第106話 卒業式(2)

 自然と涙が落ちた。

 私は、深々と頭を下げ

「ありがとうございます」と一言しか返せなかった。


 山並「神城、訓練校に行けば、おそらく普通でいられないと思う。

 あそこは、明確な上下関係が存在している。

 能力上位者が、常に幅を利かせる世界だ。

 あそこには、自称最強と最強になると称する馬鹿が大量に湧いている。

 神城の事を良くも知らず、知ろうともせずに上に立ちたがる馬鹿がでるだろう。

 だから、自分をしっかり持っていて欲しい。

 訓練校の教員は、ハッキリ言って当てにならない。

 教養科の教師は普通だが、発言力が弱い。

 訓練科の教導官は、対魔庁の職員だが脳筋ばかりだ。

 だから、護衛官の方のコネに頼った方が良い。


 これは、経験者からの忠告だ。」


「はい、ありがとうございます。」


 霜月「我々からも、礼を言わせて欲しい。

 ありがとうございます。」

 その言葉と共に、護衛官が一斉に頭を下げた。


 山並「私は、あなた達に礼を言われる事はしていません。」


 霜月「いいえ、貴方は優ちゃんのうれいを払ってくれた。

 我々は、彼女の異変に気付いていながら、何の対処出来なかった。

 何故なら、我々も一般人では無く彼女と同類からだ。

 貴方の様に、第三者で一般人である人に認めて貰う事こそが、重要だったのだ。

 そして、彼女を普通に扱ってくれた事も、感謝したい。


 それと、訓練校の改革も現在進行中だが、実際の効果が表れるにはまだ時間が掛かる。」

 そう言って、再び頭を下げた。


 山並「神城も、俺の生徒ですから。」

 そう言って、笑っていた。


 山並「さて、そろそろ時間だから、教室に行こう。」


 山並先生と並んで、教室に向かう。


 卒業式は、滞りなく行われた。

 相変わらず、校長先生のお話は、長かった。

 それが、一番辛かった。


 教室に戻って、最後のホームルームが終わり、全員で集合写真を撮る。

 その後、皆思い思いに語ったり、写真を撮ったりしている。

 私も、担任の山並先生、副担任の竹内先生と記念写真を撮った後、クラスメイトと一緒に撮影したり、雑談をして過ごした。

 当然の様に進路も聞かれたので、訓練校の貴陽学園に行く事も伝えた。

 すると、悔しがるクラスメイトが続出した。

 なんやかんやで、1時間程教室で過ごしてから、待機室に移動した。


 待機所には、護衛官達と家族が談笑していた。

 私が待機室に入ると、「もう良いのか?」と聞かれたので、「はい、大丈夫です」と応えると明日の予定を聞かされた。


 明日の予定は、訓練所に持っていく日用品を買いに行く事が決定していた。

 それを聞いている横で、妙に気合の入っている母さんと舞の姿と、既にうんざりとしている父さんの姿が見て取れた。

 机の上の紙になにやら一覧が書かれているので、買う物一覧と思う。


 自宅に戻り、お昼を済ませた後、両親は夕食の買い物、舞は友達の所に遊びに行った。

 訓練用の道具も持って来ていないので、のんびりと一人で時間を過ごすが、逆に落ち着かない。

 男の頃は、章と零士と一緒に居る事が多く、一人で過ごす事が少なかった。

 女体化してからは、常に忙しくしていた。


 一人でリビングのソファーに座って、己の手を見る。

 ゴツゴツした大きな男の手ではなく、白く小さく柔らかな手。

 以前は、どっしりと座っていたはずのソファーも、今ではチョコンと座っている。

 視界に写る下半身も、スカートに細い脚。

 小さく感じていた家具が、大きく感じる。


 家に居ると、自分が変わってしまった事を強く意識してしまう。

 家に居ると、この半年の事が夢であったら良かったのにと思ってしまう。

 家に居ると、元に戻れない事に苛立ちを覚えてしまう。

 家に居ると、男の頃と比較してしまう。

 家に居ると、自分の事を受け入れきれない自分が表に出てくる。

 おかしくなりそうだ。


 だから、家に居る時は、余計な事えお考えない様に、忙しくしていた。

 だから、男の頃に好きだった物は、全て捨てた。

 だから、極力訓練所に居た。

 自分自身の殻に押し込めた。

 だから、常に理性的に判断出来ていたと思う。

 

 でも、羽佐田さんから言われた言葉が私を悩ます。

 「もっと、我儘で良い。」

 「戦闘兵器になる事を望まない。」

 「神城 優という個人の力を大切にして欲しい。」

 意味が分からない。

 でも、悩んでしまう。

 何に悩んでいるかと言われると、分からない。

 だから、悩んでしまう。


 「趣味を持つことだ。」

 趣味と言われてもよく分からない。

 男の頃を含めて、趣味と言われるモノを持った事がない。

 ゲームも漫画もお笑い芸人なんかも、全て章と零士の影響だった。

 そう、好きだった物は、全て二人の影響だった。

 でも、女体化して章と零士との関係が変わると興味が一切持てなくなった。

 むしろ、邪魔に思えてしまった。


 料理は、今後必要だと思って習った。

 自分が作った物を美味しく食べて貰えるのは、嬉しかった。

 でも、趣味とは違う気がする。


 羽佐田さんが作った玩具の造型は、凄かった。

 私も作ってみたいと思ってしまった。

 取り敢えず、趣味になるかどうか分からないけど、同じ事をやってみたい。

 訓練所に戻ったら、相談してみよう。


 そんな事を考えながら、何もせずに過ごした。


 この日の夕食は、少し豪華でした。

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