第237話 1年次夏期集中訓練 移動日

 伊吹さんの惚気話拷問は、途中お昼休憩を挟みながらも16時過ぎまで行われた。


 話しを振った張本人である以上、現場に留まり続けたのだがキツかった。

 他の面々は活き活きとして盛り上がっているが、私なんて1時間も過ぎると何度も飲み物で口をそそぐ程、口の中が甘くなった。

 今なら普段苦くて飲めないブラックコーヒーも飲めたかもしれない。


 当然、伊吹さんの惚気話を聞くだけでなく零士の子供の頃の話もした。

 伊吹さんは興味津々で食い付いて来た。

 周囲は、そんな伊吹さんを生暖かく見守っていた。


 話も終わり、後片付けをしている最中に南雲さんから

「神城もついに恋バナに目覚めたのか?」

 と冗談混じりに言ったあと

「幼馴染が心配だったのだろ」

 と優しく言ってきた。


「そうですね。

 肝心な所でヘタれる奴ですから心配しない方が無理です」

 と言うと

「そうか」

 と母性に満ちた顔で返事を返ってきた。


「でも、伊吹さんとは真面目に交際している様で良かったです。

 ただ、周囲に流されてきちんと告白していないのがダメです。

 どこかでケジメを着けさせないと」

 とダメ出しをすると

「本当に家族扱いで異性として見ていないんだな」

 と言って忍び笑いをしていた。

 まあ、実際その通りなんですけどね。


 早めの夕食を取ってから寮に戻り、明日からの夏期集中訓練に備えて荷造りをして過ごした。


 翌朝6時、訓練校のグランドでは全訓練生が学年と組毎に別れて整列している。

 訓練生の総数483名と教育官40名が揃っているので、結構な大所帯だ。


 これから夏期集中訓練が行われる研修島に移動する。

 まず、バスで名古屋フェリー埠頭まで移動する。

 埠頭からは、チャターされたフェリーに乗り研修島に移動する。

 移動時間はバスで2時間、フェリーで7時間の9時間の予定だ。


 埠頭までの移動手段である大型観光バスに乗り込む。

 各人の持ち物は、野外訓練用背嚢バックパック1個分だけと決められている。

 それを超える荷物は、この場で破棄される。

 なので、それを超える荷物を持ってくる馬鹿は滅多に居ない。


 バスでは、各自自分の荷物を膝の上に載せて乗る。

 多少渋滞したが予定通りに埠頭に到着。

 フェリーに乗船するとしばらくは自由行動だ。


 千明さんが船内を探検したいと言ったので、皆で船内をアチコチ見て回った後、展望デッキに移動した。

 幸いな事に空いている席があったので、そこに陣取る事にした。

 展望デッキから外を眺めながら、配布された弁当で昼食を食べた。


 船内の個室・レストラン・浴室は、閉鎖されている。

 売店や自動販売機は使える。

 そして、電波が入らないのでスマホも使えない。


 その結果、そこら中で暇を持て余す人が溢れている。

 私達は、展望室で技能スキルの訓練を行っている。

 時折、遠巻きに私達を見る人達は居るが、ちょっかいを掛けてくる人は居ない。

 私達と同じ様に自己鍛錬に励む人達は、それなりに居るようだ。


 15時30分頃、ようやく研修島の港に降りた。

 ここから割り当てられた宿舎に移動するのだが、点呼の為に集まっている時に前に呼び出され、そのまま迎えに来ていた氷室さんに私達5人は引き渡された。


 氷室さんに連れられて海上保安庁の高速艇に乗り込み田子の浦港へ移動し、そこから陸路で東海支局教導隊訓練所に移動した。


 訓練所に着いた時には19時を回っていた。

 いつもの女子寮で寮監さんに挨拶をした後、それぞれの部屋に荷物を置き福利厚生棟の食堂に行く。

 到着時刻が分からなかったので寮での夕食は準備されていなかった。


 私は対魔庁のIDカードがあるので問題無いが、美智子さん達は持っていないので氷室さんが配った臨時のIDカードで食堂を利用した。


 食後、皆でお風呂に入ったのだが浴槽に浸かるとすぐに船を漕ぎ始めた。

 移動だけとは言え相当に疲れが溜まったのだろう。

 寝ない様に揺すって起こし早々にお風呂から上がらせた。


 寝る準備をしている間も半分寝ている様な感じになっている。

 寝る準備が終わると各人に割り当てられた部屋に戻って行った。

 時間は20時40分だが、そのまま寝てしまうだろう。


 私は寮監さんの部屋に行き、近況報告をして22時に寝た。


 翌朝、普段通り5時20分に目を覚ますと美智子さん達を起こしてから朝の身支度を始めた。

 6時に寮の食堂に全員集合したのだが、訓練用の戦闘服を身に着けた美智子さん達はかなり眠そうだ。

 郁代さんなんて、ほとんど夢の中といった感じだった。


 それでも朝食を食べる事で目が覚めた様だ。

 寝ぼけほとんど寝ていてもご飯って食べれるんだと、変な所で感動してしまった。


 ご飯を食べて目を覚ました4人(一部は眠そう)に、今日の予定を伝える。

 午前は、能力測定

 午後は、属性診断と習得訓練

 夜は、技能スキル習得訓練

 を行う事を告げた後、今日から行われる12日間の訓練では私ではなく教導隊の教導官達が教導を行うを告げると

『えー。優ちゃんじゃあ無いの?』

 と驚きの声を上げた。

 完全に目が覚めた様だ。


「ええ、どうしても関わりたいと言う人が多いのと、ベテランの教導官にも習った方が知識や技術の幅も広がるだろうと言われましたので了承しました。

 それに私自身の修練も滞っているので、貴方達の訓練を他の教育官達に任せている間に熟したいと思います」

 と告げるのだった。

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