第34話 一夜明けて

 朝7時、普段通りに目が覚めた。

 体を起こそうとする激痛が走った。

 ゆっくりと、痛みが走らないように注意しながら体を左横に向けてからゆっくりを起き上がり、ベットの端に座る。


 私は、状況を整理することにした。

 ここは、多分能力検査した研究所の病室。

 なぜ、ここに居るんだろう?


 私の体は、あちこち痛い。ちょっと動くだけで激痛が走る。

 私に何があった?


 思い出そうとしている時に、病室の扉が開いた。

 扉の方を見ると、私服の若桜さんと霜月さんがいた。


 二人の顔を見て、思い出した。

 火蜥蜴サラマンダーおそわれたんだ。

 霜月さんが、火蜥蜴サラマンダーを倒してどうなった?


 若桜「優ちゃん 大丈夫?」

 若桜さんが正面から覗き込んで訊いてくる。


「だいじょうぶ。

 しもつきさんが 火蜥蜴サラマンダーをたおしたあとのきおくがないの」


 若桜「大丈夫。極限状態を体験したために、一時的に記憶が混乱しているだけよ」


 霜月「どうやら、記憶は戻っているようだな」


 若桜「ええ、まだ記憶が混乱している様だけど、じきに回復するわ。

 それよりも、体は大丈夫?」


「すこし うごくだけで、いたいの」


 若桜「取り敢えず、鎮痛剤ちんつうざいを飲んで」


 そう言って、錠剤1個を口に入れた。

 霜月さんが、コップに水を入れて飲ませてくれた。

 その後、私はトイレに行った。


 霜月「若桜、昨夜の状態が混ざっているな」


 若桜「そうね、多分数時間しない内に元に戻るわよ」


 霜月「そうか、ちょっと残念な気もする」


 若桜「私もよ」


 二人が会話しているのが聞こえるが、トイレに居る私には会話の内容を理解する余裕がなかった。

 今着ている入院着(浴衣みたいな前開きの物)の下は、何も着けていなかった。

 トイレから2人の前に戻る時、どうしても入院着の胸元を左手で押さえ、足の合わせ目は右手で押さえながら戻った。


 私が部屋に戻ると若桜さんと霜月さんが微笑ましいものを見ている表情で私を見ている。


 若桜「優ちゃんどうしたの?」


「なんで、わたし、したぎ つけていないの?」


 霜月「まずは、ベットで横になろう。その後説明してあげる」

 私は、入院着がズレないように気をつけながらベットに横になった。


 霜月「火蜥蜴サラマンダーとの戦闘の時、血塗れになったのは覚えてる?」


「うん、おぼえてる」


 霜月「火蜥蜴サラマンダーの血は、鉄やコンクリートすらも腐敗させる程、強力な毒なんだ。優ちゃんは、それを頭から被った。

 当然、下着まで血まみれになってしまった。

 人体に着いた火蜥蜴サラマンダーの血は、専用の洗浄剤で洗い流したから影響は、・・・髪が傷んだぐらいよ。


 でも、衣類は処分せざる得なかった。

 優ちゃんは、ここ、研究所で除染、専用の洗浄剤で体を洗ったのだけど、ここの売店では優ちゃんのサイズの下着を売っていなかったの。


 附属病院の方では、たぶん売っていると思うんだけど、あそこの売店は朝8時から夕方6時までしかやってなくて。

 除染と検査が終わった時には、もう閉まっていてね。

 仕方なく、そのまま入院着を着てもらっていたの。

 鎮痛剤が効くまで、このまま横になっていましょうね」


 若桜「優ちゃんの体の状態を説明するね。

 肋骨にひび3箇所、右上腕骨にひび1箇所、無数の打撲と擦り傷。

 決して軽いとは言えない怪我よ。


 治療方法は、残念ながら自然治癒を待つしか無いわ。

 痛み止めを処方するから、痛むようなら服用してね。

 ただし、痛み止め剤は4時間以上間隔を開けて服用すること。

 あと、起きている間は、1時間に1回は深呼吸かせきをすること。

 これは、肺の合併症を予防するために必要なことよ。

 当面は、無理をしない」


「とうめんって、どのくらい?」


 若桜「1ヶ月位かな」


「いがいとながい」


 若桜「骨の修復には、その位掛かるものよ。

 でも、幸いなことに痕が残りそうな傷が無いってことよね」


「がっこうには、いけるの?」


 若桜「安静にするなら、学校に行っても問題はないわよ」


「そっかー」


 30分程横になっていると、だいぶ体が楽になった。

 若桜さんに、鎮痛剤が効いてきた事を告げると、朝食を食べに行くことになった。

 手で入院着を押さえて歩くと危険だからと、若桜さんと霜月さんに、両手を引かれて食堂に向かう。

 私は、二人に世話を焼かれながら朝食を食べた。

 食堂のおばちゃん、おじちゃん、朝食を食べに来た職員の方々が私達をみてホッコリしていたのは何故だ?


 食堂を後にしたら、そのまま検査を受けた。

 新たな問題は見つからなかったので、退院する事になった。


 迎えと着替えが来ると言うので、病室で待っていると、氷室さんがお迎えに来た。

 氷室さんは、着替えを持ってきていなかったので、確認すると店長さんが着替えを持ってくることになっているが、まだ到着していないらしい。


 店長さんを待っている間に、若桜さんから質問された。


 若桜「撮影が終わった後、警報がなったでしょう。その時に何か感じた?」


「警報がなった時ですか?警報がなる少し前に、空間が揺れましたよね?」


 若桜「どんな感じ?」


「こう、体の芯にドーンとひびく感じ?」

 両手でお腹を叩きながら答えた。


 若桜「他に感じことは?」


「なんか、周りの空気が気持ち悪かった」


 若桜「他には?」


「んー、特に無いよ」


 若桜「女の子の泣き声って、どの様に聞こえたの?」


「最初は、聞き間違いかと思うぐらい小さくすすり泣く声が聞こえて、足を止めて注意深く聞いたら、ハッキリ聞こえたの。

 ハッキリ聞こえたら、大体の居場所も分かったの」

 右手でお椀を作り、右耳の後ろから右手のお椀を添えて答えた。


 若桜「そうなんだ」


 若桜「非常口の側まで行った時、空間が割れる直前に、私達を止めたでしょう。何かあったの?」


「ピシッって、何かにひびが入る音が非常口の方から聞こえて、気持ち悪い風がブワーッて吹いたから、皆を止めたの」

 身振り手振りを交えながら、答えた。


 若桜「そうなんだ。ありがとう」


 若桜さんの後ろの方で、口元を押さえた霜月さんと氷室さんがいた。

 どうしたのか聞こうとした時、病室の扉がノックされた。

 やって来たのは、店長さんだった。


 太和「ごめん。遅くなった」


 若桜「ヤエ、遅いよ」


 霜月「何かあったのか?」


 太和「いやー、ショッピングモールの方は、まだ閉鎖中でお店から服を持ち出せないから、工場の方の在庫から持ってきたんだけど、優ちゃんのサイズの服は殆ど店舗の方に運び込んでいたから探すのに手間どっちゃった。

 あと、ここに来る途中で渋滞にハマってしまってね」


 氷室「渋滞ですか?」


 太和「火蜥蜴サラマンダーの搬出が午前中に行われたらしく、交通規制を敷かれてたうえ、見物人が多数出ていたみたいよ。

 はい、これ着替えね」

 そう言って、着替えの入った紙袋を渡さえた。


「ありがとうございます」

 私は、紙袋を受け取り、お礼を言って頭を下げた。


 紙袋から、衣類を取り出す。

 上着は、長袖の白いシャツにえり袖口そでぐちに3本の線が入っていて、服の合わせ面と袖口には金色の金属のボタンが着いていた。

 スカートは、非対称の膝丈から斜めになっている淡いモスグリーン色をしている部分と、その下に2段になっているクリーム色のフリルがついている。

 丈は、スネの真ん中位まである。

 あと、スカートは吊りベルトで、ベルトの部分に細かい模様が描かれていた。

 靴下は、白。

 靴は、黒いローヒールのパンプス。

 下着は、パンティと膝丈のスリップだった。


 若桜「なんでスリップ?」


 太和「山崎の話だと、火蜥蜴サラマンダー甚振いたぶられたと聞いたから、体を締め付ける服装はダメだろうと思ってね。そのスリップならカップ付きだから、ブラなしで着れるし上着との摩擦まさつも低減してくれるから最適だよ。」


 若桜「それは、失念していたわ。

 肋骨にひびが入っているから、たしかに体を締め付ける下着はダメね」


 着替えるので、一人になりたいと思ったが、室内に居る人の顔を見て諦めた。

 ショッピングモールに行く為に着替えた時の母と妹の顔と同じ顔をしていた。


 恥ずかしがったが、なんとか着替えた。

 全身の姿は、スマホに撮った写真を見せてもらった。

 くやしいけど、よく似合っている。

 これが自分でなければ絶対見惚ぜったいみほれている。


 私の着替えが終わったので退院することとお昼の時間も近いからこのまま食事に行くことになったが、私はお金を持っていないことを言うと、お昼をご馳走するという話になった。

 ふと、気になったのが前回の検査入院費や今回の入院費の支払いって、やっぱり両親に請求が行くのかな?

 駐車場に移動しながら、そんなことを考えていた。


 若桜「優ちゃん。なにか悩み事?」


「え、いや、大したことではありません」


 若桜「本当に? 真剣に悩んでいるように見えたけど」


「本当に、大したこと考えていませんから」


 太和「お金についてかな?

 おそらく、お金を話題にしたから入院費とかが気になったとか?」

 私は、思わず後ろを歩く店長の方を見た。


 太和「図星か。その歳でお金の心配をするなんて偉いね」


 氷室「費用は、国が負担しますよ」


「え、そうなんですか?」


 氷室「能力者保護法で、18歳未満もしくは訓練校卒業までの医療費は全額国が負担します。それに、18歳未満もしくは訓練校卒業までは、国から補助金もありますから昨日の買い物とかの費用もなんとかなりますよ」


「知らなかった」


 車に乗り込み、最寄りの県内チェーン店のハンバーグレストランに入った。

 混み始める前だった事もあり、直ぐに席が確保出来た。

 私は、おにぎりハンバーグをライスセットで頂いたけど、お腹いっぱいで苦しい。男の時は、げんこつでも足りなかったのに・・・。


 食事後に、気になっていたことを聞いてみる事にした。

「どうして、私が保護対象になった特殊能力者保護令とくしゅのうりょくしゃほごれいの略が特令とくれいなんですか?」


 氷室「それはね、普通なら特保とくほとか使いそうだけど、特保とくほは既に使っているからよ。」


 霜月「特定能力者保護令、略して特保とくほ

「特定能力者保護令?」


 霜月「刑法けいほうで定められている犯罪とは別に、能力者を取り締まる法律だよ。

 故意・過失に関係なく、犯罪もくしは危険行為を行う者を取り締まる法令で、捕縛ほばく拘束こうそく更生こうせいまで定められてる。

 刑法けいほうは、あくまでも一般人向け、特保とくほは能力者向けで、特保とくほの刑量は、重めになっている。

 能力者の犯罪の場合は、刑法けいほう特保とくほの合算になるから、刑量けいりょうがかなり重くなる。

 まあ、特保とくほは裁判所の判断抜きで執行可能だから公安と裁判所の査察ささつがかなり面倒なんだよ」


 氷室「同じ呼び名になると混同しますし、特定能力者保護令の方が先に出来た関係で特保とくほといえば、特定能力者保護令を指すという認識です。

 あと、悲しいけど、特保とくほの方が特令とくれいより、圧倒的に使う機会が多いからね」


 霜月「私も、年に数回、特保とくほの捕縛に駆り出されるよ」


 氷室「特令とくれいは、数年に一度位しか使わないですよ」


 太和「それに、内輪うちわでは特保とくほのほをつかまえる方のに変えてましたね」


「店長さんも詳しいのですね」


 霜月「八重花やえかの独身時代は、私の部下として最前線にいたからな。

 結婚を期に対魔庁を辞めて、今の仕事を始めたからな」


「そうだったんですね」


 太和「お店も混んできたし、そろそろ出ようか」

 その言葉で、私達は席をたった。


 お会計を済まして、お店の外に出ても、私は注目の的だった。

 お店で、私を見た人達は、大概2度見してたし、お店のスタッフの人もちょくちょく違う人がお店の中を見回っていたし、スタッフルームらしき場所から、奇声が聞こえてた。

 中には、私にスマホを向ける人も居たが、そこは霜月さん達が上手く視界を遮り映らないようにしていた。


 霜月さん達が居るから、周りも寄ってこないんだろうな。

 外出が怖くなってきた。


 駐車場で、太和さんと分かれる際に紙袋を渡された。


「これは?」


 太和「カップ付きインナーよ。

 胸の成長を考えるとブラの方が良いけど、今は体の治すのが先だから使いなさい。体が治ったら、きちんとブラを使うのよ」

 顔を寄せながら、言い寄られた。


「はいー そうします」

 私は、思わず顔を引きつかせながら答えた。


「よろしい。

 モデル料の服は、後日届けるね」

 そう言って、自分の車に乗り込んで行った。


 私達も、氷室さんの車に乗って家路につく。

 若桜さんと霜月さんが一緒にいくのは、両親に事情を説明するためらしい。


 帰りの車内で

 氷室「優ちゃん、明日は朝7時30分に迎えに行きます」


「はい、分かりました」

 そうだった、明日から学校だ。

 ここ数日の内容が濃すぎて、長く休んでしまった様な気がする。

 明日、学校の授業ってなんだっけ?

 そうだ、明日から中間考査だった。


「あ、全然勉強できてない」


 思い出して、憂鬱ゆううつになっていると。


 若桜「どうしたの?」


「え、いや、明日から中間考査だったのを思い出しただけです」


 若桜「中間考査を前に、勉強が出来ていないから落ち込んでいたのね」


「まあ、そうです」


 若桜「だったら、魔力を脳に回せば良いのよ」


「?」

 何を言っているのか分からない。


 若桜「理解できてないね。

 魔力を脳に回すと、思考加速とか記憶力強化とかの効果があるのよ」


 霜月「私も学生の頃は、よく使ったな。

 まあ、才能がなかったので能力アビリティは発露しなかったな」


 氷室「私も良く使っていました。

 暗記問題で良くお世話になっていました。

 私も能力アビリティは発露していないです」


「どうやってやるんですか?」


 若桜「脳に魔力を回して、勉強するだけよ」


 氷室「それは、若桜さんだからですよ。

 普通は、イメージで魔力を脳に回すなんて出来ませんよ。

 普通は、記憶力が上がれとか、計算力上がれって思いながら頭に魔力を集めるものですよ」


 若桜「えー、それだと効率悪いでしょ。全体と必要部位を3:7で強化すれば、効率が良いのに」


「ちなみにその必要部位って何処ですか?」


 若桜「記憶だと大脳皮質と海馬。

 計算なら前頭前野と左脳頭頂連合野よ」


「えーと、よく分かりません。」


 若桜「知りたいなら、今度教えてあげるよ」


「よろしくお願いします。」


 霜月「今からだと間に合わないから、氷室が言った通りでやってみたら良い。

 若桜のやり方は、それなりに魔力制御が出来ないと出来ないことだからな。

 ちょっと気合を入れて勉強するつもりで、魔力を回せばいい。

 ところで、魔力制御の訓練をやってみないか?」


「魔力制御ですか?」


 霜月「そうだ。

 優ちゃんの魔力量は膨大だ。

 きちんと制御出来ないと色々と不都合が多い」


「不都合ですか?」

 魔力が多いと何が不都合なんだろう。


 霜月「そうだ。

 昨日の火蜥蜴サラマンダー戦で、優ちゃんが暴走していた場合。

 1/4の力で、昨日のショッピングモールの建物が半壊。

 半分の力なら、建屋が全壊していただろう。

 全力だと、街にも大きな被害が出ていた可能性があった。

 当然、近くに居た我々にも避難した人々にも被害が及んだだろう。

 だから、冷静に対応できた優ちゃんは、大変偉かったぞ」


 氷室「ちょっと待ってください。

 優ちゃんは、無能力者のフリをするんですよ。

 魔力制御を教えて大丈夫なんですか?」


 霜月「当然、上に話は通す。

 それに優ちゃんの場合は、出来るだけ早く魔力制御出来るようになった方が双方にとってメリットが大きい。

 我々には、魔力制御が出来ることで暴走のリスクを減らす事が出来る。

 優ちゃんには、精密な魔力制御を覚える事で手加減ができるようになる。

 1/4でもAランクの魔力量では、手加減にはならないからな。

 10%未満は、最低でも1%単位で制御出来ないと街中での活動に大きな制限が着くことになる。

 可能なら、5%未満は0.1%で制御出来るようにしたい。

 だから、魔力制御だけは出来るだけ早くから訓練したい」


「とても大変そうなんですが」


 霜月「大変だろう。普通は、少ない量から上げていくからある程度自然と覚えるが、優ちゃんの場合は大容量からの制御だから相当に困難なはずだ」


 若桜「そうね、この魔力量だと先輩の言葉が正しいわね」


「そんなに私の魔力量って多いのですか?」

 魔力量Sランクとしか書いていないから、比較のしようが無かった。


 若桜「そうね、優ちゃんの10%でAランクよ。

 1%でBランク。

 0.1%で、Cランク。」


 霜月「魔力量が能力アビリティの威力と直結していないが、込める魔力量が多いほど能力アビリティの威力は上がる傾向がある。

 だから、ある程度制御出来ないと、訓練校に行っても殆ど魔力制御訓練で終わることになりかねない。

 流石に、そんな生活は嫌だろう」


「それは、嫌です」


 霜月「今なら、変な癖も付いていないから覚えやすいだろう」


「よろしくお願いします」


 霜月「学校が終わった後、1時間程度訓練に当てよう。

 ただし、魔力制御訓練は、必ず指導者が居る時だけ行うこと。

 決して、一人で練習しないこと。良いね?」


「分かりました」


 霜月「早速、明日の放課後からだな」


「よろしくお願いします」

 私の魔力制御訓練が決定しました。


 家についた後は、霜月さんが火蜥蜴サラマンダー戦で私が怪我をおった事を謝罪して、若桜さんが私の体の状態を説明した。

 氷室さんが、モデル料の衣類は後日届けるという話をしてから帰っていった。


 家での家族の様子は

 父さんは、相変わらず挙動不審

 母さんは、ちびっこ扱い

 舞は、やたらと抱きついてきたが、母さんに怒られてた。


 私は、大人しく教えてもらった方法で勉強をして、早めに就寝しました。

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