食べて、話して、思案して

 ワイン煮込みは大成功で、とにかく絶賛された。



「とろとろ。甘い。深い。濃厚。美味しい」


 カレンは断片的な単語を口にしながらひたすらフォークを運ぶ。


「本当、美味しいわ。ワインにワインだとなるかと思ったけど、合うわねえ」


 母さんはお酒を片手に舌鼓を打つ。


「わう! がふう」


 ショコラも喜んでいるが、こちらはさすがにワイン煮込みではなく、一緒に作ったスペアリブの素茹で。骨をがじがじと満足げにかじっている。


「味が複雑で、私には上手く表現できない……悔しい」

「ワインをベースにすると、香りと味に深みが出るんだよ。肉にキノコにミニトマトと、旨味成分もマシマシだからね。おまけに骨髄のエキスも出てる」

「付け合わせもいいわね。ソースに付けて食べてもいいし。そのままだと爽やかな香りがするわ」

「サマーオレンジの皮だよ。思い付きで入れたんだけど上手くハマってくれてよかった」


 ふたりのうっとりする顔を眺めながら、僕も肉を口に運ぶ。

 圧力鍋のおかげでスペアリブのコラーゲンが溶け、肉は柔らかくなり、ナイフで簡単に骨から離れてくれる。ワインの香りと酸味をたっぷり吸った肉汁は濃厚で、一緒に煮込んだミニトマトなんかも同時に口に入れるとなおいい。


「ソースにも旨味がたっぷり出てるから、グラッセだけじゃなくてパンも浸けて食べてみて」


 今夜はパンの日だ。シデラで買ってきた。日本で食べていたものよりも黒っぽくて舌触りが悪いが、そのぶん香りが強く、こういうのにはご飯よりも合う。ただ、調理設備がないからたまにしか食べられないんだよね。


 そろそろ石窯とか作るかなあ。ピザも焼きたいし。


「ああ、本当、パンを浸してもいいわねえ。ワイン煮込みって王都のレストランとかでも出てくるけど……スイくんの作ったものの方が遥かに美味しいわ」

「ん。たぶん宮廷でもこのレベルのやつは無理」

「褒めすぎなんじゃないかなあ……」


「全然」

「褒めすぎじゃない」


 瞬時に否定されてしまった。


 まあ、圧力鍋とかないかもしれないからなあ。肉も森の深奥部で獲れたやつだし、味を整えるときに醤油を使ってもいる。あとは顆粒かりゅうコンソメやミニトマト、キノコなんかで意識的に旨味を補強したりとか——そういう現代日本の知識による工夫は、こっちにはまだないものなのかもしれない。


「ワインも合うの? 私も少し欲しい」

「いいわよ。でもほんの少しにしなさい? カレンはお酒弱いんだから」


「むう……でもこの前、酔った時は甘えるチャンスってヴィオレさま言ってた」

「タイミングってものがあるのよ。それにあなた、さっきは私が教えた通りに押してみたんでしょう? あまり短期間にがつがつ行くものじゃないわ。一度ドキドキさせたらしばらく時間を空けるのよ」

「なるほど、勉強になる……」


 いや途中からひそひそしてたけど全部聞こえてるからね?


 そしてさっきのチークキスは母さんの差し金か。そういえばミントがうとうとしてた前後でカレンが席を外してたけど——二階に行ってたのか、もしかして。


 僕はふたりの内緒話に気付いていないふりをする。あるいは、わざと聞かれるように喋って僕に意識させる作戦かもしれない。カレンはともかく母さんは考えかねないと、僕の勘が警鐘けいしょうを鳴らしていた。


 ——いやほんと、嫌なわけじゃないし、嬉しいんだよ? 僕の覚悟がいまひとつ決まってないだけで。


 とはいえ母さんやカレンにちらちら意味ありげな視線を送られることもなく、そのまま和気藹々あいあいと食事は進む。そうして全員が肉をたいらげ、お皿に残っていたソースもグラッセとパンにより残らずぬぐい取られ、食後のお茶を注いだ頃。


「ところでスイくん、カレン。……ノアップのことだけど」


 母さんは、その話を切り出した。


「ノアくん? そういえば母さん、ギルドでなにか言いかけてたよね。会った時からあんなふうだったか、とかなんとか……」

「ええ。あの子の態度というか、言葉遣いがね、少し気になって」


 気になるって、なにがだろう。確かに彼、これまでの僕の知人にあまりいなかったタイプではある。キャラが濃くて、一度会ったら忘れられない系。


「スイくんは、出会った時から変わらないって言ってたわね。カレンはどう? あなた、あの子たちとどれくらいぶりだったっけ」

「ん、三年……くらい。どこかの街の冒険者ギルドでたまたま会った」

「その時もあんなふうだったの? パルケルじゃないわ、ノアップよ」


 問われ、カレンは考え込む。

 記憶を手繰るように視線を宙に移ろわせて——やがて、


「あ。そう言われれば確かに。調

「それは三年前からだったの?」

「たぶん……ううん、確かに三年前にはもう違ってた」

「どういうこと?」


 訳がわからず眉をひそめる僕に、母さんが応える。


「ノアップ……あの子は、五年前まで王宮にいたの。ただその時はね、暑苦しい性格なのは変わってないんだけど……あんな、のよ」


 説明されて、いわく。

 五年前のノアくんは、今とむしろ逆——自分が王族であることを嫌がっているような、血筋や地位をいとうているような、そんな態度だったようだ。


 もちろんそれは言葉遣いにも現れていたという。


「私に対しては昔と同じだったから気付かなかったんだけど、スイくんと話してるのを聞いた時にね、あれって思って」

「ん。昔は自分のこと『俺』って言ってたのは覚えてる」

「そうね。王族としての作法がまったくできてないってシャップスが困ってたくらいだもの」


 シャップスって誰? と思って尋いたら王さまだって。

 母さん……王さまを呼び捨てにしてるんだ……。


「カレンと会った三年前にはもうそうだったとしたら……喋り方とか態度を意識的に変えたのかしら、冒険者になった時に」

「……でもそれって、変だよね」


 僕は強い違和感を覚えた。


「だってさ、ノアくん……初めて会った時、自分のことは『冒険者として扱ってくれ』みたいなこと言ってたんだ。それなのに、一人称は『余』で、喋り方も仰々しいというか、偉い人みたいで。——普通、逆じゃない?」


 冒険者として見られたいなら、そんな喋り方をしなければいいのだ。

 まして王宮で『俺』なんて言葉遣いをしてたのなら、なおさら。


「母さんたちの言うことと照らし合わせると……王宮で王族として暮らしていた頃は、王族らしくない喋り方をしてた。でも城を出て冒険者になった途端、王族みたいな喋り方を始めたってことだよね。しかもそれでいて他人には、冒険者扱いされるのを求めてる」


 それは、まったく理屈に合わないのではないか。

 意思と行動が噛み合っていないのではないか——。


 僕の推察に、母さんはしばらくの間、無言で考え込んでいた。

 だけどやがて、おもむろに問うてくる。


「スイくんは、あの子のことどう思う? 今の話とは別に……ノアップと接してみて、話をしてみて、どう思った? 友達になれそう?」


 だから僕は心と記憶に思いを巡らせながら、答える。


「正直、過ごした時間が少ないから、まだ気が合うかどうかまではわからない。だけどいい人だっていうのは伝わってきた。口調も性格もあんなだけど……でも地位や立場を笠に着て、僕へなにかを強要しようとはしなかった。僕の意思も聞かず勝手になにかを進めるとか、そういうのもなかった。言葉を選ばずに言うと……暑苦しいけど我儘わがままじゃなくて、偉そうだけど気遣いをしてる」


 うん、だから——。


「友達になりたい、って思うよ」


「……そう」


 母さんはどこか安心したように息を吐き、それから嬉しそうに僕を見る。


「だったら、スイくん。あの子と仲良くしてあげてくれる? もし付き合ってみて、気が合わなかったのならそれでいいわ。ただ……あの子の両親は、お母さんにとってはお友達なの。だからちょっとだけ心配で。もしスイくんがあの子のことを見てくれるなら、嬉しいなって」

「わかった。歳の近い男子は今の僕には貴重だしね。できるだけ、彼のことを知ろうとしてみるよ」

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