第213話 天才と凡愚(1)

 立上がらない者、戦意を喪失した者には、戦意を見せる者よりも優先的かつより強烈な攻撃を加えていく。

 肉体は強制的に治療されている為、大したダメージは残らないが、精神と魔力は限界に達し、原型を留めている装備は皆無だ。

 その様な状態の愛知方面隊に対して、更に攻勢を仕掛ける。


 そして、荻原に強烈な一撃を撃ち込み、地面に縫い付けた所で

「そこまで、訓練終了」

 の号令が掛かった。


 私は棍を一振りした後、棍を消して太和さんの元に歩いて行く。

 グランドには、自分の足で立っている愛知方面隊隊員は皆無だった。


 そして、訓練終了の号令が掛かった事を理解出来たのか分からない。

 不思議な静けさが支配する。


 太和さんの元に着くと

「神城、ご苦労さん。

 時間だ。

 上がってくれ」

 と言うので

「では、お先に失礼します」

 と言ってグランドを後にした。


 私がグランドを出ると、愛知方面隊の隊員達から嗚咽やすすり泣く声が聞こえ始めた。

 私は、振り返る事もせず、その場を後にした。


 シャワーを浴びた後、食堂で山奈さんと黒崎さんと同じ席で夕食を食べていた。

 太和さんと戸神さんは、まだ愛知方面隊の相手をしているそうだ。

 霜月さんは、まだ駐屯地に戻ってきていない。


 山奈さん達との夕食を食べながらの雑談は、お互いの近況や前回と今回の愛知方面隊との戦闘に関する話ばかりだ。

 そこに、萌さん達3人が同じ席に座った。

 もえさんとみおさんは、山奈さんと黒崎さんとも、私を交えて交流があるので意に介しないが、飛騨さんは教導官と同席に消極的だった様だ。


 澪さんは、席に着くと同時に

「優ちゃん。愛美まなみが聞きたい事があるって」

 とボソッと言ったので、飛騨さんを見るとビクッとした後、強張った表情でこちらを見た。


「何でしょうか?」

 と聞くと

「えーと、あのですね]

 と言った後、深呼吸をして一呼吸置き

「先程の愛知方面隊の戦闘で、神城教導官の高速移動が尋常ではなかったので、どの様な走法を用いたのかご教授お願いしますか?」

 と一気に言い切った。

 山奈さんと黒崎さんが、鋭い目線を飛騨さんに送くり、ビクッとしている。


「別に構いませんよ」

 と言うと飛騨さんはホッとした雰囲気が感じられた。


「特に難しい事はしていません。

 自分の足場を、土の能力アビリティが強化しただけですよ」

 と答えると、飛騨さんは「え、そうなの?」と言う感じの驚きを表していた。


 私の言った事の意味を理解出来ていないのは明白なので

「高速走法は知っていますよね?」

 と問うと

「はい。走る際に魔力を用いて足で掴む様に地面も強化して走る方法です…ヨネ」

 語尾が尻すぼみになっていたので、うろ覚えなんだろう。


「高速走法は、魔力を用いたスパイクで地面に対して強い摩擦抵抗を得る方法と、足が接触している面とその周囲を魔力で強化を行う事で強い足場を得る方法等の技能スキルの総称です」

 と言うと、「そうなんだ」と言った反応が返ってきた。


「では、それぞれの特徴はなんですか?」

 と問うと、「えーと」と言うと考え込んでしまった。


「前者、スパイクを作る方法は、滑りやすい地面や傾斜のある地面に有効。

 でも、足場を破壊するから使用場所を選ぶ。

 後者、足場を強化する方法は状況を選ばないが、表層だけを強化しても足場毎滑るから、それ相応の広さと深さを強化する必要がある」

 と澪さんが答え

「それに、スパイクを作る方法は、使用魔力量も少なく、操作も難しくないけど、地面の摩擦抵抗力が多少マシになる程度だからあまり早く走れないけど、使っている人は多いんだよね。

 一方、足場を強化する方法の方がより速く走れるらしいけど、使用魔力量も多く、操作も難しいからあまり使っている人がいないね」

 と萌さんがフォローを入れる。

 飛騨さんは、「そうなんだ」と感心している。


 そして、なにか思いついた様だ

「神城教導官は、後者の足場の強化に能力アビリティを使って高速移動をしたってことでしょうか?」

 と言うので

「その通りです」

 と答えると

「そうなんだ」

 と言って納得していた。


「何故、高速走法を使っていたのか理解していますか?」

 と問うと

「え?速く走るためですよね?」

 と言う回答が返ってきた。


「では、飛騨3曹。あなたの100m走のタイムは何秒ですか?」

 と言うと

「5秒4です」

 と回答が返ってきた。


「それは、高速走法を使っての時間ですか?」

 と再度問うと

「いいえ、高速走法を使っていません」

 と言う。


「高速走法を使った記録は?」

 と聞くと

「5秒3です」

 と困った顔で返答が返ってきた。


 この回答で理解できた。

 飛騨3曹は、なんとなく高速走法を使えるだけだ。

 山奈さんと黒崎さんを見ると、苦笑いを浮かべている。


「それは、正しく高速走法を使えていませんね」

 と言うと、飛騨さんは縮こまって

「申し訳有りません」

 と言って、頭を下げている。


「そんなに気にする事ではない。

 君は、今年戦術課に配属されたばかりなんだろう?」

 と山奈さんが声を掛けた。


「はい。そうです」

 と飛騨さんが弱々しく答えた。


「ならば、これから正しく習得すれば良いだけだよ。

 それに、戦術課でも高速走法を正しく使えているのは、3割程度だから恥じる事はない」

 と言って山奈さんは周囲を見渡すと、かなりの数の隊員が顔を背けた。

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