まずいことになるのかな

 ——と、いうわけで。


 行きは十日、帰りは半時。

 僕らはジ・リズの翼を借りて、シデラへと帰還した。


 ベルデさんとシュナイさんは竜族ドラゴンの背でめちゃくちゃ恐縮していた。ノアとパルケルさんは前に一度経験していたのと生来の性格もあって、けっこう気さくに話をしていた。エジェティアの双子は終始圧倒されていた。そしてドルチェさんは——めちゃくちゃびびり散らかしていた。


 まあ、仕方ないよね。なにせ森を出るのが初めてな上に空を飛ぶのも初めてなのだ。緊張のあまり意識を失ったりしても誰が責められよう。


 さすがに人数が人数、三往復くらいしてもらったので申し訳ない。ここから更にまた明日、僕らを迎えに来てもらうことになっているし、家に帰ったらお礼をしなきゃ。


 シデラに戻ってからもてんやわんやだった。


 まずはドルチェさんの棲家。これはノアの屋敷に居候することに決まった。というか、ドルチェさんだけじゃなくてリックさんとノエミさんもこの機会に、しばらく間借りするそうだ。「どうせ部屋は余っている」とはノア談。「人が多い方が賑やかでいいね」とはパルケルさん談。


 棲家が決まったら次は身なりだ。お風呂に入れ、全身の汚れを落とし、それからボロボロの服を新品に。女性陣の手によりたっぷり二時間ほどをかけて文字通り洗いざらいに全身をじゃぶじゃぶされたドルチェさんは、陰鬱な雰囲気は抜けきらないものの、実にかわいらしい女の子へと変貌した。


「お前もついでに洗ってもらえばよかったかもな」

「くぅー……!? きゃいんっ!」


 冗談めかして言うとショコラは一目散に逃げた。

 いや実際、森で十日も過ごしただけあってだいぶ汚いぞ。今日はいいけど、家に帰ったら逃げられると思うなよ……?


 まあ、旅の垢が積もっているのはドルチェさんやショコラだけではない。全員がしっかりお風呂に入り、さっぱりして——ひと心地ついた、夜。


 ぐっすり眠ってしまったドルチェさんを寝室に、一同は客間へと集合した。


「……さて、どうしたもんか」


 おつまみとワイン(お酒を飲まない人にはお茶)が配られた後、唸りながらつぶやいたのはベルデさんだ。


 漠然とした言葉だが、これに関してはみんなも同意見。

 どうにも状況が混沌としていて、とっかかりが掴めない。

 なので、


「ひとつずつ話していきましょう。話題をあっちこっちふらふらさせずに。そうすればある程度はまとまるはずです」


 僕の提案に、手を挙げたのはリックさんだった。


「そしたらじゃあまずは、エルフ国アルフヘイムへの対応について話したい。さっきノエミとカレンとも相談したんだが……どうにも本国は、信用できない」


「ふむ……『坩堝るつぼくだき』の儀式か。稀存きぞんしゅとかいうものの存在といい、黙っていたのは国際問題にもなりかねんぞ。それとも各国の首脳も……父上と母上も承知のことなのか?」


 ノアが眉を寄せたのへ、リックさんは首を振る。


「わからない。ただ少なくとも、僕らはなにも知らされないまま地上に降りた。『アテナクの集落を調査してこい』ってだけ言われてね。ふざけた話だよ」


「本国は、あなたたちを侮っていたんだと思う。シデラに来た時のふたりなら、素直に言うことを聞きそう」


 カレンの言葉に、リックさんもノエミさんも渋い顔をした。


「……まあ、私たちが愚かだったのは認めるわ。たぶん、大慌てで国に報告へ戻ってたでしょうね」

「ああ。都合のいい使いっ走りってわけだ。まさに汗顔かんがんだよ」


「ただ、本国が必ずしも一枚岩とも思えないわね。長老会のお歴々なんてしょっちゅう対立してるし」

「ん。じゃあ、どうするの?」

さ」


 リックさんは不敵に、悪戯っぽく笑った。


「『廃墟になってた』とだけ、通信水晶クリスタルで報告を送る。もちろん本国には帰還せずにね。それで、出方を見る」

「なるほどな」


 その言葉に、にやりとするベルデさん。


「そりゃあ、『坩堝砕き』のことを知ってる奴らは慌てるだろう。儀式が行われなくなったってことだしな」


「はい。それで、帰還しろなんて言ってきてもすっとぼけます。素知らぬふりで『力不足を感じたので地上で魔導を修練する』とかなんとか返して、ね。それを起点に、向こうのはらを探る」

「もちろん、稀存種のことがあるから悠長にしてはいられないけど……それは相手も同じことのはずよ。加えて、こっちには手札がある。稀存種を倒し得る戦力がシデラにいるってことを、向こうは知らないわ。……あなたたちを利用するみたいで悪いけれど」


「ん……仕方ない。私もスイも、森の平穏が乱されるのは本意じゃないし」

「そうだね。まあ、あの森がそもそも平穏かどうかは置いといて」


 したたかなノエミさんの言葉に僕らは苦笑する。


「むう。素直だと思ってたのに、意外とずる賢くなってる。ベルデさんたちの教育の賜物?」

「ふ、素直だからね。師匠がずる賢ければ、素直にそれを学んで育つのさ」

「おう、人聞きがわりいな。俺じゃねえぞ、こういうのはシュナイが得意なんだよ」


 ベルデさんが混ぜっ返すのへ、シュナイさんは無言で肩をすくめてみせた。

 一同の空気がやわらいだところで、今度はパルケルさんが話題を変える。


エルフ国アルフヘイムに対しては初手を様子見ってことでいいとして……あたしは、『帝江ていこう』とかいう現象? が気になるよ」


「『帝江』か……」


 魔力坩堝が連結して発生するという——おそらくは、極度に魔力濃度の高い地帯。

 そしてそこに晒されたという、稀存種。


 だけど僕には、これについての疑問があった。


「ちょっと不可解なことがあるんだよね。まだ、僕らの知らない理屈があるのかもしれないけど……どうにも釈然としない」


 一同を見渡しながら、僕は話す。


「アテナクの人たちは『坩堝砕き』を、表層部から中層部にかけて行ってたっていうよね。つまり、深奥部では『坩堝砕き』をしていない。……そんな中途半端なことでいいの?」


「ん。それは私も気になってた」


 カレンが追従する。


「私たちは深奥部に暮らしてるけど、あんな変異種は見たことがない。つまり『帝江』なんてできてないことになる。これはすごく変」

「ああ。魔力坩堝の発生頻度で言うなら、それこそ深奥部は段違いだ」


 僕らの言葉に、パルケルさんが神妙な顔をしてつぶやいた。


「ドルチェの知識に誤謬ごびゅうがある。もしくは、私たちも知らないなにかが、深奥部での『帝江』発生を防いでる……?」


「どちらも可能性はある。ただ、どちらでもない可能性もある」


 そうして、僕は。

 この一件で最も気になっている疑問を発した。




「そもそも……『帝江』が発生し得るのは『虚の森』だけなのかな?」

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