第163話 戦術課 一般隊員との模擬戦(1)

 私は、田中さん達4人と南雲さんを連れて訓練場に移動する。


 訓練場では、模擬戦をする3人がウォーミングアップをしている。

 平田さんは、端で大人しくしている。

 5人には平田さんと一緒に見学してもらう様に言って、移動してもらった。


 私は、ウォーミングアップしている彼女達から少し離れた所で、準備運動を始める。


 準備運動を終え中央付近に立つ。

 一人目が対戦上に立った。

 他の二人は、一人目の後方の壁際まで下がり、都竹3尉が審判として残り、それ以外は平田さんの側に居る。


 1人目は、しま あかね3曹。

 武装は、肘まで覆う籠手に20cm位の鉤爪かぎつめが3本着いた物を両腕に嵌めている。

 ちなみに太和さんの籠手ガントレットは、2cm程度の突起が第三関節(指の付け根)に指側に4個ずつ着いている。


 都竹3尉の合図と同時に全速力で、突っ込んで来た。

 そのまま、右拳と鉤爪に魔力を載せた右ストレートを顔面目掛けて打ち込んできた。


 私は、眼前に迫った拳を左手で内から外にずらして躱すと同時に、顎を狙って右足を蹴り上げるが、嶋3曹は左手を挟む事で防御するが、真上よりやや後方に高さ3m程の高さ吹き飛ぶ。

 振り上げた足を勢いよく振り下ろし、その反動で嶋3曹に向かって飛ぶ。

 空中で身動きの取れない嶋3曹に左ストレートを打ち込む。


 嶋3曹は、とっさに腕で防御したが、勢いよく床に背中から叩きつけられた反動で跳ねた後、数回転がった所で両手の鉤爪を使って勢いを殺した。


 勢いが十分落ちた所で、再び真っ直ぐ突っ込んできた。

 これは蛮勇では無く、彼我ひがの実力差から小細工が無意味だと理解しているからこそ、本人嶋3曹の最短・最速・最大の一撃に全てを掛けている攻撃だ。

 格下が格上に勝つには、初見殺しか最大最強の1撃しか無いからだ。


 最初の1撃よりも遥かに速度の乗った右ストレートを打ってきた。

 嶋3曹は、左手が顔の前でなく、左腕を絞っていたので顔面がガラ空きになっている。

 先程と同じ展開になった時、左手で私にしがみつくつもりだったのだろう。


 当たる直前に左に1歩ズレて半身で躱し、交差する瞬間に右回し蹴りを胴体に叩き込む。


 体をくの字状態で吹き飛ばされ、壁に激突して崩れ落ちた。

 訓練場のほぼ中央で戦っていたので、25m近く飛ばされた事になる。


 田中さん達と見学していた護衛役2人が素早く駆け寄り状態を確認している。

 私も嶋3曹の元に駆け寄り、状態を確認する。

 最低限の防御は出来ていた様で、全身打撲と複数の罅と骨折を負っているが、意識もある。

 幸い、骨折箇所にズレも生じていないので、その場で治癒の能力アビリティを使って完治させた。


 嶋3曹達は田中さん達の所に移動し、私は2人目の浅野あさの 麗華れいか3曹と対峙する。

 武装は、反りの少ない巴形薙刀ともえがたなぎなたで、全長が2m位の物だ。


 浅野3曹は上段の構えで待ち、私は腰にナイフを差しているが、無手で両手を下ろして待つ。


 都竹3尉の合図と共に、裂帛れっぱくの気合と共に打ち込んできた。

 ナイフを抜き、魔力を纏わせ、右足を強く踏み込み、薙刀を左に打ち払う。

 浅野3曹の打ち込みは、普通に攻撃してきたのではない。

 全身と薙刀は、魔力纏身まりょくてんしんで覆われ、鋭く、素早く、重い一撃だ。


 浅野3曹は、払われた薙刀の穂先の勢いを殺す事無く、脛に軌道修正してきた。

 左手に、土の能力アビリティで水晶の剣を創り出し、薙刀を下からすくい上げる様にして、剣身と鍔の付根で受け、頭を下げる様にしながら体を左足を軸にして、時計回り回転しつつ、左手で受けた薙刀を右上に強く弾く。


 浅野3曹は、薙刀を強く握っているため、そのまま体が泳がされ、背中が無防備に晒された。

 その背中に向かって、薙刀を受け払った回転力を加速させ、飛び後ろ回し蹴りを打ち込む。

 打ち込んだ勢いで、私は2m弱移動した位置に着地したが、浅野3曹は10m以上飛んだ後、足が床に触れた反動で頭から床に突っ込んで、床に弾む様に数m転がった。


 慌てて浅野3曹の元に駆け寄る。

 私が、浅野3曹を診ている間に全員が駆けつけた。


 浅野3曹の状態は、打ち身とかすり傷を負って気を失っていたが、問題は無かった。

 どうやら頭を打った際に、魔力纏身まりょくてんしんが解けて怪我を負った様だ。

 まあ、もう既に治療は完了している。


 しばらくその場で寝かせていると、意識を取り戻した。


「あれ、私どうしたんだっけ」

 意識が戻り、目の焦点が合うと、上半身を起こしてそんな事を言った。


「あんたね。神城教導官の蹴りを喰らって、頭から床にダイビングしたのよ」

 呆れた様子で、嶋3曹が答えた。


「え、あ、そうだった」

 どうやら、記憶も問題ないようだ。


 私は彼女の目線に合わせて屈み

「転倒の際の打撲と擦り傷は、既に治療が完了していますが、気分はどうですか?

 痛い所とか在りますか?」

 と問うと

「いえ、大丈夫です」

 と答えたので

「なら、大丈夫ですね。

 ところで、何故、薙刀を手放して受け身なり、防御姿勢を取らなかったのですか?」

 そう問うと、彼女は手元に視線を下ろして

「え、本当だ。なんで持っているんだろう?」

 心底驚いている様だ。


 ひょっとして、無意識で握りしめていた?

 大きくため息をつき

「体勢を崩された時に薙刀を手放せば、無防備に背中を晒す事はありませんでした。

 それどころか、無手での戦闘に移行すれば、もう少し粘れたと思います」

 そうアドバイスすると、キョトンとした顔をした後

「あ、ありがとうございます」

 と言って頭を下げた。

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