驚いてたのは僕だけでした

 結論、マジでした。

 マジだった……。



 いやさすがにびっくりした。だっておじさんとギャルだよ? 普通、冗談かと思うじゃないか。

 ただ、どうもよくよく話を聞いてみると——その『普通』は僕だけにとっての『普通』であったらしい。


 何故ならこっちの世界には、魔導があるからだ。


 魔導——魔力の強さとその巡りは、若さの維持に大きく影響する。七十歳を超えたセーラリンデおばあさまが二十歳そこそこの外見であるように、四十歳を過ぎている母さんが二十代半ばの若さを持っているように。

 魔力が高い人間は、身体を老いさせないまま歳を重ねていくことが可能なんだ。


 そしてこの事実は世界の常識であり、ひいては恋愛や結婚においての価値観にも影響を及ぼす。


 まずは晩婚化。

 魔力の高い人間は特定の相手がいない場合、結婚を急がない風潮にある。三十、四十になってものんびりとしていて、だからあっちのような『ある程度の歳がいったら既婚で当然』みたいな偏見がほとんどない。

 

 それと、歳の差婚の多さである。

 魔力の高い人間の老いが遅いということは、裏を返せば魔力のほとんどない人は—— 寿命こそ地球より長めな傾向にあるものの——順当に老いるということだ。

 それもあって『外見が老いる前に結婚したい』とか『どうせ魔力差で外見は追いつくんだから』とか、そういう考えは割と一般的なのであった。


 なおリラさんは十七歳で、ベルデさんは四十歳だそうだ。

 リラさん歳下だったのか……そういえばみんなの年齢ってそもそも気にしたことなかったな……。


 ただリラさんは魔力がごく少なく、ベルデさんはそれなりにある。ベルデさんがそこそこの外見をしているのは、魔導の習熟が遅かったからと、あと単に元々が老け顔だかららしい。


 で、結果として。


 親子ほども歳が離れたふたりの結婚を、僕以外はすんなり受け入れていたってわけだ。カレンも驚きはしたが、冗談だとまでは思っていなかったとのこと。


 そんなふたりは、僕の無礼を笑って許してくれた。


「今は若くても、ウチはこれからどんどんおばさんになってくんよ。でも、おっちゃんに近付いていくって思ったら全然ヤじゃないし、むしろ楽しみ!」

「俺もリラちゃんが追いついてきたら、歳を取り始めることにするわ。その頃にはさすがに後進も育ってんだろうしな」


 そう言って笑い合う彼らを前に、己の見識の浅さを恥じた。

 向こうの世界も年齢差のある夫婦ってそれなりにいたけど、やっぱり偏見があったんだろうなって。


 ただ——。


「スイ、カレンちゃん。お前らはきっと、俺たちよりもずっと長生きする。とんでもない魔力だから、他の奴らの倍ほど生きるかもしれねえし、きっとその時になっても若いままだ。……俺らがよぼよぼの爺さん婆さんになっても、よろしくな」


 ——なんてことを言われ、遠い未来のことを想像し、少し胸が締め付けられた。


 そうか、僕らはいずれ、みんなを見送る側になるんだ。

 ジ・リズたちが僕らをいつか見送ることになるのと、同じように。



※※※



 ともあれ。

 シュナイさんとトモエさんの祝賀会はその後、ベルデさんとリラさんの祝賀会も兼ねることとなった。


 あっちと違ってドラマティックなプロポーズではなかったけれど、リラさんは幸せそうで、ベルデさんは照れくさそうだった。


 面白かったのは、それまでべろべろに酔っていたリラさんが結婚の決まった瞬間、素面しらふに戻ってドリンクもノンアルコールに切り替えたことだ。自分の未来を想うのにお酒は不要ってことなのかもしれない。


「えへへー。ショコラちゃんも祝ってくれる?」

「わうっ」


 まあ、へにゃへにゃの態度はあんまり変わらないんだけど。

 嬉しそうにしゃがみ、ショコラへと笑いかける。


 ショコラは——驚いたことに、リラさんへそっと頭を寄せていった。


「え、撫でさせてくれるん……?」

「くぅーん」

「ありがとー! やさしい!!」


 特別にお祝いだよとでも言いたげに鼻を鳴らすショコラの頬に、リラさんはおずおずと、優しく触れた。許されたのはほんの数秒だけですぐにすっと下がっていったけど、それでも嬉しそうに「ありがとね」と手を振る。


「よし、お返しにスイっちとカレンちゃむにウチを撫でさせてあげよう」

「撫でませんよ」

「ん、別にいい」

「ええー」


 頭突きするみたいに頭部を差し出してくるリラさんを、カレンがすげなく押し返す。その膨れっ面を優しい笑みでベルデさんが見守っていた。


 そんな中でふと僕と目が合い、彼は静かに語り始める。


「俺がシデラに居着いてから、十年……そろそろ十五年くらいになる。根を張った理由は、ここが一番だったからだ」

「『うろの森』があるからですか?」

「ああ。お前にゃいまいちピンと来ねえと思うが、ここは王国どころか大陸を見渡しても有数の危険地帯で、冒険者どもにとって最前線なんだよ」


 木樽杯ジョッキを傾け、にやりと意味ありげに笑んで、


「強くなろうと思った。次にと会う時、手前てめえを誇れるように強く。そのために各地を放浪して、やっぱ腕を磨くにゃ最前線に行くのがいいだろうって、シデラに流れ着いた。後はもう、無我夢中さ。何度も死にかけて、食い下がって、這いつくばって、立ち上がって……気が付きゃ調査隊を率いるようになって、大切な奴らができた」


 それからどこか遠くに、視線を向ける。


「所帯を持つようになるなんて考えもしなかった。リラちゃんのことも、こぉんな、小せえ時から知ってる。最初は娘か妹みたいに思ってたが、去年あたりからか? 真正面からぶつかって来られるようになってなあ。若いうちに結婚したいってのがあの子の望みだったし、腹ぁ括ることも考えちゃいたんだ」


 そして——。


「そんな折だ。スイ、お前が来た。あの人の息子であるお前が、『虚の森』に……シデラに来た。そして、この地で暮らすっていう。だったら俺も、ここに骨を埋めるかって決めたんだ。これは俺の巡り合わせだなって、思ったんだよ」


 直接的ではないにせよ、僕の存在が。

 ベルデさんを——彼らを、変えたみたいだ。


「でね! 結婚したらおっちゃんのこと、なんて呼べばいいかな? 『旦那さま』? 『あなた』? 『うちの亭主』? カレンちゃむはどれがいいと思う?」

「ん。……どれも捨てがたい。日によって使い分けてもいいかも」

「ひゃー! それ天才か?」


 カレンにだる絡みするリラさんと、意外に大真面目に向き合うカレン。

 そんなふたりを——正確にはリラさんを見ながら口元を緩め、ベルデさんはふとつぶやく。



「なあ。俺ぁ、あの人に……手前じぶんを誇れるように、なったかな」



 ひとりごとだったのかもしれない。

 酒に酔った上で、ぽろりとこぼれた郷愁だったのかもしれない。


 それでも僕は、だからこそ。

 少しそっぽを向きながら、果汁を喉に流し込んで、言うのだ。




「僕はとうに、父さんあの人に誇ってますよ。あなたのこと……あなたが築きあげたこの場所に、僕がいられることを」





——————————————————

 スイくんがシデラの人々と出会うことで自分の道を見つけたのと同じように、シデラの人々にとってもスイくんとの出会いは転機になっていたのでした。

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