第36話 訓練と親友

 待機所には、若桜さんしかいなかった。


「あれ、氷室さんは?」


「氷室なら、野暮用やぼようこなしている。

 そのうち戻ってくる」

 霜月さんは、そう言いながら、待機所として使っている教室を戸締まりしている。


「優ちゃん、怪我の診察をするから、上着を脱いでくれる?」

 上半身裸になって、若桜さんの前に背を見せて座る。

 私が服を脱いている間に、教室の戸締まりは終わり、カーテンが閉められて外からは中がない無い様になっていた。


 傷の状態を確認後、軟膏なんこうを塗られた。

「服を着て良いよ」


 制服を着たところで、霜月さんが

「それじゃあ、魔力制御訓練を始めよう」

 と言う。


「お願いします」

 と答えた。


「まず、基本のおさらいだ。

 魔力の圧と量は、魔力塊マナ・コアの回転速度を変える事で、回転数に応じた吐出圧としゅつあつ吐出量としゅつりょうを得る事が出来る。

 此処ここまでは、よいな」


「はい」

 ここまでは、太和教導官たいわきょうどうかんに教わった内容だ。


「魔力制御の方法は、『魔力塊マナ・コアの回転速度を制御する方法』と『魔力塊マナ・コアの魔力の吐出圧としゅつあつ吐出量としゅつりょうを個別に制御する方法』の2種類だ。


 前者は、一般的に行われている魔力制御方法。

 長所は、制御方法が比較的容易な事。

 短所は、保有魔力量が大きくなる程細かな制御が困難になる。


 後者は、精密な魔力制御方法。

 長所は、柔軟な魔力運用が可能になること。

 短所は、習得が難しいこととこの技術を教えられる教導官が少ない事だ。

 幸い、私はその数少ない教導官の一人だ。


 まず、『魔力塊マナ・コアの回転速度制御する方法』で定常出力を覚えてもらう。

 その後、『魔力の吐出圧と吐出量を個別に制御する方法』の訓練を行う。

 この技術を身につければ、優ちゃんの強力な武器となるだろう。


 訓練は、そこにある魔防装置まぼうそうちの結界内で行う」


 霜月さんが指差す先には、のぼり旗用ポール位の太さで、高さ2m位の竿さおが1.5m位の間隔立てられた四角形のエリアだった。


 私が首を傾げながら

魔防装置まぼうそうち?」

 と聞くと


魔防装置まぼうそうちは、魔力侵食防衛装置まりょくしんしょくぼうえいそうちと言って、魔物の魔力侵食まりょくしんしょくを防ぐための装置で、この装置で作った結界の中と外の魔力を遮断する効果がある。

 この機能を使って、結界内で訓練を行えば周りに気付かれる事無く、魔力暴発を起こしても結界内部だけの被害に押さえられる。

 結界サイズを小さくすることで、強度も高められるから、優ちゃんの魔力量なら1/2位までなら耐えられる。

 若桜、魔防装置まぼうそうちを起動してくれ」


「はい、起動」

 若桜さんの横に置いてる機材のボタンを操作した。

 魔防装置まぼうそうちのポール間に薄い青色の壁が出現して、青い壁の立方体になった。


「結界中央に移動して」


 霜月さんの指示通りに、結界の中に入る。

 静電気が帯電しているみたいに見えでいたので、結界に触れる時はちょっと怖かった。

 結界内に入り、中央に立った。


「第一段階:定常出力訓練を行う。

 魔力塊マナ・コアの回転速度を一定に保ち、吐出圧・量を一定にする。

 魔力量を1/2で維持を開始。

 若桜、モニタリング頼む」


 私は、魔力塊マナ・コアの回転速度を上げて言われた通りの出力を目指す。


「優ちゃん、もう少し出力を上げて」

 若桜さんから指示が飛ぶ。


 回転速度を上げる。


「上げすぎ、少し下げて」


 回転速度を下げる。


「下げすぎ、もう少し上げて」


 回転速度を少し上げる。


「そのまま、その調子で維持して」


 魔力塊マナ・コアの回転速度の維持って、結構難しい。


 霜月さんは、若桜さんの後ろに移動し

「若桜、優ちゃんの出力の方はどう?」

 と尋ねた。


「想定最大出力1120で、出力560±180ってところね」


「初めてにしては、優秀だな。

 太和教導官が、褒めるだけのことはある。

 誤差を1割未満まで抑えないと次に進めないから、頑張ってほしい。


 訓練校に入学までに定常出力ポイントを、4~5箇所は作っておきたいな」


「その位あれば訓練校なら十分だけど、時間的に厳しいね」


「その通りだ。

 だが基礎を仕込む位の時間はある。

 よし、ヤメ。1分休憩。

 出力1/2で定常出力5分、休憩1分を交互に行うぞ。

 まずは、安定した出力1/2の定常出力を目指そう」




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 Side:山田 零士・見石 章


 校舎裏の人気ひとけの無い場所で、俺(山田 零士れいじ)は黄昏たそがれていた。

 一緒に引っ張ってきた親友の見石みいし あきらがブチブチうるさいが。


「優の奴、なんで俺達に先に教えてくれなかったんだ。

 俺達がどれだけ心配していたと思ってんだ。

 連絡しても反応無く、やっと来たかと思えば一言二言だけだし。

 今日になって学校に来たと思ったら、女になっているし。

 俺はどうすれば良いんだ。

 優のやつ、俺達のことを何だと思っているんだ。

 零士、聞いてるのか?」

 と章が大声を出す。


「うるさいぞ、聞こえてる」

 この幼馴染の親友は、いささか直情的で暑苦しく声もでかい。

 俺とは正反対の性格だ。

 本来なら反りが合わないのだが、優が居たお陰で俺達は親友になれた。


 その優が先週、急に学校を休み入院した。

 俺達は、優が休んだ初日の朝におばさん(優のお母さん)から

「大した事ないから、大丈夫だと」

 聞いていたが、午後に入院したと連絡が学校に届いた。


 担任の山並先生に聞かれたが、俺達も何も聞いていなかった。

 直ぐにメッセージを送ったが、返信はなかった。


 優の妹の舞ちゃんから情報話しを聞こうとしたが、タイミングが悪く捕まらない。

 翌日の午後に、山並先生から

「詳細は分からないが、検査のために入院」

 という情報が聞けた。


 山並先生も気になったらしく、舞ちゃんの担任経由で話を聞いてくれた。

 その日の夜に優から素っ気ない返信メッセージが届いた。

 その後は、何度もメッセージを送ったが既読が着くことはなかった。


 金曜の夜9時過ぎに、試験勉強の夜食を買いにコンビニに行く途中に優の家の前を通ると、優の部屋に明かりが点いていた。

 さっさと、夜食を買って再び優の家の前を通ると消灯していたが、家にいる確率が高いと思い、自宅に戻るとあきらに連絡を入れて翌日優の家に押し掛ける事を計画した。

 翌土曜日、あきらと共に優の家に行ったが生憎の留守だった。

 仕方ないので、あきらの家で試験勉強をする。

 途中、何度かメッセージを送ったが、相変わらず既読は着かない。

 夕方、家に戻る際に優の家の前を通ったが、まだ不在の様だった。


 日曜は、俺の家であきらと一緒に試験勉強を行い、夕方に章が家に帰った後にあきらから優の部屋に明かりが点いていたというメッセージが来た。

 押し掛けるかどうか議論したが、おばさんが優の部屋で何かしているだけかも知れないから、押し掛けるのをヤメた。


 月曜の朝、いつもの時間に優が来るのを待っていたが来なかった。

 今日も休みかと思って、あきらと共に学校に登校した。

 そうして、衝撃のホームルームが始まった。


「おい、零士。起きてるかー」


 クソ、思考が中断された。

「耳元で大声出すな」

 俺は、耳を押さえながら怒鳴る。


「さっきから話しかけても、生返事ばっかで上の空だったじゃないか」


「それは、すまん。先週からの出来事を整理していた」


「そうか。

 俺は、衝撃が大きすぎて、まだ処理ができない。

 それに、優に声をかける一番槍を三島さんに奪われたのも地味にショックだ。

 おまけに、今日のテスト、ボロボロだ」

 と言って、肩を落としている。


「優に声を掛けることが出来なかった俺達が悪い。

 テストがボロボロなのはいつものことだろう」


「ヒデーな。

 ちょっとは同情しろって。

 ほんとにどうしようか。

 クラスの連中は、優の事を転校生扱いすることで納得してたが、俺達はそれを受け入れらないだろ」


「たしかにな。優は俺達の親友ダチだ。

 別人扱いは出来ない。でも、直ぐに現実を受け入れろと言われても、混乱して受け入れられないのも事実。

 俺もお前も、気持ちを整理する時間が必要だ。

 お前は一人で悩むより、こうやってわめいている方が落ち着くのではないか」


「全くもって、そのとおりだよ」

 章は首をすくめ掌を上に向けている。


「悪いが、しばらく一人で愚痴ぐちってろ。

 俺は、もう少し情報を整理したい」


 何処まで、情報を思い出したっけ。

 今朝登校するまでだったか。


 ホームルームの時、山並先生が出欠を取った後、

「皆さんに、お知らせが有ります。

 本日より、神城が復学します。

 彼は、特殊な能力が発現したため検査入院していました。

 彼の能力は、世界的にも珍しく、国内では初事例との事です」


「ふん、今更能力に目覚めた所で大した事ない」

 悪態を付き、尊大そんだいな態度でわめくのが『神埼かんざき 綜一郎そういちろう』。


 能力発露時にDランク判定を貰い、祖父と叔父が対魔庁の幹部ということで威張ってる自称天才の糞傲慢野郎くそごうまんやろうだ。

 こいつは、事がある度に優に絡んで問題を起こす。

 こいつが優に絡む理由もクソくだらない理由だ。

 こいつは、三島さんの事が好きなのだが、三島さんはウザ絡みするこいつから何度も助けてもらっている優の事が好きなのだ。

 当の本人は、三島さんから好意を寄せられているのに気付いていない。

 なんとも不毛な三角関係が出来ていたのだ。


 山並先生は、神埼を無視して話を進めた。

「静かに。

 神城の能力は、非常に珍しい能力のため対魔庁の保護下にある。

 今回の復学も、社会復帰の一環として行われるものであり、護衛官が護衛する状態である。

 問題を起こさないように」


「ふん、関係ないね」

 神崎が反発する。

 全く、一々反抗して、みっともない奴だ。


 山並「とにかく、問題を起こさないこと。

 発現した能力については、このクラス以外には伏せているので、校内外に口外しないこと。肝心の神城の発露した能力だが、だ」


 神埼は、大声で大げさに

「ふばばば、マヌケなアイツにはふさわしい。

 どんなブスになったか楽しみだ」

 騒ぎ立てた。


 クラス全員で、神埼を睨む。


「神埼、いい加減にしろ。

 お前の言動は、酷すぎるぞ」


「うるさい。俺の言うことに一々反論するな。

 お祖父様や伯父貴が黙っていないぞ」


「言っておくが、今回、神城を受け入れるにあたって、学校全体に多数の監視カメラが新たに設置された。

 当然、お前の今の言動も既に録画されている。

 監視カメラの映像は、公安の方で管理される。

 神埼の親類の権力ちからでも揉み消せないぞ。

 分かったら、大人しくしろ」


「ちっ」


「色々と脱線したら纏めるぞ。

 神城は、今日から男子生徒ではなく女子生徒として復学する。

 対魔庁の保護下にあるため保護官が常に付き添う。

 性転換ついては、このクラスだけの公開になっているので、口外しないこと。

 分かったな。


 それでは、神城に入ってもらおう。

 神城、入ってくれ」


 教室の扉が開き、優が入ってきたわけだったが、クラスメイト全員で絶句した。

 憎まれ口を叩くしか脳のない神埼さえも口を開け放心していた。


 なにせ、入ってきたのが人だと最初認識出来なかった。

 幻想世界ファンタジーの住人と言った方がしっくり来る容姿で、学校の制服を身に纏っている。何の冗談だ。


 山並先生から再度紹介があって、これが優だと教えられたが、理解が及ばない。

 入室直前までは「どんな姿になっても親友ダチだ」と思っていたのに、一瞬で吹っ飛んだ。

 ホームルームが終わって、1限目までの時間にあきらがやって来て、アレが優と認知出来るかと聞いてくるが、正直に分からないとその時答えていた。

 あきらもクラスメイトも、相当混乱しているようだった。

 数人ずつのグループに分かれて、話をしている。


 女性化した優を気にしながら、1限目のテストをこなした。

 テスト開始直後に、魔力が動いた気がしたがそれ以上は分からなかった。


 1・2限の間の休みに、どのタイミングで優に声を掛けるかをあきらと相談していると、他のクラスメイト達も集まり優に対する見解を聞かれたが、お互いに男女差が激しすぎて同一人物と思えないと言う事で堂々巡りの話に巻き込まれてしまった。


 教室内が騒々しくなったので、優を探したが教室内には居なかった。

 しばらくすると、教室に戻ってきたが、全員で一斉に注目するものだから、萎縮いしゅくしてしまい自分の席に戻っていった。


 2限目のテストの開始時にも、魔力が動いた気配を感じたが何なんだろう。

 2・3限の間の休みに、あきらと共に優に接触しようとしたが、別のグループに捕まってしまった。

 優の動きを目で追いながら、これから優に接触を図る旨を伝えるが、俺達が優を見ているせいか多くのクラスメイトが優の挙動を見詰めていた。

 周りが邪魔で、接触が図れない内に優は教室を出てしまった。


 ようやく開放されたので、慌てて廊下に出るが何処に行ったのか分からなかった。

 前の時間と同じ様にしばらくしたら戻ってきたが、優が教室に入った所で全員が黙り込んでしまった。


 俺達が接触を図ると言ったので、注目しているのかも知れないが、優の落ち込んでる態度を見れば、俺達に拒絶されているように感じているのではないか。

 そう感じてしまった為、俺達は接触に躊躇ちゅうちょしてしまった。

 俺達を他所よそに、三島さんが優に接触したが、予鈴がなってしまった。


 3限目のテストの開始時も魔力が動いた気配を感じた。

 本当にこの魔力はなんなんだ。

 注意深く感知していないと分からない程の極短時間の小さな魔力の発動。

 魔力が動いた残滓ざんしを感知出来ただけで、方角も定かではない。

 何処の誰が使ったのかも分からない。


 テストが終わり、ホームルームが終わって放課後になった直後に、三島さんが動いた。

 社会の山本先生の渾名あだなを聞いて、本人確認するとか思いつかなかった。

 俺達は、とにかく優に接触してみようとか考えてなかったからな。

 その後、クラスメイト達は、女性化した優を転校生扱いすることで折り合いを付ける事にした。

 あきらは、転校生扱いに納得は出来ないが、同一人物と認識もできず、感情が爆発しそうになっていたので、人気ひとけの無い校舎裏に連れて来て今に至る。


 あと、あの馬鹿は、放課後になると早々に帰っていた。


 こうやって、今日の出来事と自分の行動を振り返ってみると、情けなくなる。

 結局、俺は日和ひよってしまって親友ダチを見殺した様なものだ。

 親友ダチ親友ダチだと認めてやることが出来なかった。


 章の言うことも理解できるが、それだとあまりにもお粗末だ。


「優は、連絡をしなかったのではなく、出来なかったのではないか?

 俺達に相談したくても出来なかったとも考えられる。

 ましてや、性別が変わってしまったんだ。

 不安は沢山あったはずだ。

 それなのに、弱音一つ俺達に漏らさなかったのは、出来ない状況にあったと考えたほうが優らしい」


 俺の独り言に

「零士、なんだって?」


「優の性格なら、俺達に一切の連絡と相談が無い事の方がおかしい。

 ならば、そういう事が出来ない状況にあったと考えたほうがアイツらしい」


「そうだな。優が一番苦しんでいた筈だよな。

 あー、俺の馬鹿ー」

 と大声を上げる。


「一々騒ぐなよ。

 気持ちはよく分かる。

 俺も似た様な気持ちだ」


「これからどうする? やっぱり、優に謝りに行くか」


「それしか無いだろう」


「どうやら結論が出たようですね。

 山田やまだ 零士れいじ君と見石みいし あきら君」

 の言葉と共にスーツを着た女性が現れた。


「誰だ!」

 俺は一応周りに人が居ないことを、能力を使って確認していたのに、この女は目の前に表れた。


「私は、優ちゃんの護衛官の一人で、氷室と言います。

 中々上手い、探知技術でしたよ」


「護衛官!!」

 と章が驚く。


「護衛官が、護衛対象から離れて良いんですか?」

 探知を回避された意匠返しのつもりで、皮肉を返した。


「問題ありませんよ。

 優ちゃんの護衛官は、戦闘職1名、雑務1名、救護1名の構成ですから、雑務の私が居なくても何の問題もありません」


「え、俺の探知を破ったのが、雑務担当・・・」

 俺の探知は、親父にも認められていたので、ショックだ。


「その通りよ。

 中学生レベルの能力者なら、私でも簡単に制圧出来ますよ。

 あの傲慢ごうまん君込でも、私が対応しても問題ありません。

 戦闘担当は、Bランクの教導官ですから、瞬殺決定ですよ。


 ところで、優ちゃんに謝りに行くんでしょ。

 一緒に行きますか?」


 俺とあきらは、顔を見合わせ決めた。

 正直、どの面を下げて優に会いに行けば良いか分からなかったから、渡りに船だ。

『お願いします』

 二人揃って、頭を下げた。


「じゃあ、一緒に行きましょう」

 俺達は、氷室さんの後についていった。

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