第105話 卒業式(1)

 この日は、簡単な身体検査を受けて終わった。

 夜、部屋の机の上に羽佐田さんが作った玩具を並べて眺めている。

 普段なら、小さい子供じゃ無いと拒否をしていたはずだった。

 何故か、素直に受け取ってしまった。

 それが自分でも不思議でしょうがなかった。


 造型は、土の能力アビリティ

 触感を変えたのは、物性変化の能力アビリティ

 自動車のタイヤが回ったのは、魔力回路付加の能力アビリティ


 それは、分かった。

 そして、とても高度な技術が必要な事も分かった。

 それを目の前で、いとも簡単に作って見せた。

 その変形に驚いたし、ワクワクもした。

 触って見て、更に驚いた。

 そう、あの時、ただの鉄の板が、玩具に変わるのに夢中になった。

 自分もやってみたいと思ってしまった。


 そして、気付いてしまった。

 私は、能力アビリティを嫌っていた。

 女体化しなければ、少なくとも能力アビリティがなければ、普通でいられた。

 能力アビリティを、強い力を持ってしまったから、家族や幼馴染達と一緒に居られないと思っていた。


 だから、能力アビリティを拠り所にしてしまったんだ。

 だから、より効率的に、より強くなろうとしていたんだ。

 だから、他人を遠ざけようとしていたんだ。

 だから、良い子でいようとしていたんだ。


 私は、何になろうとしていたんだ。

 私は、何者なんだ。

 私は、力を何の為に得たいのか。


 わからない

 わからない

 わからない


 自分が分からない。

 ベットに身を投げ、仰向けになる。


 天井を見て、「なにやっているんだろう」とつぶやきがこぼれる。

 一人っきりの状況が、寂しく感じる。

 のそのそと身を起こして立上り、電気を消して布団に潜り込む。

 目を閉じ、「なにか趣味を見つけてみよう」と思った。



 朝、普段通りに起きて、朝のルーティンをこなし、朝食を食べた後、片付けをしててから、数日分の着替えとパソコンを準備して、寮の玄関に行くと山奈さんが待っていた。


 山奈さんと一緒に車に乗る。

 黒崎さん、氷室さん、若桜さんが待っていた。

 移動時も普段通り、魔力制御訓練を行い、学校に着くと待機室に向かう。

 待機室の扉を開けると、そこには太和さん、戸神さん、霜月さんが常装冬服を着用して待機していた。


 太和「おはよう、ボーとしていないで入ったらどうだ。」

 太和さんに促されて、室内に入る。


「もう、体は大丈夫なんですか?」


 太和「おう、神城が直してくれたから、殆どが治っている。

 ただ、微細な骨折なんかが残っている可能性があるから、暫く静養しろと言われているだけだ。

 戦闘や訓練を禁止されているだけで、日常生活や事務仕事は問題ない。」


 戸神「私と霜月さんは、ようやく症状が改善してきた所ですよ。

 あと4,5日は、魔力が欠乏した状態が続くでしょうから、体が怠いだけです。」


 霜月「私も同じだな。心配を欠けたようだ。済まない。」


「大丈夫ならいいです。」


 太和さん達と雑談をしていると、担任の山並先生が訪ねてきた。


 山並「神城と話がしたくてここに来ました。

 卒業式の後でも良かったのですが、おそらく時間が無いと思いましたので、お時間をいただけませんか?」


 霜月「我々は、構わない。」


「私も大丈夫です。」


 山並先生は、私の正面の椅子を置いて腰掛け、

「神城、お前が何に悩んでいるかは分からないが、無理をするな。

 今のお前を見ていると、昔の自分を見ているようで辛いんだ。」


「私、特に悩んでいませんよ。」


「その顔を見れば、分かるよ。

 自覚できていないだけかも知れないけど、お前は周囲と距離を取っているだろ。

 今年に入ってから、周りと壁を作っている様子が見て取れていたんだ。

 本当は、もっと早く話す機会を作るべきだったと反省している。」


「?」


「自分の存在に疑問を感じているんじゃ無いか?」


「!!」


「最初、自分の力と外見の差で、周囲と馴染めていないと思っていたんだが、年を明けてから明らかに壁を作るようになったのを見て、何らかの劣等感に悩まされていると思うようになったんだ。

 でも、優秀な神城が何に劣等感を感じているのか分からずに居たんだが、自分から孤立する様な行動が目に着くようになって初めて気づいたんだ。

 自分の存在に疑問を感じているじゃないかと。


 実は、先生も訓練校時代に、自分の存在に疑問を感じて、劣等感にさいなまられた。

 その時、先生も周囲と壁を作り孤独に過ごしていたんだ。

 最も、先生の理由は、どんなに頑張っても能力アビリティが成長しないし、新しい能力アビリティも習得できなかったからなんだ。


 訓練校に入学した時点では、殆どの訓練生がランクFなんだが、2年生になる頃には3割の生徒がランクEになる。

 卒業する頃には、生徒の約80%がランクE、約15%がランクDまで成長する。

 約5%の劣等生が生じるんだ。

 先生は、その劣等生の中でも一番下だったんだ。


 周囲は、自分より優秀。

 自分だけがどんなに頑張っても、成長出来ない。

 自分だけが取り残されて、焦って色々と無茶をやったり、自暴自棄にもなった。

 気がついたら、誰も近づかないし、誰の側にも居たくなかった。

 そして、自分の存在そのものが無用の長物に思えてやる気をなくし、ただ周囲に流されていたんだ。


 そんな自分が、他人と距離を取出した頃と酷似こくじしていていたんだ。

 初めは、考え違いと思って様子を見ていたが、周囲が自分の進路を真剣に考え話しているのを、羨望せんぼう眼差まなざしで見ているのを見て思い至ったんだ。


 事に。


 自由登校になって、神城が登校しなくなってから、色々と考えたんだ。


 無能な俺からすれば、神城の能力は羨望せんぼうだ。

 その力の1%でもあれば、違う未来を夢見れたと何度も思った。


 でも、神城からしてみれば、呪われた力だったんだな。

 これまでの人生を否定され、将来の自由がなくなり、対人関係も制限される。

 それなのに、目の前に自由を保証された学友達が居る。

 なんとも残酷なに居るという事に気付いたんだ。


 お前が欲しかった能力は、全てを凌駕りょうがする強大な力では無く、幼馴染と共に訓練校に行き、成長出来る程度のささやかな力だったんだ。


 そう考えるに至って、お前が俺とは真逆の理由で孤独化していると思った。

 そして、自分の存在そのものに疑念を感じていると考えた。


 俺には、お前を救える力も、助言を与える事も出来ない。

 でも、これだけは言わせてくれ。

 お前は、ここに居て良いんだ。

 お前は、俺の生徒で、今日学校を卒業する生徒だ。

 ここでは、普通の生徒だったんだ。

 それだけは、忘れないで欲しい。」

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