第217話 休日のお出かけ(1)

 翌日曜日の朝9時、普段通りの訓練後、最寄りのバス停でバスを待っている。

 一緒にバスを待つのは、田中さん達4人と今日の担当の隊員の1人の若林さんだ。

 付き添いの隊員が1人なのも、今日の移動がバスなのも、霜月さんのアドバイス指示によるものだ。

 霜月さんは、出来るだけ私に普通の生活をさせたいらしい。

 他の3人の隊員は、車で先回りをして離れて着いてくるし、途中で交代するそうだ。


 程なくバスが来たので乗り込む。

 バスには先客が3人だけだったので、私達は固まって座る事が出来た。

 バスが動き出して暫くは、静かに座っていた。


 そんな中、若林さんが私達を見て

「やっぱり、若いって良いわね。おしゃれにも気を使っているもの」

 と言うので

「若林さんだって、十分若いじゃあ無いですか」

 と返すと

「そうですよ。服装も似合ってますよ」

「スラッとしてかっこいいです」

「うん。かっこいい」

「大人っぽくていいです」

 と田中さん達も口々に褒める。


「ありがとう。

 お世辞でも嬉しいわ。

 そう言ってもね。

 これ全部安物何だけどね」

 と言って、軽くため息をついた。


 その若林さんの格好は、ボーダー柄のTシャツに、ジーンズを履き、濃紺のジャケットを羽織っている。


「安物でも、きちんと着こなせているからすごいです」

 と鳥栖さんが尊敬の眼差しを向けている。


 若林さんは、苦笑いをしながら

「本当に苦肉の策なんだけどね」

 と言った。


「苦肉の策?」

 と鳥栖さんが聞くと

「ほら、この仕事って、非番の時でも臨時召集掛かる時があるのよ。

 そういう時って、私服のまま現場に出る事もあるのね。

 そうなると。

 服は汚れるし、破れる事もある。

 そして、魔物の血が着く事もあるのよ。

 魔物の血が着いた服は、処分する規則になっているのよ。

 だから、お気に入りの服が駄目になるかもと思うと、高い服を着れなくなってしまったの」

 ちょっと落ち込み気味に答えた。


 それを聞いた田中さん達は

「うわー」

 と驚きと共に嘆いた。


 そういえば、ゴールデンウィークの時も、久喜さん達が服を着替えたのを知っていても、どうして着替えたのかは教えていなかったな。

 まあ、返り血で酷い事になっていたから、着替えたとぐらいしか思っていないと思うので

「まだ授業で習っていませんが、魔物の血には腐食や毒、他の魔物を呼び寄せる等の効果があるので、速やかに処分する必要があります」

 と教えると、4人とも驚いていた。


「それなら、戦闘服なんかも毎回処分しているのですか?」

 と土田さんが質問をする。


「戦闘服や靴等の装備品には、特殊なコーティングがされているから、多少魔物の血が着いても専用の業者に洗って貰っているわね。

 でも、酷く汚染された場合は廃棄ね」

 と若林さんが答えた。


 田中さん達は

「へぇー、そうなんだ」

 と感心していた。


「だから、オシャレを純粋に楽しめるのは訓練生までだよ」

 と言う忠告に

『はい』

 と田中さん達は、声を揃えて返事をしていた。


「それにしても、神城きょう……さんの私服姿って、かわいいですよね」

 ちょっと意外そうに言う。


 自分の姿を確認する。

 今の私の服装は、少し胸元が開いた白いブラウスに若草色の足首まであるロングスカートと若草色のカーディガン、ベージュの八角キャップに白いポシェットだ。

 髪は、首の後ろ辺りで灰色のシュシュで束ねている。

「何処かおかしい所、あります?」

 と尋ねると


「いえ、全然可笑しくはないんです。

 むしろ、似合っています。

 ただ、駐屯地での様子とかから、もっとラフな服や活動的な服かと思っていたので」

 と慌てた様子で弁明している。


「あー、確かに、おしゃれとか無頓着だもんね」

「ラフな服装とか好みそうな感じあるもんね」

「ボーイッシュな格好をした神城さんか。うん、似合いそう」

「そのお嬢様スタイルもいいよね」

 と田中さん達も言い始めた。


「確かに、オシャレについては良く分かりませんし、楽な服装の方が好きですよ」

 と言うと

「オシャレについては、これから学べば良いの」

「そうそう。自分に合った物を選べば良いだけ」

「これから、一緒にオシャレを楽しみましょう」

「これからが、楽しみです」

 と鳥栖さん達が口々に言う。


「あはは、お手柔らかに」

 と返すのが精一杯だった。


 Side:若林

 神城教導官と訓練生達がお互いの会話に集中している横で静かに見守っている。


 しかし、危なかった。

 思わず本音を言ってしまう所だった。


 正直、3日前と昨日の愛知方面隊とのやり取りや戦闘を見た者としては、この様な私服を想像出来なかった。


 もっと衣服に無頓着な格好や、男装ファッションみたいな物を想像していた。

 個人的には、メスガキファッションも有り得ると思っていた。


 ところが、今の神城教導官が良い所のお嬢様にしか見えない。

 しかも、言動や所作は、育ちの良さが滲み出ている。

 その激しいギャップに内心悶えていた。


 ああ、そう言えば、昨日の戦闘の後、かなりの数の隊員が泣いていたな。

 多くは、あの戦闘が終わった事で心のたがが外れた反動によるものだと思う。

 正直、あの時、あちら側で無くて良かったと心底思った。

 それ程までに、外部から見ていた我々も恐怖したものだ。


 しかし、一部の人間は、恍惚こうこつとした表情で咽び泣いているのを見つけてしまった。

 アレは、きっと違う世界に踏み入れたに違いない。

 それを発見した時、ドン引きしたものだ。

 だが幸いな事に、神城教導官には気づかれていない。

 お願いだから、このまま気付かないで欲しい。


 おまけ;田中さん達の私服 

 田中 美智子:黒のパーカー、デニムのショートパンツ、緑色のリュックサック

 都竹 都:白の長袖のシャツ、デニムのハーフパンツ、黒色のリュックサック

 鳥栖 千明:ふんわりとした裾が可愛いワンピース、ラベンダー色のニットセーター、白の肩掛けカバン

 土田 郁代:大きめの白いシャツ、デニムのスカート、黄色の肩掛けカバン


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る