第215話 天才と凡愚(3)

「その通りよ。何も対策をしなければすぐに頭打ちよ。

 だから、各人が工夫して速く走れる様にしているでしょう。

 当然あなたもしている筈よ。

 なにか思い当たるものは?」

 と山奈さんが飛騨さんに問いかける。


 飛騨さんは、腕を組み首を傾げうなりながら少し考え込んだ後

「いくら力を込めても上手く力が入らないから、足の回転速度を早めたとかが当てはまりますか?」

 と答えた。


「そういう事よ。

 力が強くて滑るなら、滑らないギリギリの所で工夫するでしょ。

 足の回転数を増やしたり、地面の接地面積を増やしたりするでしょう」


「接地面積を増やす?」


「地面や道路に雪が積もったら、滑らない様に足の裏全体を地面に着ける様に歩くでしょ」


「あっ、ペンキン歩きですね」

 飛騨さんの一言に、周囲で吹き出す人もチラホラいた。


 山奈さんは、咳払いを一つして

「要は、足の裏を地面に押しつける様にして接地抵抗を増やすのよ」

 と言うと

「それって、走り難いですよね」

 と返した。


「そうよ。

 だからランクが上がる程、タイムの縮み幅が減少するの」


「ナルホド、だから高速走法があるのですね」


「その通りよ。高速走法は、先程話したから大丈夫かな?」


「それは大丈夫です。

 スパイクを作る方法と足場を強化する方法ですよね」


「その通りよ。それで疑問は晴れた?」


「あのー、それが、まだ分からない事があって」


「何かな?」


「えーと、なんと言ってら良いのかな。

 神城教導官が移動した際に、ブレていないのにブレた?様に見えたのですが?」


 これは、私達も何を指しているのか分からないので

「飛騨、無理に言葉だけで説明しなくて良いですよ。

 普段通り、思った事を口にしてください」

 と言うと


「あ、え、それでは。

 こうバーンと移動して、キュッと方向変換して、この近辺でぼやけて、次の瞬間には普通に見えていたのです。

 他にも、くるっと回ったと思ったら、ぼやけて、次の瞬間に移動していたりと良く分からない現象が不思議で」

 と身振り手振りを交え話した。


 周辺の席に座っている隊員達からは、またかみたいな感じで呆れている。

 普段の会話でも、こんな感じなんだろう。

 まあ、言っている内容は、抽象的で、要領を得ないが、大凡おおよそ伝えたい事は分かった。


 なので

「飛騨さん。言いたい事は理解出来ました。

 言葉で説明するより、間近で見た方が理解出来るでしょう。

 後で見ますか?」

 と言うと

「はい。お願いします」

 と言って立ち上がった。


「飛騨さん。実演は食後にしましょう」

 と言うと

「あっ」

 と言って周囲を見渡し顔を真赤にした。

 周囲では、クスクスと失笑が漏れていた。

 飛騨さんは、静かに席に座り直した。


 私は隣りの席のみおさんに

「飛騨さんって、面白い人ですね」

 と言うと

「一緒に居ると退屈しない。

 天然な部分もあるけど問題ない。

 才能は十分ある」

 と返ってきた。


 食後、10分程休憩してから、近くの広場に移動する。

 飛騨さんは、休憩中や移動中も何処かワクワクした様子だった。


 広場と言っても、建屋間の空きスペースなのでそれ程広くはない。

 そこに、私と飛騨さんが5m位の距離で対峙する様に立った。

 私達の周囲には、食堂での会話を聞いていた隊員達が、野次馬として取り囲んでいる。


 私は飛騨さんに

「動きを実演しますから、しっかりと見極めなさい」

 と告げ、を行う。


 30秒程度実演を行い

「どうですか。何か掴めましたか?」

 と尋ねると

「えーと、こうかな」

 と呟いた直後、私を真似る様に横に高速移動し、軌道を変える瞬間に盛大にひっくり返った。

 周りからは盛大に笑いが起こったが、飛騨さんは気にする事無く再び高速移動からの方向転換を行い転げた。

 それでも挫けるとこ無く、何度も挑戦しているが上手くいかずに転がってばかりだ。

 周りは笑っているが、私、山奈さん、黒崎さん、みおさん、もえさんは、真剣に飛騨さんの動きを見つめている。


 飛騨さんの転んだ回数が10回を超えたあたりで

「制御が追いついていない。

 高速思考、並列思考を使いなさい」

 と黒崎さんが指示を飛ばす。


 飛騨さんは

「はい」

 と返事をしてから再び試行を繰り返す。

 ベテラン勢の顔に戸惑いが浮かんでいる。

 通常の高速走行の訓練と違う事に気づいたのかも知れない。


 更に5分程経過すると、不格好ながら高速ターンを行う事が出来た。

 その後も、私達教導官からの厳しい指摘・指導が飛ぶ。


 初めは笑っていた者達も私達の真剣さが伝わったのか、飛騨さんが転んでも誰も笑う事は無くなった。


 広場に出てから20分ちょっと過ぎた。

 私は、山奈さんと黒崎さんに視線を送ると、二人共頷いた。

 飛騨さんが転んだ所で

「そこまで。

 不完全ですが、必要最低限の基礎は習得出来た様なので終了します」

 と宣言する。


 飛騨さんは、慌てて立ち上がり

「ありがとうございました」

 と言って頭を下げた。


 直ぐにみおさんともえさんが駆け寄り

愛美まなみ、あなた土まみれよ」

 と声を掛けた。


「え、あ、本当だ」

 と自分の身体を確認して、服に付いた土を払い落としている。

 澪さんも背中の土を払い落としている。


「夜勤前にシャワーを浴びた方が良いよ」

 と言われ

「分かった。シャワーを浴びてくる」

 と言って、私達に一礼してから走っていった。


 みおさんともえさんも、私達に一礼してから飛騨さんを追いかけて行った。

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