子供の頃の思い出を
不意を突いた。
茂みを突き破って跳躍した時、僕は
「わんっ!」
まずはショコラが、戦いを切り裂くように割って入る。
光属性の魔力を
「ばう! ぐるるるる……」
木の幹を利用してたぁんと反転、着地し、
「『
抜いた
闇属性の遅延魔術に、兎たちの動きが止まる。
空中で、あるいは地上で、一時停止ボタンを押したような静止。
それは致命的な、隙だった。
「……花
カレンの唇が言葉未満の音を紡ぐ。
呪文の母音を省略しつつ音を儀式化した圧縮詠唱——僕にはまだできない、高等技術。
「
発動と同時。
ざざざざざざ、
一匹につき十本。剣山みたいに突き立ったそれらは兎たちの脳を、心臓を
爆発、しかし封殺。
水の檻に阻まれ、変異種たちの断末魔は周囲に被害を及ぼすことができない。水球の中でぐちゃぐちゃに破裂して、そのまま赤黒い——まあなんというか、ハンバーグよりもひどい物体に成り果てて——べちゃ、と地面に落ちた。
「うわあ……」
「あんまり強い変異種じゃなかった。だから爆発で肉が残った」
「まあしょうがないよね。ありがとうカレン。ショコラもナイス」
「わうっ!」
周囲に立ち込める血のにおいに顔をしかめる。だがそれは
「ぐ……るるる……」
変異種たちからの猛攻を受け、皮膚のあちこちから血が流れていた。毛皮は赤く染まり、方々が焼け焦げてさえいる。
だけどそれでも、僕らに対し身構え、
「お前たちを害するつもりはないよ……って言っても、通じないか。実際、味方でもないんだし」
せめて剣を鞘に納めるが、その仕草でわかってもらえるわけもない。
「カレン、そいつの怪我、どうかな?」
「ん」
距離を取りながら、カレンは魔術を
薄い
「だいじょぶ。ところどころ痛そうなところがあるけど、
「そっか」
だったらもう、ここに用はない。
程度によっては介抱することも考えたが、命に関わるのでなければこれ以上は余計なお世話だ。
「じゃあ、行こう」
言いつつ、僕は
成獣が身構える。子供たちが親の影に隠れてみいみいと騒がしく鳴き始める。
「この辺りにはもう来るな。よそに行け。たぶん、近くに魔力
——言いながら、
僕の選択、僕らの行動に理屈はつけられる。
『変異種が家の近くにいたのだから、早急に駆除しなければならなかった』
一方で、
『
そして、
『こいつらまで変異種と化したら面倒だから、他所へ追い払う』——。
でもそれらは、ただの理屈であり言い訳だった。
結局のところ僕らは、同情しただけなのだ。
子猫たちがかわいくて、気の毒だったから助けた。家の周りをうろうろされていては今度こそ殺さなきゃいけないから、どこかへ行ってもらいたい。
これは、そういう身勝手で傲慢な僕らの虚栄心でしかない。
「ぐるるる……わうっ!」
それを合図に背を向ける。威嚇は充分したし、力の差も理解したはずだ。ここらは僕らの縄張りで、お前たちの居場所じゃない。
藪を掻い潜り、僕らは離れていく。
それでもあの親子は視線を外すことがない。
ただじっと——こちらの背中を、見詰め続けていた。
※※※
「くぅーん」
——やがて、家の近く。
ショコラが不意に鼻を鳴らし、僕へ身体を擦り付けてきた。
「どうした?」
「わうぅ……」
背を撫でようとするとその手にまとわりつき、指をぺろぺろと舐めてくる。こんな態度を取るのは珍しい。じゃれついてくることはよくあっても、甘えてくるなんて。
立ち止まり、しゃがんで視線を合わせる。
「わふっ! くぅー……」
前脚ごと飛びついてきて、今度は顔を舐めてくる。
「なんだお前、急に……」
「昔のこと、思い出したのかも」
カレンがそんなショコラに優しい目を向けて言った。
「昔、って」
「おじさまとヴィオレさまに、拾われた時のこと」
「……ああ、そうか」
この前、母さんに聞かせてもらった話だ。
父さんと母さんが獣人領——ヘルヘイム渓谷に赴いた時、一匹の子犬と出会う。
変異種に殺された両親の死体を前に、響き渡る悲痛な鳴き声。両親を殺した変異種に狙いを定められ、今まさに尽きようとしていた命。
それを助けたのが父さんと母さんで。
助けられたのが、ショコラだった。
「父さんと母さんは、なにを思ったんだろうな」
ショコラの胴体に手を回して思いきり撫でる。
大きな身体だ。もう立派な成犬。
もし、さっき。
僕らはどうしただろう。やっぱりきっと——。
「でも、よかったよな、ショコラ。あの子たちが悲しい思いをせずに」
「わうっ! くぅーん」
「もちろん、お前が不幸だなんて言いたいんじゃないからね」
「わうわう!」
「ん、だいじょぶ。ショコラにはいま、家族がたくさんいる。私はお姉ちゃん」
「……わふ?」
「いや、この
「そんなことない。私はお姉ちゃん」
「わふ……?」
「え……?」
ショックを受けたように後じさりするカレンと、首を傾げるショコラ。
僕は肩をすくめながら立ち上がる。
「この調子だと、僕も弟かなんかだと思われてるかもね。まあ……地位が盤石なのはたぶん、父さんと母さんだけだ。父さんと母さんは、お前にとってもお父さんとお母さんだもんな」
「わうっ!!」
ようやく落ち着いたショコラの背中をひと撫でして、僕は笑った。
「家に帰ろうか。獲物がとれなかったのは残念だけど、冷蔵庫にまだ肉はあるし」
「ん。……ショコラも今日は、お母さんと遊ぼう」
「わおんっ!」
僕らは並んで森を進む。
ショコラとカレン、そして僕。
言われてみれば子供の頃から、僕らはきょうだいみたいだった。
大人になって、その関係がどう変化しようとも——過去にそう育った事実は変わらないし、僕らが分たれてしまうこともきっとないのだろう。
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森の中に放り出されて生きてきたというのもあり、スイくんは(当時の)お父さんよりも、こういうことに対してややシビアです。
ただそれでもやっぱり、同じことが起きたらお父さんと同じ選択をしてしまうんでしょうね。
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