた。
「よくぞいらっしゃいました、人の子ら……などという言い方は
母さんが僕らを代表して前に出、かしこまった一礼をする。
「ありがとう、偉大なる竜殿、我らが友、ジ・リズの伴侶たるミネ・ア殿。今は魂となって
厳かな挨拶の後、ややあってふたりは——というより、その場にいたみんなは、雰囲気を柔らかくした。
「遠路はるばる、ようこそ。我ら一同、みなさんを歓迎しますよ」
「ご厄介になるわ。……ところで、うちの子たちが遊びたくてうずうずしているの。あちらの牧場の片隅をお借りしてもいいかしら?」
ショコラとポチに視線を向けながら、母さんが苦笑する。
ジ・リズの奥さん——ミネ・アさんも、目を細めて微笑ましげな気配を発した。
「まあまあ。それなら、そうね。ミネ・オルク。この子たちを案内してあげなさい。一緒に遊んできてもいいわよ」
「わ、わたし? うまく、できる……かな」
ミネ・アさんの頭に乗っかった、おっかなびっくりした態度の子ドラゴンが、羽をぱたぱたさせながら頭をきょろきょろする。
声音とか喋り方から察するに、女の子だろうか。
僕は一歩前に出て、子ドラゴンに笑いかけた。
「僕はスイっていうんだ、よろしく。ミネ・オルクちゃんって呼んでも?」
「ひゃ、ひゃいっ……!」
「……うちのショコラとポチをお願いできるかな」
「わわっ! わかりましたあ」
「ショコラとポチも、この子の言うことをよく聞いて遊ぶんだよ」
「わうっ、わうわう!」
「きゅるるるっ!」
ショコラがひと吠えしたあと、ミネ・オルクさんへ視線を向けてはっはっはっはっと待機する。ポチも顎を上げてつぶらな瞳をきらきらさせた。
「ショコラ、ポチ。よ、よろしくね! ……じゃあ、こっち来て!」
「……ねーちゃん、ちゃんとできるかなー。まあラミアたちも見守ってるから、大丈夫か」
もう一匹の子ドラゴン——ミネ・アさんの背中に乗っていた方が、連れ立って牧草地へ向かったミネ・オルクさんたちの後ろ姿を眺めながらつぶやく。
「そういうきみは、弟さんになるのかな。ジ・ネスくん、でいいんだっけ」
「うん! にーちゃんよろしくな。おれ、人間と会うの初めてだ!」
ジ・ネスくんはぱたぱたとこちらへ飛んできて、そのまま僕の頭にふわりと乗っかる。
「あはは! ふらふらする! にーちゃんしっかりしろよ!」
「はは、意外と重いね。二足歩行だから歩くともっと揺れると思うよ」
「いいよ、しっかり掴まっててやるから」
ジ・リズが呆れた顔になり、息子へ叱責の声をあげた。
「こらジ・ネス。客人に失礼だろ! ……すまんなスイ、こっちのはどうもやんちゃでいかん」
「いいよ、大丈夫。……僕らもさんざん、ジ・リズの背中に乗ってるんだし。息子さんを頭に乗せるのも楽しそうだ」
「ほら、にーちゃんもこう言ってることだし」
「あなたが言うんじゃありませんジ・ネス! すみませんねスイさん。遊んであげてくださる?」
ジ・リズはジ・ネスに呆れつつも、はしゃぐ様子に少し嬉しそうだ。
ミネ・アさんは僕にそう言いながら、牧草地でショコラと追いかけっこするミネ・オルクちゃんをさりげなく見守っている。
姿形は違うけどドラゴンも僕らと変わらない。
幸せな家族の姿がそこにあって、だから僕は嬉しくなる。
「母さん、車に積んでるお土産を任せてもいい?」
「ええ、大人同士の付き合いはお母さんがやっておくわ。だから……」
「ありがとう。……カレン、僕らもショコラたちのところへ行こうか」
「ん、ポチが追いかけっこに参加できなくて不満そう。私が相手をする」
母さんは停めておいた
僕らはそれを後目に、牧草地へと顔を向けた。
「じゃあ走るよ、ジ・ネスくん。……めちゃくちゃ揺れるけど、落ちないようにね」
「ひゃー、のぞむところだ!」
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