第39話 世情は動く(1)

 汚物と化した神埼を見下ろしている。

 近づきたくないし、触りたくもない。


 霜月さんが、教室の外に声を掛ける。

 10人が入ってきて、神埼に猿轡さるくつわを着けると、巨大なボストンバックの様なものに押し込んで、二人がかりで持ち去った。

 残った人達が、一斉に後片付けを行い10分程度でいなくなった。


 私は、呆然とその様子を見守っていた。


 霜月「よし、これで今日の予定は完了だ。お疲れ様」


 氷室「お疲れ様です。」


 若桜「お疲れ様、さすが先輩。殺気だけで気絶させるなんて。」


 霜月「それは、事前に若桜がアレの心をへし折っていたからだ。

 優ちゃん、どうだった?」


「若桜さんが、こんなに強いとは思っていませんでした。」


 霜月「戦闘に不向きに見えるからな。

 1対1の対人戦なら、地域防衛隊隊員に負けることは無い位強いよ。

 魔力運用についてはどう見えた。」


「神崎は、魔力を集めるのも遅く、集め方も雑で放つ前から霧散むさんしていました。

 若桜さんは、必要な箇所に素早く、必要な量と強度が移動して、一切霧散していませんでした。」


 霜月「それだけ分かれば上出来だ。

 若桜は、最適化された動きで無駄がない。

 魔力の配分と収束が正確無比で素早く行えるから戦闘系能力せんとうけいアビリティが無くても強い。

 茶番を仕込んだかいが有ったもんだ。」


 霜月さんが笑い飛ばしている様に、今回の襲撃しゅうげきは予見されていたので事前に対策が準備されたのだ。


 話を聞いたのは、3回目の定常出力訓練をしている最中だった。

 学校内での様子は、監視カメラと氷室さんで見ていたそうだ。

 私の状態を確認する以外に、要注意人物や不審な動きをしている人物が居ないかを確認していたそうだ。

 そんな中、試験の間の休み時間に、要注意人物である神崎が外部と連絡しているのを見つけたので、氷室さんが通話先と内容を確認した。

 氷室さんに「貴方は忍者かスパイですか?」と問う前に、「私は、忍者でもスパイでもありませんからね。証拠の映像と音声は取得済みです。盗聴等の方法は秘密です。」と先手を打たれた。


 その内容が、私を捕まえて奴隷にしようという内容だったようだ。

 そのために、地域防衛隊の人間に捕縛・移送を行わせ行方不明にし、公安の協力者が事実関係を揉み消すつもりだったらしい。


 霜月さん達が立てた計画では、霜月さんと氷室さんが私の側を離れる事で、私を捕まえやすい状況を作って神埼を誘き出し、霜月さんと氷室さんが捕縛・移送の為に来た地域防衛隊隊員達を足止めしいる間に、若桜さんが神埼を捕縛する。


 その後、問題の地域防衛隊隊員達に神埼を引き渡す。

 引き渡す際に、公安の特別収容所に移送するように指示する。


 問題の地域防衛隊隊員達は、当然指示を無視をして奴らの隠れ家で神埼の拘束具を外そうとするはずだと。

 神埼に取り付ける拘束具は、研究所謹製けんきゅうじょきんせいの最新型発信機付き拘束具で、公安・警察・地域防衛隊等で使っている拘束具に似せたデザインだが性能は段違いの物らしい。

 当然、解除キーも全く異なる物なので、奴らは様々な拘束具の解除キーを集めようとするはず。

 各部署で、その様な動きをする者を一斉に取り押さえ、神埼一味を一網打尽いちもうだじんにするという。


「こんな短時間でそんな事出来るかな」という問いに、汚職が横行していて以前から壊滅作戦が立てられていたそうだが、中々突破口が開けなったのだが最近、突破口が見つかったので近々壊滅作戦を決行する予定で準備は完了していたそうだ。

 丁度よいから、今回の件を使って壊滅作戦を決行することになったそうだ。


 ちなみに、この話を聞きながら行った定常出力は、制御が安定ぜず都度つど若桜さんに指摘を受けていた。


 後は、休憩の間に魔力視と魔力運用の基礎の基礎と使い方を教えてもらった。

 襲撃者が襲ってきたら、魔力視を使って襲撃者と若桜さんの戦闘の違いを観察して、後で違いを確認するからと言われた。


 物思いに耽っている私は、氷室さんの声で現実に引き戻された。



 氷室「連中、郊外の拠点アジトに向かってますね。

 車3台に裏切り者10名と撒き餌が同じ方向に向かってます。

 彼奴等あいつら、連絡で女性護衛官3人と聞いていたから、私達もまとめてさらってしまおうとでも思っていたんでしょう。」


 霜月「そうだろうな、1対1なら時間が掛かるが1対3なら手早くやれるとでも思っていたんだろう。私達が迎えに出たら驚いていたからな。」


 氷室「地域防衛隊には、護衛中に襲撃あり襲撃者を捕縛したので、で公安の特別収容所への移送要請を行っただけですから。数で圧倒するつもりだったんでしょうが、こちらには霜月さんがいましたから何も出来ませんでしたね。」


 霜月「半月前の定期合同訓練で完膚なきまでに叩いた連中だったからな。

 それで、神埼に協力していた教師はどうした?」


 氷室「公安の別動隊で、身柄を確保しましたよ。」


 霜月「そうか、ならこちらは終わりだ。

 後は、対魔物戦術課うちと公安の捕縛隊の仕事だ。

 連絡は済んでいるんだろう?」


 氷室「当然完了してます。太和教導官がかなり張り切っている様です。」


「あのー、なんでさっきの人達の行き先まで分かるのですか?」


 氷室「彼奴等が潜伏しそうな場所は、事前調査で特定済です。

 人数と位置が分かるのは、さっきのドタバタの間に裏切り者達と車に発信機を付けたからですよ。」


 若桜「ほんと、弥生やよいちゃんは、こういう斥候役しごとをやらせると右に出る者はいないね。

 今日は、戸締りして帰りましょう。

 このまま優ちゃんを研究所か自宅にお持ち帰りしたい所だけど。」


「え?」

 思わず、若桜さんを見ていた。


 氷室「その方がより安全なんですけどね。

 あと、私の家でも良いですよ。」


「は?」

 氷室さんの方に振り返った。


 霜月「現状の問題として優ちゃんは、未遂みすいとは言え誘拐と人身売買の被害者だ。

 マスコミがたかって来てもおかしくない。

 本当は、保護施設か護衛官との共同生活が望ましい。

 だから、1ヶ月程保護施設か護衛官との共同生活も検討して欲しい。


 今日の所は、優ちゃんの自宅に送ろう。

 ただし、決して一人で家から出ないでくれ。

 いや、護衛官無しで家から出ない事。


 これから暫くの間、世間は荒れるから本当に危険な事が起こる可能性が高い。

 そんな中で、暴走されたら間違いなく悪役になってしまう。

 だから、

 。」

 真顔で、力強く言われた。


 私は、うなずく事しか出来なかった。


 霜月「よし、帰ろう。」


 自宅に帰ってきた。

 出迎えた母さんに氷室さんが、学校での出来事を話して施設で私の保護を検討して欲しい旨と、明後日の試験休みに研究所の方で体の状態確認を行いたいと話していた。母さんは、父さんと一度検討してみると回答していた。


 この後は、遅い昼食を食べて、父さんが帰って来るまで部屋で勉強していたよ。

 本当だよ・・・家から出られないから。

 舞と母さんは、私を着せ替え人形にしたがるし、一人で遊ぶにしても、元々3人で遊ぶことが多かったから、ゲームとかも3人で遊ぶものばっかり、1人で遊んでも面白くない。

 以前なら面白かったはずの動画も面白くない。

 漫画も読み飽きているものしか無し、学校休んでいた分を取り戻さないといけないから、勉強するしか無いの。(かなしい)


 夕飯等が済んだ後にリビングくつろいでいる父さんに、母さんと一緒に今日学校で有ったことを話し、氷室さん達が私を一時的に保護施設への避難を検討して欲しいと言っていたことを話すと、避難する事に賛同した。


 理由を聞くと、テレビを点けてニュース番組にチャンネルを変えた。

 ニュース番組では、国家公安委員会と対魔物対策庁の合同部隊が国会を占拠して、総理大臣や閣僚を始めとした多くの国会議員を捕縛した上で、全国にテレビ・ラジオ・ネットで生放送を行い、罪状と証拠映像を放映している様子が紹介されていた。


 ニュースキャスター「今回の騒動は、国家公安委員会と対魔物対策庁が中心となって行われたクーデターです。

 司法・警察・防衛省もこれに同調して、治安維持及びクーデターで犯罪者指定された人物の逮捕、企業への強制捜査に協力しています。


 クーデターによる逮捕者は、既に300名を上回っており、関連する企業・団体は1000を超えていると言われています。


 現役総理大臣を含む閣僚かくりょう及び国会議員が、売春・人身売買・賭博組織を運営し、国家公安委員会、対魔物対策庁、警察の協力者に隠蔽工作いんぺいこうさく誘拐ゆうかいを行わせたうえ、税金でこの組織を運用していました。

 この事実は、国民を食い物にした背信行為はいしんこういであり、重大な裏切りです。」


 ここで、父さんはテレビを消した。

 父「優も、未遂みすいとはいえ、これの被害者の一人だ。

 マスコミの餌食えじきになる可能性が高い。

 今の優なら、私達との関連もあまり疑われない。

 優のためにも家族の為にも、一時的に保護を受けた方が良いと父さんは思う。」


 母「世間の情勢は、気にしていなかったわ。

 確かに、今の状況が落ち着くまで避難していたほうが良いわね。

 幸い、まだご近所に今の優ちゃんの事、あまり知られていないから。」


 舞「ぶーぶー。折角、お姉ちゃんを着せ替え人形に出来ると思ったのに。」


 母「それは、仕方ないでしょ。

 情勢が落ち着いてからでも十分出来るでしょ。

 今は、家族の安全が最優先よ。」


 母さん、私を着せ替え人形にするのは決定事項ですか・・・


 母「そうとなると、明日から避難できるように荷物を纏めないと。

 優ちゃんも、避難先に持っていく物を準備しなさい。」


 母さんと私は一緒に部屋に戻り、荷造りを始めた。

 手持ちの着替えと洗面道具等で、そこそこ大きいキャリーバックがいっぱいになった。そこに、勉強道具一式を持っていくから、結構な量になった。

 男の頃なら、少し大きめのリュックサックで事が足りたのに・・・。

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