第169話 何処にでも湧く馬鹿は、強制退場

 訓練後、普段通り教室に向かうのだが、教室のある階の階段を出た所で1人の男子訓練生に絡まれた。

 まあ、私以外の4人に、特に都竹さんに言い掛かりをつけている。

 その男子訓練生は、先週末のホームルームで能力アビリティ訓練中に女子訓練生の訓練を妨害した訓練生だ。


 言っている内容を要約すると

「自分が罰を受けたのは、都竹さん達のせいだから謝罪と賠償を要求する」

 という内容だ。

 実際の言葉は、支離滅裂で聞くに耐えない汚い言葉だ。

 正直、頭がおかしいと思った。


 こういう人間は、決して自分の非を認めないし、自分の利益の為にしか動かない。

 そして、自己の保身の為なら、平気で嘘をつくし、他人を犠牲にする。

 また、自己満足を得る為なら、手段を選ばない。

 だから、その傾向が現れた能力者の末路も既に決まっている。


 なので、都竹さん達に

「相手をするだけ無駄です。

 気にする必要は有りません。

 無視して行きましょう」

 と声を掛け、移動を開始する。


 都竹さん達も、慌ててその男子訓練生を無視して移動を始める。

 後ろで大声で騒いでいるけど無視。

 追いついた都竹さんが

「アレ、放置していて大丈夫?」

 と聞くので

「大丈夫ですよ。

 既に対処に動いていますから問題無いでしょう」

 と返答した所で、後ろから怒声と共に身体強化の能力アビリティを使用を確認した。

 彼我の距離は約5m。

 都竹さん達が後ろを振り向くが、私は振り向かない。

 奴は、咆哮を上げ殺意を持って右足を1歩を踏み出す。


 私は、背後に直径1mm程度の魔力玉を作って撃ち出す。

 魔力玉は、奴の左足が床を離れる前に魔力塊マナ・コアを撃ち抜き、前倒しに倒れた。


 都竹さん達は、唖然とその様子を見ている。

 周囲に居る野次馬も同様だ。


 私は振り返り微笑む。

 その先に居るのは、霧崎教育官だ。

 霧崎教育官は、奴の背後に丁度立っている。


「ああ、後は俺がやっておくから、お前達は教室に入りなさい」

 霧崎教育官は、頬を盛大に引きつらせながらそう言ってきた。


 その態度から、私がした事は見えていた様だ。

 唖然としている都竹さんの脇腹をつつ

「行きますよ」

 と声を掛け、私達と霧崎教育官の反対側に居た教育官に挨拶をしてから移動する。

 我に返った都竹さんが私に続くと、田中さん達も慌てて移動を始めた。


「ほら、お前達も教室に入れ」

 霧崎教育官の掛け声で、周囲に居た野次馬も各々の教室に移動を始めた。


 野次馬達は、奴を倒したのは霧崎教育官だと思っていて、その動きが見えなかった事に驚きと称賛を讃えている。


 霧崎教育官は、足元で身体をうつ伏せにして顔を前に突き出し、白目を剥き、口を大きく開け、舌を突き出し、身体を小刻みに痙攣する物体と化した哀れな男を見下ろし

「自業自得とは言え、哀れなものだ」

 と小声で呟くと、同僚の教育官も男を見下ろしながら

「その通りだな。

 しかも、正確に魔力塊マナ・コアを破壊しない程度で撃ち抜くなんて芸当、俺達には不可能だ」


「そうか、俺の位置からだと何をしたか見えなかった」


「まあ、俺もはっきりと見えたわけではない。

 何かが撃ち抜いた様に見えた気がするだけだ。

 結果を見れば、間違っていない気がする。


 まあ、この様子だと数日は目を覚まさないだろう」

 憐れみの籠もった返事が返ってきた。


「こちらとしてもこの状態の方が、手間が省けて助かる。

 目を覚ました時は、強制収容所の鑑別所だ」

 そう言って、哀れな物体を肩に担ぎ、階下に連れて行った。


 教室の中は、先程の1件で盛り上がっていた。

 しかし、誰も私達に話し掛ける者はいなかった。

 それは、私達と絡んだ男子訓練生の話よりも、暴走した男子訓練生を霧崎教育官が瞬時に制圧した事の方で盛り上がっていたからだ。


 普段通りに席に着いてから、集まって雑談になった。

「あー、怖かった」

 と都竹さんが感想を述べると、他の3人も同意していた。


「霧崎教育官が居てくれて本当に助かった」

 と土田さんが言えば

「本当にそう思うよ」

 と田中さんが答える。

「でも、いつから居たのだろう?」

 と都竹さんが疑問を言うと、

「分からない」

 と鳥栖さんが答え、2人は横に振った。


「最初から居ましたよ」

 と私が答えると

「え、そうなの? 全然、気づかなかった」

 と驚く。


「私達の後方、階段を挟んだ反対側の更衣室がある方の廊下の端に居ました。

 あの男子訓練生が、御託ごたくを並べている内に野次馬の外側まで近寄っていました。

 あと、私達から見ると、男子訓練生の後ろ側にも教育官が待機していましたよ」


「うぇ、全然、気づかなかった」

 私の話に、都竹さんが驚きの声を上げ、他の3人も驚愕していた。


「でも、次に会った時は、どうしよう?」

 少し憂鬱ゆううつそうに都竹さんが呟いた。

「ほんと、どうしよう」

「次の機会も、教育官が居るとは限らないものね」

「本当に困った事態になった。ねぇ、どうしよう」

 土田さん、田中さん、鳥栖さんも憂鬱ゆううつそうの呟く。


「例の彼なら余程の事が無い限り、もう2度と会うことはありませんよ」

 と私が告げると、「え!」とか「は?」とかと言った少し間の抜けた声と共に一斉に振り向いた。


 そして、都竹さんが食いつき気味に

「神城さん、どういう事?」

 と聞いてきたが、広域探知の能力アビリティは、霧崎教育官が教室の直ぐ側まで来ている事を知らせている。


「それは、後にしましょう」

 と言う私の答えに

「え! なぜ?」

 と疑問の声が上がった所で、霧崎教育官が教室に入ってきた。

 皆、慌てて席に着くのだった。


 授業間の休みは、短いのでその話をせずに昼休みになった。

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