第110話 友達になってください

 部屋に戻ると、部屋の風呂に入って汗を流した後、普段通り渡されている課題を終わらせてから、今日の状況を整理してみる。

 

 寮の私の部屋は、1DK風呂トイレ付きの部屋だ。

 主室となる部屋も12畳と広く、台所のあるダイニングも8畳もある。

 風呂とトイレが別に設置されており、洗濯機を置く場所ある。


 一方、訓練生は、十二畳一間に机とベットとクローゼットが二組ある相部屋。

 候補生になると、六畳一間の個室になる。


 更に私は、1年生が行う事になっている共同浴場の清掃義務も免除されている。

 事情を知らないから仕方が無いけど、厚遇されている私を気に入らない生徒は多い。

 

 私個人としては、訓練生と対等でもいいのだけど、対魔庁としては福利厚生の一環に当てはまってしまう為、訓練生と同等扱い出来ず、職員(幹部)待遇を行わければならない。


 また、私の階級を知る職員は、私の経歴を察して同情的なのだが、それが余計に贔屓ひいきされている様に感じて反発している様だ。


 そして、実力差が想定以上に酷かった。

 一般人ですら感知出来る程の高密度高圧力の魔力を纏ったのに気づかないなんて思わなかった。

 しかも彼女一人ではなく、探知系の能力アビリティを持っている子も全く反応していなかった。

 クラス全員が反応できないなら、1年生はほぼ全員反応できない可能性が高い。

 上級生でも同じ可能性がある。

 トラブル対応手段の一つが使えない可能性が高くなった。

 この件は、ちょっと相談する必要がある。

 頭が痛い。


 入学初日から1年で卒業を検討しろと言われるとは思ってもみなかった。

 中学の卒業式の後に訓練所で会った教育官との模擬戦では、圧勝してしまったし、訓練校初日からクラスメイトとの関係が、不穏な様子なのだから選択肢としては在り得るのか。


 しかし、三上さんの予想が当たるとは思わなかった。

 たしか、守護者の公開演習が終わって数日後に「訓練校の連中は、早々に大学校に送り出そうとするだろうから、今から準備だけはした方が良い。今年の認定試験の募集は終わっているから、来年受験できるように今から準備をしよう。」と言われて高校の勉強もこなしていた。

 とりあえず、今年の高等学校卒業程度認定試験は受けるか。


 クラスメイトの関係は、どうしようにも無いから、なるようになる。

 状態が悪化したなら、1年で卒業すればいいんだ。


 そんな事を考えていたら、寝る時間になったので、考える事を放棄して寝る準備をして寝た。


 翌朝、普段通りに起きて、朝のルーティンを熟してから制服に着替える。

 筆記用具と予定帳と訓練着を入れた巾着袋を入れた鞄を持って部屋を出る。

 寮の玄関で富野さんと会った。

 すると、富野さんから郵便受けと下駄箱を寮監室の前の物に移動する様に言われた。

 なんでも、昨日の夜に怪文書を投稿しようとした馬鹿が結構な数いたらしい。

 当然、投函直前にその全てを見つけて、お説教をしておいたそうだ。

 なので、馬鹿が出来ないように寮監室の前に移動して欲しいとのことだった。


 言われた通り直ぐに移動させた後、食堂に向かった。

 今の時刻は、6時を少し回った頃だ。

 通常、食堂は、朝6時30分から開くが事前に申請していれば、6時からでも食べる事が出来る。

 私は申請してあるので、この時間に食べる事が出来る。


 朝食後、魔力制御訓練棟に向かう。

 魔力制御訓練棟に対魔庁のIDカードでロックを解除して建屋に入り、地下訓練室に向かう。

 この地下訓練室に設置されている魔力制御訓練装置は、訓練所の第3体育館に設置されている物と同等品が設置されている。

 地下の訓練施設で、8時まで魔力制御訓練を行ってから教室に向かった。


 教室に入ると注目されたが、遠巻きに見ているだけだと思ったら、昨日の3人組が挨拶をしてきた。

 完全に孤立していると思っていたから、ちょっと驚いた。


 その3人と会話していると、都竹さんが物凄く険しい顔をして近づいて来た。

 何事かと、クラス中が注目する中で私の前に立つと


「か、か、かみ、神城さん。」

 カミカミの上、緊張で声が上ずっている。


 平静に、努めて柔らかい口調で

「何でしょうか?」


「わ、わ、わ、私と友達になって下さい。」

 右手を差し出して、頭を下げた。


 ちょっと、面食らった。

 えーと、この子なんて言った。

 たしか、『私と友達になってください。』だったかな?

 友達?


 よく見ると、顔を真っ赤にして手が震えている。


 軽いため息まじりに笑みが溢れる。

 彼女の右手を両手で包むように取り、「よろしくお願いします。」と告げる。


 彼女は、顔を上げ、破顔するとそのまま床に崩れ落ちた。

 そして、泣き始めた。


「どうしたの?」


 「だって、入寮の際に一目見た時から、友達になりたくて。

 同じクラスだと分かった時、もの凄く嬉しくて、

 でも、私、緊張すると、目つき悪くなるし、それで今まで上手くいかなかった事が多くて、断られると思っていたから、嬉しくて。」


 この子なりに一生懸命だったんだね。

 優しく微笑んで

「もう、大丈夫でしょ。とりあえず、立てる?」


 「うん」

 私が手を引いて立ち上がった。

 その顔は、目元が赤くなっているが、はにかんだ笑顔だった。


 我に返った三人組は、自分達も友達だよねと確認するので、「そうだよ」と答えた所で、担任の霧崎教官が教室に入ってきた。

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