第214話 天才と凡愚(2)

「そうですね。

 今の飛騨3曹でも、正しく高速走法を扱う事が出来れば、100m3秒を切る事が出来ると思いますよ」

 と言うと

「え?」

 とまぬけな答えが返ってきた。


「いや、そんな、ランクD7の私がランクAの速度なんて出るはず無いです」

 と言って、私の方に指を大きく開いた手の平が見える様に両手を突き出して、首をフルフルと左右に振っている。


 隣に座る澪さんが、飛騨さんの頭に手刀を落とし

愛美まなみ落ち着け」

 と言った。

 その飛騨さんは、涙目で頭を押さえている。


愛美まなみ、優ちゃんは高速走法を正しく扱えたらという仮定の話をしだけよ」

 と萌さんも宥めている。


「う、う、すみません。取り乱しました」

 と涙目で謝ってくるので

「別に気にしていませんよ」

 と答えると

「ありがとうございます」

 と答えた。


「100m走のランク別標準時間なんてただの目安よ。

 アレは、身体強化を使った場合の参考時間タイムでしか無いのよ。

 私達相手では、無意味ね」

「この駐屯地に来た教導官は、全員亜音速まで出せる。

 戦闘速度領域が違う。

 この駐屯地で、まともに戦えるのは上位者だけ」

 と山奈さんが言葉を黒崎さんが続けた。

 それを聞いた飛騨さんと周囲は、「えっ」驚きの声を上げた。

 声を上げたのは比較的若い隊員達で、ベテラン隊員達は苦笑いをしている。


「ランク別標準時間を見て何も思わなかったの?」

 と山奈さんが飛騨さんに問うと

「すみません。疑問に思った事ありません」

 と答えた。


「じゃあ、ランク間の時間差って、ランクが上がる毎に幅が短くなっているのよ。

 それについてどう思う?」


「ランクが上がると、時間を縮めるのが難しくなっているって事ですよね」


「そうよ。

 でも、ランクが上がると魔力量は10倍になるのよ。

 当然、身体強化もそれ相応に強くなるのに、タイムの伸び幅が縮むっておかしいでしょ」


「言われればその通りです」

 ハッとした様子で飛騨さんは返した。

 そして「どうしてだろう」と言って腕を組んで考え始めた。


「うーん」

 と唸りながらしばらく考え込んでいたが

「だめだ。分かりません」

 と考えるのを諦めた。


 山奈さんが苦笑いをしながら

「大きな障害が出るからよ」

 と言う。


 飛騨さんは

「大きな障害?」

 と言って首を傾げている。


「それは、摩擦抵抗よ」


 飛騨さんは

「摩擦抵抗?」

 と復唱したたが、顔は呆けている。

 どうやら理解出来ていない様だ。


「まず第一に空気抵抗ね」


「空気抵抗?」

 頭に?マークがいっぱい浮かんでいると言わんばかりの表情だ。


「移動速度が上がると、空気の摩擦抵抗が大きくなるのよ」

 と山奈さんが言ったが、飛騨さんは理解出来ていない。


「自動車の走行中に、窓の外に手の平を出すと抵抗を受けるでしょ。

 また、向かい風の時は、普段よりも歩き難いでしょ」


「えぇ、確かに」


「速度を上げる。

 抵抗が強くなる。

 更に速度上げる。

 水の中を走る様な感じになる。

 だからより多くの力が必要になる」


「それは分かります」


「じゃあ、次ね。

 第二は、接触摩擦抵抗よ」


「接触摩擦抵抗?」


「そうよ。

 物に触れている時の摩擦抵抗の事よ。

 地上を走る場合は、地面やアスファルトと靴との摩擦抵抗になるわね」


 飛騨さんの顔は、さらに訳が分からないと言った顔になった。


「じゃあ、地面と氷の上のに立った時の違いは?」


「地面は、普通に立てます。

 氷の上は、滑るので立つのが困難です」

 飛騨さんは、何故その様な事を聞かれているのか理解出来ていない様だ。


「その違いは、摩擦抵抗の違いで生じるものよ。

 地面は十分な摩擦抵抗があるから滑らないけど、氷は摩擦抵抗が小さいから滑るのよ」


「へぇー、足場が滑るのは、その摩擦抵抗が小さいから滑るんだ。

 じゃあ、雨が降ったり、雪が降ると足元が滑り易くなるのも、水や雪で摩擦抵抗が小さくなるからかな?」


 山奈さんは、ちょっと呆れた感じで

「その通りよ。学校で習ったでしょう」

 と言うと飛騨さんは

「申し訳有りません。どうにも理科とか物理とか昔から苦手で」

 と言って、右手を後頭部に持っていき笑って誤魔化している。


 山奈さんが深い溜め息をついた。

 これで良く選抜試験の学科試験を突破出来たと思う。


 するとちょっと呆れ顔の萌さんから

「彼女、超感覚派なのよ。

 物事を感覚的に、自分の感覚に置き換えて理解するタイプだから、一度理解するとしっかりと身に付くみたいよ。

 だから、頭も悪くないよ。


 それに、優ちゃんの戦闘を見て違和感を感じるけど、それが何か分からないと言うから、質問させてみたの」

 と言った。


「まあ、いいわ。

 接触摩擦抵抗は、足場等が受け止める事が出来る力の大きさを表すと思って。

 その受け止める力を超えると、滑ると思っていいわよ」

 と山奈さんは、ちょっと投げやりに言った。


「でも、そうなるともっと早く、頭打ちになりませんか?」

 と疑問を呈した。


 山奈さんと黒崎さんは、目を見張った。

 飛騨さんは、思いついた疑問を口にしただけだろうが、この問題の核心を突く質問だった。

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