ミントが街にやってきた

 焚き火と焼き芋で妖精さんたちとわいわいやってから、二日後。

 僕らはシデラへとおもむいていた。


 目的は、ノビィウームさんに頼んでいた品の受け取りだ。


『妖精のしずく』——便宜上べんぎじょうそう呼んでいる、シキさんのこぼした涙が変じた宝石。

 あれをアクセサリーへと加工する作業が、終わったと連絡が来たのだ。


『頼む 早く 取りに来い』とは、通信水晶クリスタルに浮かんだ文字列。あまりにも大きな力を持っていることがノビィウームさんにも伝わったみたいで、手元に置いておきたくないのだろう。


 ともあれ。

 ジ・リズの背に乗り、森を翔け、僕らは広場に降り立った。

 出迎えてくれたのはセーラリンデおばあさま。


 そして背中からまっさきに飛び降りておばあさまに抱きついたのは、


「ばあばー!」

「あらあら、いらっしゃい。よく来ましたねえ」


 生まれて初めて森の外に出た、ミントである。


「ふおー! みんと、きたよ!」

「長旅で疲れたでしょう?」

「そんなことないよ! じりずのせなか、おっきいから!」


 おばあさまのお腹にぐりぐりと頭頂部を押し付けながらはしゃぐミント。そしてそれを受け止めて嬉しそうに微笑むおばあさま。


 ジ・リズがにかりと、楽しげに牙を覗かせた。


「おうおう、微笑ましいな。今日は滞在時間を短く取るんだったか?」

「うん、用事はアクセサリー受け取るだけだから。あとは少しミントに街を見せて回るよ」

「じゃあ昼寝でもして待っとるわ」


 ぐるりと丸まり、原っぱに寝そべる巨体へ苦笑しながら、僕はミントたちに向き直る。


「少し市場を歩こうか。ミント、人がいっぱいだから疲れたらすぐ言うんだよ」

「うー!」



※※※



「かれん、あのあかいの、とまと!」

「ん、トマト。いっぱい山積みだね」

「すごい! おいしそう!」

「あれはぜんぶ、売り物。ここを歩いてる人たちが買っていく」

「みんとたちもかう?」

「今は野菜室に入ってるから、足りてる。それにあれは生じゃ食べられない品種。……スイは齧ってたけど、ミントは気を付けて」

「そっか。ざんねん!」


 大通りの市場はいつも通りの人並みで、ミントはその中にあって、物珍しそうにきょろきょろしていた。


「あっちのけむりでてるのは、なに?」

「あれは串焼きの屋台だよ。お肉を串に刺して売ってるんだ」

「おにくかあ」

「そういえば、ミントはけっこう固形物を食べられるようになってきたね。そろそろお肉やお魚もいけそう?」

「おにく? いっつも、よる、たべてるよ?」

「あ、そういう認識なんだ……」


 好奇心旺盛にあれこれ尋いてはくるが、基本的に家族の誰かとしっかり手を繋ぎ、お行儀がいい。興味に任せて売り物に手を伸ばしたりもしない。こういう常識、そんなに改まって教えてはいないんだけど……ひょっとしたら生まれた時、僕らの魔力に宿った記憶から知識を吸い取ったりしてるのかな。


「ショコラも普段は、ミントと遊んであげているのですか?」

「わうっ」

「そう、偉いわ。お兄ちゃんですもんね」

「わおんっ!」


 隣を歩きながら、セーラリンデおばあさまはショコラと会話(?)していた。なんとなく話が通じてるふうなのがちょっと面白い。ショコラもおばあさまのことを家族だと認識してくれているようで、撫でられて嬉しそうにしている——ショコラ視点だとあれは『撫でることを許してあげてる』な気がするぞ?


「おっ、スイさんたち。今日は可愛らしい嬢ちゃんを連れてるな」

「こんにちは。うちの家族なんです」


 厳つい顔をした冒険者さんが、僕らを認めて声をかけてくる。ミントにも気付き、しゃがんで彼女に視線を合わせてくれた。


「はじめまして、お嬢ちゃん。名前はなんてーんだ?」


 冒険者さん——名前は確かジークさんだ——は、剣をいた軽鎧姿。後ろに撫でつけた髪と鋭い眼差し、頬に走る傷痕は、日本で見かけたら完全にやからである。というかこっちの世界でもたぶん、子供に泣かれるタイプのやつだ。


 だけどミントはまったく気にしない。

 にぱあと笑い、


「はじめまして、みんとだよ!」

「ミントかあ、いい名前だあ」


 ジークさんの輩顔やからがおを緩ませる。


「ってーか、俺を見て怖がんねえのはたいしたもんだ。さすがスイさんの家族だわ」

「? みんと、こわくないよ?」

「そうかそうか、ありがとうなあ」


 意外に子供好きっぽかったジークさんは、ミントの頭をひと撫でしてから「じゃあまたな」と手を振り去っていく。


 そんな彼を見送りながら、カレンがそっと耳打ちしてきた。


「……ね、スイ。ミントが怖がらないのたぶん、あの人より強いからだと思う」

「ああ……なるほど」


 魔物と戦うことこそないが、おそらくこの子の戦闘能力はかなり高い。魔力量は母さんに匹敵するし、土属性魔術の応用幅もめちゃくちゃ広いからだ。おまけに僕の手助け——身を守る結界と、更にはプレゼントしたペンダントによる魔導補助もある。


 おそらくこの街にいるどんな物騒な連中も、ミントに毛筋一本の傷を付けることはおろか、怖がらせることもできないだろう。


「すい、かたぐるまして?」

「お、いいよ。はい」

「むふー。たかい!」


 まあ振る舞いは子供そのものだし、危険がないからといって目を離したり放っておいたりは絶対にしないけども。


「ありがと、すい。いちば、よくみえる!」

「そっか、人でいっぱいだもんね」

「ね、あっちのやつなに? あの、あまいにおいするとこ!」

「ああ、あれは果実飴だね。今は葡萄ぶどうとか柘榴ざくろとか、イエローベリーとかかな?」


 この世界で一般的な庶民のお菓子だ。

 季節の果実に水飴をかけ表面をあぶったもので、日本のりんご飴と似ている。


 シデラで自家栽培している果物類は品種改良が不充分なこともあって酸っぱいものが多く、水飴で甘味を補うというのは理にかなっている。砂糖と違って比較的安価だから、手にも取りやすいのだ。


「ミント、あれ食べてみたい?」

「……いいの?」

「ん、私も食べたい。一緒に食べよう」

「あら、じゃあおばあちゃんが買ってあげましょうね」


「ふおお、ばあば、すきー!」

「どういたしまして。あなたたちも一緒よ。スイ、ショコラにもいいかしら?」

「ありがとう。ベリー系なら大丈夫。水飴は少なめで」

「わふっ!」


 僕の肩できゃっきゃと喜ぶミントと、それを見て笑みを浮かべるカレンとおばあさま。そして尻尾をぶんぶん振るショコラ。


 市場の散策はその後、はしゃぎ疲れたミントがうとうとし始めるまで続いた。





——————————————————

 ジークさんは顔こそ輩ですが、モノホンにしか見えないクリシェさんや体格からして違うベルデさんが上にいるし……。

 なお、シデラの冒険者は他と比べてだいぶ行儀がいいです。イキってる冒険者は森の魔物に即落ち2コマでわからされるので。

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