第31話 撮影と遭遇

 モデルの話が纏まったということで、私達はお店の更に奥に移動した。

 店長「ここが撮影所。

 右手が撮影場所。

 左手が控え室。

 優ちゃん以外は、中央のここで寛いで待っていて。

 後でお茶を持って来させるから。

 優ちゃんは、取り敢えず控え室に行って準備をしよう」


 店長さんと一緒に、撮影準備をしている横を抜け控室に入る。

 控室には、二人のスタッフが居た。


 店長「今回の被写体の神城 優ちゃんだ。撮影予定の説明とメイクをお願い」

 店長さんは、そう指示をすると控室を出ていった。

 

 服を脱ぎ、下着姿に為るとバスローブのような物を羽織る。

 メイクをして貰いながら、撮影予定を聞く。

 1.着替えは撮影場所横の更衣室で行う。

 2.メイクは、ナチュラルメイクだけ。

 3.秋・冬それぞれ10着ずつは、最低限撮影

 4.撮影時間は3時間で、時間の許す限り撮影する。

 5.撮影は、カメラマン1人と撮影場所の全周囲カメラで撮る。

 これって、相当ハードだよね。

 

 メイクが終わると、更衣室に移動する。

 更衣室の横には、大量の衣装を吊るしたハンガー台車と小物を乗せた台車が置いてあった。

 更衣室の中は、大人3人入って着替えるのが精一杯の大きさだった。

 その中で待機していたスタッフの2人の前で、バスローブを脱ぐ。


 恥ずかしいのを我慢して、秋物の1着目をスタッフの人に着付けされ、撮影場所に移動して、言われた通りにポーズを取る。

 カタログ等に使うポーズなので難しいものはなく。

 2・3ポーズで撮影が終わり着替える。1着5分ぐらいの超ハイペースな撮影。

 更衣室では、着替えとヘアセットに1分掛からないで終わり送り出される。

 私は、指定された場所に立っている間に着替えが終わる為、何が起こっているか分からないが、凄いことをしているんだろうな。


 途中、少し休憩出来たけど、この繰り返し結構辛い。

 しかも、「笑って」って言われて無理に笑っていたから頬が引きつって痛い。


 撮影が終了して控室に戻り、メイクを落としてもらって、元の服に着替えている最中にが揺れた。


 ショッピングモール館内に大音量のサイレンがなり、大音量の緊急放送が入る。

「当館内に、空間振動が確認されました。

 従業員は速やかにお客様を誘導し館外に避難してください」

 再びサイレンが鳴り、避難指示の放送が繰り返される。


 私は、急いで服を着ようとするが上手くいかない。

 周りの空気が気持ち悪い。

 一緒にいるスタッフの山崎さんに手伝って貰って、ようやく服を着る。


 控室を出ると、若桜さんと霜月さんだけが居た。

 霜月「やっと出てきたな。

 他の人は、先に避難させた。

 行くぞ」

 霜月さんを先頭に、私、若桜さん、山崎さんの順で避難していく。


 サイレンと避難指示の放送以外、私達の周りは静かで、遠くから人々の喧騒が聞こえる。


 私達は、最寄りの非常口を目指して歩いて移動していると、子供の泣き声が聞こえた。

 私は、思わず足を止めた。


 若桜「優ちゃん、どうしたの?」

 その言葉で、一斉に足を止め私を見る。


「子供の泣き声が聞こえる」

 私の言葉で、一斉に聞き耳を立てる。


 霜月「私には、聞こえないな」


 山崎「私も聞こえません」


 若桜「私も、聞こえない」


 霜月「空耳ではないのか?」


 私には、ハッキリと聞こえている。


「こっち」

 私は、周りの制止を振り切って、泣き声の聞こえる方に走り出した。


 皆、慌てて追いかけてくる。

 1分程走った非常口から最も離れた場所の目立たない物陰に5歳位の女の子とその母親らしい人が居た。


 山崎「本当に居た」


 若桜「大丈夫ですか?」


 母親「足をくじいて動けません。

 どうかこの子だけでも連れて逃げてください」


 女の子「イヤ、お母さんも一緒じゃあないとイヤ」

 泣きじゃくり、母親にしがみつく女の子を、若桜さんが強引に抱き上げた。


 女の子「イヤー、 お母さんー」

 暴れる女の子に、若桜さんは優しく笑顔で声をかけた。


 若桜「大丈夫よ。

 お母さんも一緒に逃げるから大丈夫よ」


 女の子「本当に?」


 若桜「本当よ」


 若桜さんと女の子でそういうやり取りをしている間に、霜月さんが山崎さんの背に強引に女の子のお母さんを載せた。


 霜月「山崎、行けるな」


 山崎「もちろんです」

 女の子のお母さんは、何度も「すみません」と謝っていた。


 若桜さんが女の子を抱き、山崎さんが女の子のお母さんを背負って、小走りで私達は非常口に向かう。


 通路を挟んだ反対側に非常口が見える。

 あと、10m位の距離だ。

 しかし、私は前方の空間がきしんだ音が聞こえた。

 気持ち悪い風が、音が聞こえた方から吹いた。


「止まって!」

 私は、大声で皆を制止した。


 霜月「どうした?」

 振り返り、私に問いた直後、私達の前5m先の空間にひびが入った。


「あれ!」

 私が空間の罅を指さした。


 皆が空間のひびに注目した時、ひびは一気に広がり、空間が割れた。

 そして、巨大な生物が割れ目から這い出てきた。

 私達は、それに合わせる様に後退あとずさりをする。


 大型の爬虫類と思われる魔物が、私達の正面に姿を現した。

 頭は、天井付近まであるので3m位だろうか。

 顔幅と胴体の幅は、同じぐらいで1m位、両脇にはみ出した脚を含めた幅は3m位、体長は、15mは有りそうだった。 

 全身を赤黒い鱗に覆われて、鋭い牙と爪が見える。

 時折、長い舌が出入りしている。


「ドラゴン!?」

 私がそう言葉にすると


 霜月「違う、こいつは、火蜥蜴サラマンダーだ。

 全員散開して逃げろ。

 一箇所に固まると、ブレスが来るぞ。」

 その言葉に反応するように、前足を上げ私達に向かって振り下ろしてくる。


 私は、必死に避けた。

 火蜥蜴サラマンダーの前足を境に、霜月さん・私と山下さん・若桜さん・親子に分かれた。


 霜月さんは、火蜥蜴サラマンダーの前足が振り下ろされた直後に、火蜥蜴サラマンダーの胸元に飛び込み右手の甲に氷の刃を生み出し、火蜥蜴サラマンダーに右ストレートを放つ様に突刺した。

 しかし、火蜥蜴サラマンダーの鱗の前に刃が砕け散り、鱗に浅い傷を着けるだけに終わった。


 私は、火蜥蜴サラマンダーが笑った様に見えた。

 その直後、私は若桜さん達が居る方向とは反対側に吹き飛ばれた。


 視界が回る。目の奥が痛い。腕が痛い。体が軋む。

 目の前に床がある。

 起きなきゃ。

 顔をあげる。


 火蜥蜴サラマンダーが、悠然と目に愉悦を浮かべてゆっくりと歩いてくる。

 霜月さんが、行く手を阻むように立ち塞がり、両手に刃を生み出して打ち付けているが、火蜥蜴サラマンダーには全く効いていない。

 私は、必死の思いで立ち上がる。


 それを見た火蜥蜴サラマンダーは、舌を鞭のように振り下ろしてきた。

 私は、横に飛び込むようにして躱す。

 そして、私が体勢を立て直そうとしていると、舌を伸ばし、お腹を突き飛ばれた。

 私が、お腹を抑え苦しんでいると、舌を振り下ろそうとする姿が見えたので横に転がって躱して、立ち上がる。

 火蜥蜴サラマンダーが目を細めたように見えた。


 霜月さんの攻撃が効いたのか、火蜥蜴サラマンダーが下を向いた隙に逃げようと背を見せたら、強烈な一撃で吹き飛ばされた。


 火蜥蜴サラマンダーを見ると私が吹き飛ばれた方向に顔が向いているので、舌で薙ぎ払われたと思う。


 火蜥蜴サラマンダーは、私が気を失ったり、怪我で動けなくならない程度に抑えて、舌を鞭のように使って攻撃をしてくる。

 胴体を中心に狙われ、足や頭にはほとんど攻撃が来ない。

 徐々に攻撃の力を強め、速さを上げて、フェイントを絡めて間隔を詰めてくる。


 霜月さんの攻撃がわずらわしいのか、思い出したかのように霜月さんにも攻撃を加えていたが、霜月さんはこれを上手く躱している。

 火蜥蜴サラマンダーが霜月さんに攻撃する時は、私の時の何倍も早い上、一撃で床にも大きなダメージを与えていた。


 火蜥蜴サラマンダーは、私をなぶっている。

 火蜥蜴サラマンダーの顔が、私の大嫌いなアイツの顔に重なる。

 難癖を付けて私をおとしめようとするアイツの目とよく似ている。

 

 絶対に、負けたくない。

 戦う力が無い。


 死にたくない。

 逃げる力が無い。


 躱して、火蜥蜴サラマンダーのスキを作って距離を稼ぐんだ。

 火蜥蜴サラマンダーの舌に突き飛ばされた。


 体が痛い。呼吸するだけでも痛い。

 体は、まだ動く。


 火蜥蜴サラマンダーの動きもまだ見える。

 振り下ろされた舌を横に飛んで躱したが、そこから跳ね上げられた舌に脇腹を叩かれ転がった。


 つらいの

 まだ大丈夫


 俯せに倒れ込んだ私の背に、舌を振り下ろされた。

 床に叩きつけれた反動で、数回転転すうかいてんころがった。


 痛いの

 まだ、平気


 再び舌が振り下ろされようとして、転がって逃げた。


 誰か助けて

 自分で何とかするんだ


 もうイヤ!

 まだイケる!


 悲鳴を上げる心を正確に状況を把握する理性が強引に押し留める。


 私は、必死に躱し続ける。

 若葉「優ちゃん。魔力纏身まりょくてんしんよ。能力試験と同じ力で火蜥蜴サラマンダーに体当たりよ」

 若桜さんの叫ぶ声が、聞こえた。


 霜月「若桜、何を言っている」


 私は、何も考えずに言われた通りに実行していた。

 私自身が気付いた時には、背中を床に強打して横に転がっていた。


 我に返った私は、慌ててうつむき状態から上半身を起こした。

 目の前には、火蜥蜴サラマンダーの口があった。

 その口が開いた。

 そして、赤い何かが勢いよく吐き出された。

 私は、その何かに吹き飛ばされた。


 仰向けにひっくり返っている私の視界に、霜月さんが写った。


 霜月「優ちゃんのお陰で火蜥蜴サラマンダーを倒せた。

 もう大丈夫だ」


「もう大丈夫?」


 霜月「ああ、もう大丈夫だ」


 私は、起き上がり床に座り込んで周りを見た。

 目の前に、床に伏せて動かない火蜥蜴サラマンダー

 その奥に、若桜さん達がこちらに向かってくるのが見えた。


「そうか、終わったんだ」

 途端に襲ってくる、安堵、恐怖、開放感、絶望感、喜び、痛み。

 私は、目の奥から溢れるものを、押し止める事が出来ない。

 自分の感情が分からない。

 何が何だか分からない。

 たましいの奥から大声で、泣き喚いた。

 泣いて泣いて泣いていた。

 この日の記憶は、この後なかった。

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