第146話 宿泊棟の大掃除(4)

「え、隊員って一度に300kgも運ぶのですか?」

 田中さんが驚いた声で叫ぶ様に尋ねた。


 山本さんがその問いに答える。

「一般隊員は、それ位だ。

 山や僻地に荷物を運ぶ人、歩荷ぼっかの人達でも1度に100kg位持って歩く。

 身体強化の能力アビリティもしくは技能スキルを使える隊員がその3倍持って走る位不思議でも無いだろう。

 それに、兵站へいたん専門の部隊なら一人あたり700kgを運ぶのが当たり前だ。


 その為に、俺達は普段から重量物を持って移動する訓練を積んでいる。

 そうだな、一般隊員なら500kgを担いで訓練校の障害物コース20kmを1時間以内で走れる様に訓練する」


「すごい」


「そうか? 俺なら1,000kg、1tトンを持って30分掛からないぞ」

 山本さんが伊坂さんに視線を送る。


 伊坂さんは

「俺は、1.5tトンで20分だ」

 と返す。


「私も1.5tトンで20分です」

 と私も答える。


「え、神城さんも1.5tトン持って走るの?」

 田中さんが驚きと戸惑いが混ざった声で聞いてきた。


「走りますよ。

 訓練校に来てから走れていないので、次の訓練日に走るつもりです。

 訓練校で走ると、色々と面倒事が起こりそうなので止めています」


 私の回答に山本さんが

「その方が、賢明だ」

 とフォローを入れる。


能力アビリティは、使い手に依って特性を大きく変える。

 同じ能力アビリティ・魔力量でも、全く同じにはならない。

 だから、各人の特性に合った能力アビリティの成長をさせる事が重要なんだ。

 だからと言って、神城さんの様な使い方は正直想定外だ。

 そもそも、能力アビリティを戦闘用途以外に使う用途は極少数だ。

 それなのに、能力アビリティを掃除に転用出来るなんて考えた事も無かった」

 伊坂さんの驚きと呆れが混ざった感想に対して、山本さんは

「ああ、しかも地味だが、高度な技を使っている」

 と、感心していた。


 田中さんは、不思議そうに

「そうなんですか?」

 と尋ねた。


「水を円盤状に維持させる。

 更にその状態で回転させる。

 そして、空中に浮かしながら掃除する面に当てつつ移動する。

 この3つを同時に制御している。

 それに、接触面に水滴が残っていないところを見ると、水自体にも何らかの細工をしている思う。

 そして、集めたゴミを1箇所に集め、脱水して、排出とかどういう操作をしているのか見当もつかん」

 山本さんの説明に、田中さんは感心と尊敬の眼差しで私を見ている。


 伊坂さんが都竹さんを見ながら

「そっちのお嬢さんは静かだけど大丈夫か?」

 声を掛ける。


 声を掛けれた都竹さんが我に返り

「え、私は、大丈夫です。

 でも、私なんかが神城さんの友達で良いのかなって思ってしまって」

 自身の心情を漏らした。


「別に良いんじゃなねいか。

 神城さんも友人として紹介していたしな。


 もっとも、お前さんの悩みは、圧倒的な実力差を目の前にして、劣等感を抱いたからだろ」

 山本さんに指摘され、都竹さんは、ハッとした顔で山本さんを見る。


「だったら、何も問題ない。

 その劣等感を糧に強くなれば良いだけだ。

 頑張って実力差を埋めてみろ。

 そうして、堂々と友達だと言える位強くなれば良い。


 ただ、お前が頑張っている間も、こいつは成長していくからとてつもない努力が必要だぞ」

 おお、山本さんがなんか良い事を言っている。


「分かりました。胸を張って友達だと言える位頑張ります」

 都竹さんの顔に、新たな決意が浮かんでいる様だ。


「おう、がんばれ」


「普段の言動が軽い事と平田さんが絡まなければ、有能な人なのにな」

 とボソっと小声で零すと、山本さんは目に見えて動揺し、周囲に笑いをもたらしていた。


「さあ、そろそろ掃除に戻ろう。さっさと終わらせよう」

 伊坂さんの言葉で、それぞれの仕事に戻る。


 私が水回りの掃除を再開し、伊坂さんと山本さんが、粗大ゴミを宿泊棟の外に運び出し、田中さんと都竹さんが埃や大きめのゴミをホウキで掃く。


 2階の全ての部屋の掃除が終わり、階段を掃除し、玄関を掃除していると1台の車が宿泊棟の前に止まった。


 車から降りてきたのは、高月さんと平田さんだ。

 挨拶を交わした後、高月さんが

「うちの男共が居ないけど逃げた?」

 と聞くので

「ゴミ捨てに行ってます」

 と答えると

「そっかー。いくら掃除してもロクにキレイにならないから逃げたかと思った」

 と行ってケラケラと笑っている。


 一方平田さんは、あんまり顔色が良くない。

「平田さん、顔色が悪いです。中で診断しましょう」


「え、ああ、大丈夫よ。

 だた、ちょっとね。

 ここって雰囲気あるでしょ」


「?」


 高月さんが、ニヤニヤしながら

「南はおばけが苦手なのよ」


「ちょっと彩芽あやめ、勝手に暴露しないでよ」

 平田さんは、頬を染め拗ねたようにそっぽを向いている。


「多分、問題は無いと思います。

 取り敢えず中に入りましょう。

 診察もしたいので、大広間の方に行きましょう」

 きびすを返して、建屋の中に入る。

 高月さんは普通に、平田さんは渋々と言った感じでついて来るが、一歩建屋に入ると二人揃って感嘆の声を上げている。


 玄関で足が止まっている二人を置き去りにして、大広間に設置してある応接セットの横に丸椅子を2個置く。

 この丸椅子は、リネン室の奥に置かれていた物で、10脚程見つかった。

 当然、この丸椅子も掃除をしてきれいにしてから、大広間の壁際に置いていた。


 大広間に入ってきた高月さんは

「ここもきれいになってる」

 と言って周りを見渡し、平田さんは

「全然埃っぽくない」

 と驚いている。


 平田さんを丸椅子に座らせ、平田さんと対面して丸椅子に座る。

 平田さんに鑑定を掛けて状態を確認する。

 真正面から見られて、居心地が悪い様で身を捩っている。


「平田さん。

 魔力を使いましたね。

 魔力塊マナ・コアが不安定になっています」


「えーと、その」


「今は、狂戦士バーサーカー能力アビリティで体の回復を促している最中だから、余剰魔力は無いと説明しましたよね。

 今、魔力塊マナ・コアに余分な負荷を掛ければ治療が長期化する事も説明したはずですが」


 しどろもどろに

「だって、弱くなると思ったら、居ても立っても居られなくて」

 と零すのだった。

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