第47話 世情に巻き込まれて(2)

 長官の後ろで背広を男性が

「当たり前のことに時間をかける無能相手に、何の茶番をやっているのですか?」

 その一言に、周りから殺気が漏れる。


 人を見下し態度で

「能力者ってのは、最初から国家に飼われている存在なんだ。

 その生命を国の為に使うのは当たり前だろうが。

 お前達は、さっさとこいつが戦えるようにしろ。


 さあ、長官行きましょう。

 これ以上、ここに居るのは時間の無駄です。

 こいつらなど、指示一つでいいでしょうが」

 と言い放つ。

 こいつ、周りはいつでも殺れる状態になっているのに気づいてないのか?


「ああ、そうだな、これ以上は時間の無駄だな」

 長官はドスの効いた低い声で答えた直後、背広男性に向き返り、その顔面に右の拳を叩き込んだ。

 背広男性は、背中から倒れ顔を押さえている。


 床で顔を押さえながら

「何をするんですか、長官」

 と声を上げる。


「貴様の様な根性の腐った愚か者の相手など時間の無駄だと言ったのだ」

 と長官が男を見下ろしながら言う。


 男は上半身を起こし

「なにを血迷っているんですか。

 我々の様な上級国民がこんな下級国民に頭を下げたりするほうが間違っている。

 奴らは、我々の様な上級国民の為に尽くす存在なんですよ」

 と理由の分からない事を叫ぶ。


「ふん。

 今回の関係各国への根回しすらまともに出来なかった癖に何を言ってる。

 貴様らの怠慢たいまんのせいで、こんな年端も行かぬ子供を担ぎ出さなければらない事態を作った張本人が言う事欠いて、貴族気取りとは愚かにも程がある。


 どうやら、我々の次のターゲットは、貴様らの様な勘違い貴族気取りの馬鹿だ」


「長官、愚かなのは貴方の方だ。

 我々外務省の力がなければ外交などまともに出来ないこともわからないとは。

 今回のことは、貸しにしておきますよ」

 そう言うと、すくっと立ち上がり鼻で笑った。


 その直後、背広男性の真後ろに礼装の男性が音も立てずに移動して、右足で背広男性の右太ももに蹴りを入れた。

 バギっと音がすると共に背広男性は、その場で宙に浮く様に側転で一回転し、床に倒れた。


 男は

「足がー、足がー」

 と叫びながら、床を転げ回る。


山出やまいで事務次官、貴方を特別背任及び国家機密漏洩の罪で捕縛します。なお、貴方には逃亡の恐れがあるので先に足を折らせてもらいました。

 本部からは、貴方の生死問わないときていますので悪しからず」

 と伊坂さんが言うと

「何かの間違いだ。

 私が捕まるはずが無い」

 と反論しているが、長官が

「ようやく尻尾を捕まえたか?」

 と問うと、山本さんが

「本部より山出事務次官以下、外務省及びその関係者の汚職の確定情報の入手と選査せんさが完了の報と山出事務次官の生死不問の捕縛命令が届きました」

 と報告する。


 長官が

「それは、何時だ」

 と問うと、山本さんは

10:05ひとまるまるごーであります」

 と返礼した。


「ご苦労。

 この馬鹿を特別拘置所に放り込め」

 と指示を下すと

「は。対象の拘束及び移送を」

 と山本さんが指示だす。

 その声に答えるように扉が入り、完全装備の隊員が4名入ってきて、拘束と口枷を着けて引きづられて連れ出された。


 その直後、背広女性の携帯電話が鳴った。

 背広を着た女性が電話に出て、なにやら話し込んでいる。


 電話が終わったタイミングで

飯島いいじま君、どうかしたかね」

 と長官が問うと

「いえ、私の方にも山出事務次官の逮捕要請がきただけです。

 うちの長官には、既に終わったと伝えました」

 と答えた。


「なら、結構」

 と言うと、再び私の方に向き直り、私の目線に合わせて

「改めて、対魔物対策庁に入庁を決めてくれてありがとう。

 君の決断を無駄にしない様に最善を尽くす事をここに誓おう。


 ただ、近い内に何らかの示威じい行動を行う必要がある。

 それには、参加してもらう事になるので覚悟していて欲しい。


 山本君、依月いづき君 山崎君、君達に彼女を託す。

 示威行動についても意見があれば、遠慮なく上申じょうしんしてくれ。


 あと、あの馬鹿の事は済まなかった。

 能力アビリティが無い人間には一定数ああいう馬鹿がいるのだ。

 ただ、社会的に地位が高い人間の方が、あの手の馬鹿が多いので困ったものだ」

 と言うと、微苦笑を浮かべた。


 背広を着た女性が、長官の横に立ち

「岩倉長官。

 私も彼女に挨拶をさせてください」

 と声を上げた。


「ああ、構わんよ」

 そう言うと、立ち上がり飯島さんと代わった。


 飯島さんも膝を折って目線を合わせ

「私は、国家公安委員会補佐官の飯島いいじま まどかと言います。

 今回、我々の無茶な要求に応じてくれましてありがとうございます。

 戦争にならない様に、全力を尽くさせてもらいます。


 こんな少女に国の命運を背負わせる事になるなんて、我々はなんと無力なんでしょう。

 ごめんなさい」

 と言うと、頭を下げた。


 長官は、飯島さんの肩に手を置き

「たしかに、年端も行かぬ者に命運を背負わせる結果になった事は、誠に遺憾いかんだ。

 だが、彼女はそれを乗り越えられるだけの素質があるのは間違いない」

 と声を掛ける。


「私には、非力で可憐な少女にしか見えませんが」

 と返すと

「まあ、見た目だけならその通りだな。

 彼女の能力アビリティは、その力を暴走させれば都市など容易に壊滅する程の力を秘めてる。

 しかも、この状況でも冷静でいられる胆力たんりょくの持ち主でもある。

 私は、彼女の成長に期待している」

 と言うと、私に笑顔を見せた。


 飯島さんは、驚いた様子で長官の顔を見ながら

「容易に都市を壊滅させる程、凄いのですか?」

 と問うと、真剣な顔をして長官が

「そこがAランクとSランクの差だな。

 彼女が、激昂げきこうして破壊行動でも起こしていたら、我々は為す術もなく死んでいた。

 いや違うな、気づく暇無く皆殺しにされているな。

 その位、隔絶かくぜつした差だ」

 と言った。


 飯島さんが、驚愕の表情で私を見て

「にわかに信じられませんが、岩倉長官の言葉を信じます。

 大人でも、動揺したり、萎縮するような状況下でも冷静な娘ですからね」

 と言った。


 姿勢を正した長官が、威厳のある声で

「神城 優君」

 と呼ばれた。


「はい」

 急に呼ばれてビックリした。


「君の期待に応えられるように頑張らせてもらうよ。

 飯島君、我々はそろそろおいとましよう。

 君の成長に期待する」

 言い終わると、扉に向かってあるき出した。


「はい、それではお騒がせしました」

 こちらは、一礼してから扉に向かってあるき出した。


 正直、怒涛どとうの展開すぎてよく理解出来ていない。

 頭が混乱している。

 不意に肩を叩かれた。

 振り返ると霜月さんが済まなそうな顔をしていた。


「優ちゃん、大人の事情に巻き込んでしまって済まない」

 今にも泣きそうな声でそう言われた。

 軽い口調で

「大丈夫です」

 と言いたいのに、霜月さんの顔を見ると言葉が出てこない。


「神城 優君」

 山本さんに呼ばれたので振り返った。


「済まない」

 と言うと、いきなり頭を下げた。

 それを見た周りも一斉に頭を下げた。


「本来なら、我々が守るべき者に人殺しの覚悟をさせてしまった。

 これは、我々の力不足が招いた不徳だ。

 静岡支局は君を全面的に協力する。

 可能な限り便宜を計らうので遠慮なく言ってくれ」

 と言われ、思わず

「取り敢えず、頭を上げてください。

 それに、まだ戦争になると決まった訳ではありません」

 もう、頭の中は真っ白だよ。

 なのになんでこんな応答が出来るのよ。

 と内心あたふたしながら対応していると

「課長、その辺で勘弁してください。

 そろそろ優ちゃんが限界です」

 と霜月さんがフォローしてくれた。


「む、そうか」

 と言うと、頭を上げた。

 それに習って、他の人達も頭を上げる。


 若桜さんが、やってきてペットボトルを渡してきた。

「喉が渇いたでしょう。

 飲みなさい」

 と言われ、ペットボトルを両手に持って飲む。


 500mlのペットボトルを一気に飲み干して行く。

 無意識に緊張していたからだろう、相当に喉が渇いた。

 飲み終わって、周りを見ると生暖かい目で見られていた。


 私が飲み終わって、落ち着いた頃を見計らって山本さんに声を掛けられた。


「そろそろ、大丈夫そうだね。

 自己紹介をさせて貰いたい。

 私は、対魔物対策庁対魔物戦術課静岡支局支局長兼教導隊課長を務める山本 謙信けんしんだ。

 よろしく頼む」

 そう言うと、手を出してきたので握手をした。


「私は、思金おもいかね東海市局局長の依月いづき 忠徳ただのりです」

 依月さんとも握手を交わす。


「山崎君は、挨拶をしないのかね」

 と山本さんに言われた山崎さんは、山本さんと依月さんの後ろに立っていた。


「彼女とご家族には、ライセンス証をお渡しする際にお会いしてます。

 その時に挨拶を済ませていますから、大丈夫です」


「そうか」

 と言うと私の方に向き直り

「我々は、君の味方だ。

 何かあれば君の護衛役に言うと良い。

 可能な限り便宜べんぎを図ろう。


 この後は、君の護衛役の紹介と行きたい所だが、生憎と会議が入っているため直ぐに移動しなければならない。

 済まないが伊坂君、後の事を頼む。

 それでは、これで失礼する」

 そう言うと、課長さん達も出ていった。

 

「皆さん、忙しいのですね」

 何も考えずに、思いついた感想がそのまま口から出てしまった。


 誰かが、「もっとも大人な発言だ」と呟いたのが聞こえた後、私を除く全員が笑い出した。

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