第236話 7月の出来事(3)

 伊吹さんは、私を見据え

「私、零士君とお付き合いしてます」

 と力強く言い切った。


「………へぁ?」

 思わず間抜けな声が出た。


「美智子さん達と一緒に学びたい」とかの直談判だったら、私では無く担当教育官や隊員達に話しをしたいと言うだろから、何の話をするのか全く想像出来なかったが、まさか零士とのお付き合い宣言を私にするとは想定外過ぎる。


 伊吹さんの顔が強張っている。


「正直、私に報告されても困るのですが。

 零士と伊吹さんがお付き合いをしているで良いのですよね?」

 と確認すると

「はい」

 と答えた。


 私は笑みを浮かべ

「そうですか。おめでとうございます」

 と言い、頭を下げる。

 伊吹さんは慌てて

「あ、ありがとうございます」

 と言って頭を下げた。


「わざわざその事を伝える為に会いに来たのですか?」

 と聞くと、顔を赤らめ

「実は、それも1つです」

 と答えた。

 扉の外が騒がしくなっている。


「零士君から神城さんとは幼馴染だと聞いています」

 と伊吹さんがそう言った時、思わず片眉が跳ね上がった。

「だから、私がお付き合い宣言すれば食いついてくれるかなっと思って」

 と言って、口籠ってしまった。


 私は、細く長く息を吐き

「驚きはしましたが、私がとやかく言う事は有りません。

 むしろ、吉報なので祝福しますよ」

 と微笑みながら言うと

「ちょっと意外。

 幼馴染でいつも一緒に居た人が別の人のモノになると分かったら、本音が聞けるかもと思ったのに」

 と驚いた様に言う。


 深い溜め息をつき

「もし、私が渡さないと言ったらどうするつもりだったのですか?」

 と問うと

「もちろん、ライバルとして立ちはだかります」

 と自信満々に答えた。


 私は音も無く立ち上がる。

 伊吹さんが強張った。


 音を消して素早く扉まで移動すると扉を勢い良く開く。

 外開きの扉の外側の廊下で、聞き耳を立ていた面々がひっくり返っている。

 伊吹さんは、その様子を唖然とした様子で眺めている。


「何をやっているんですか?」

 と呆れ気味に問いかけると

「だって気になるじゃん」

「気になって仕方ないから…」

 と郁代さんと都さんが言うと、美智子さんと千明さんがガバっと立ち上がって私に詰め寄り

「それよりも、幼馴染に彼女が出来たのに何も感じないの?」

「そうだよ。普通、こういう時に自分の恋心に気付くものじゃあないの?」

 と迫力満点に迫ってくる。


「いえ、別になんとも思いません」

 と答えると

「優ちゃんだから仕方ないと」

 とため息混じりに言うと、彼女達は伊吹さんをターゲットに変えものすごい勢いで伊吹さんに突撃して行った。

 その後を隊員達が追い、あっという間に囲まれて質問攻めにあっている。


 魔力を込めて手を1発叩く。

「パン」

 と乾いた音が響き、美智子さん達と隊員達が止まる。


「はい。そこまで。

 伊吹さんが困っているでしょ。

 色々と聞きたい事があるのは分かりましたから、座談会に切り替えますよ」

 と指示を出すと一斉に動き出した。


 美智子さん達が応接用のソファーの回りに、追加のテーブルや椅子の準備を始め、隊員達が飲み物とお菓子を取りに行った様だ。


 まだ状況が飲み込めず、あたふたしている伊吹さんの対面のソファーに座りお茶を一口飲んだ。


 それを見た伊吹さんが

「あのー。どういう状況でしょうか?」

 と戦々恐々として聞いてきた。


「飢えた猛獣に餌をチラつかせるからです」

 と答えると、伊吹さんは首を傾げた。


 私は軽くため息をつき真顔で

「自分の恋バナで、私とあの二人との仲を取り持つつもりだったのでしょう。

 ですが私は住む世界を変えたのです。

 3人1組で過ごしていた頃の様には戻れません。


 今、それぞれの独立に必要な分岐点に立っているのです。

 そして私は、彼らより少し早くそれを選択しただけです。

 今の私が、彼らと昔の様な関係を築く事はありません」

 と言うと伊吹さんは心底驚いた顔をした。

 何か言いたいのか口が動くが声が出ていない。


 今度は、微笑みながら

「そして、貴方が零士と章の新たな道を示したのでしょう。

 伊吹さんと零士の新たな関係は、零士と章の関係も変えているはずです。

 それはきっと良い事です。

 だから気にする事はありません。


 それに、私達が幼馴染という事実は変わりません。

 お互いに時間が経ち、事実を客観的に受け入れる事が出来る様になれば、自然と新しい距離感を持てる様になるはずです」

 と言うと、口を開けたまま固まっている。


 横で椅子を並べている千明さんの顔を見ながら私を指差し

「同じ15歳?達観しすぎていない?」

 と言うと

「優ちゃんだから仕方ない」

 と返され変な顔になっている。


「色々と規格外の人だからね」

「精神年齢は10歳年上」

「いや20歳だよ」

「外見は小学生か中学生だけどね」

「実際、私達よりしっかりしているもんな」

「上官らしい上官だよな。…外見を除く」

「実際、博識だし能力も高いしな」

 等々、皆好き放題言ってくれる。


「それよりも覚悟して下さい」

 と真顔で伊吹さんに告げと、伊吹さんが私を凝視した。


「恋バナに飢えた猛獣の前で、恋バナを出したのですよ」

 と言うと、伊吹さんは慌てて周囲を見渡す。

 皆悪い顔で伊吹さんを見ている。

 伊吹さんはブルリと体を震わせた。


 両太ももに両肘を着き、前かがみで両手を口の前で組み

「私自身は他人の恋路に興味はありませんが、あの土壇場でヘタれる零士が、伊吹さんをどの様に口説いたかは気になります。

 その部分は是非とも詳しく教えて下さい」

 と言うと、飲み物とお菓子類が一気にテーブルの上に置かれ全員が伊吹さんを囲む様に席に着いた。

 ちゃっかりと南雲さんと平田さんも席に着いている。

 こうして伊吹さんの恋バナ尋問が始まるのだった。

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