第6話 襲撃者・その後


「――いたぞ! 生きて捕らえろ!」


 山狩りをしていた兵士の一人が大声を上げ、周囲にいた兵士たちも集まってきた。彼らの視線の先にいるのは探していた足軽だ。胴巻きに斎藤家の家紋が付いているが正規の兵がこんな山奥にいるはずもない。


 足軽は足が折れたのか何事か呻いている。しかし兵士たちは容赦せず男を立ち上がらせ、後ろ手に縛り上げた。


「こ、殺さないでくれ!」


「それを決めるのはお館様だ! 来い!」


 連れて行かれる足軽と、連行する兵士。そんな彼らを無言で見つめる男がいた。

 男は猿のように木の枝の上にしゃがみ込み、深く深くため息をついた。


(……失敗か)


 途中までは完璧だった。暗殺を何より恐れる道三が、唯一少人数で出かける今日この日。土岐頼芸の配下や金で買収した足軽をうまいこと護衛に付かせることに成功したというのに。あの“バケモノ”のせいですべてが無駄になってしまった。


 地面から突如として生えてきた蔦に捕らえられ、投げ飛ばされる。そんな正気を疑うような攻撃によって他の襲撃者のほとんどが死んだか行動不能になり、男自身もまだ背中に鈍い痛みが残っている。


「…………」


 男は冷たい目で連行される兵士を見下ろした。あのような醜態をさらしていては秘密の厳守も期待できないだろう。


(口封じしておくか? まだ吹き矢は届くが……)


 男は懐から竹でできた吹き矢を取り出した。矢毒を塗れば即死は無理でも殺すことはできるだろう。


(……止めておくか。暗殺の首謀者が頼芸だと知られても俺に何か不利益があるわけではない)


 しょせんこの男も頼芸から金で雇われただけ。頼芸に対する忠誠心など存在しない。むしろここで捕まった足軽を殺し、兵士たちに周囲を警戒される方が厄介だ。普段なら難なく逃げられる人数でも、あの蔓に投げ飛ばされ背中を強打した今では万が一ということもありえる。


(しかし、あのような女がいるとは)


 幾重にも準備を重ねた今日の襲撃を、たった一人で、瞬く間に崩壊させてしまったあの女。


 ――帰蝶。


 男の調べた限り、帰蝶は幼い頃に行方不明になったはずだった。部屋で療養しているというのは虚言に過ぎず、いずれ頃合いを見て『病死』するのだろうと判断していた。


 しかし帰蝶は現れた。

 銀髪赤目。伝え聞いていたとおりの見た目だ。古くは『白子』として記録の残る奇特な存在……。


 男も『忍術』という普通の人間には決して真似できない技を習得している。だからこそ分かる。帰蝶の使ったものは妖術幻術の類いではなく、努力の末に獲得した『技』なのだと。


(あるいは、行方不明になっていたのではなく、修行の旅に出ていたのか?)


 成り上がりとはいえ、守護代の娘が許されることではない。が、あのマムシであれば送り出していても不思議ではないだろう。


(面白い)


 男の頬がつり上がる。自分でも気づかぬうちに。


 頼芸からもらった前金も足軽たちの買収で消え失せた。長年の『夢』への第一歩になるはずだった今日という日が邪魔された。本来なら許せぬはずだ。帰蝶という女を恨んでもいいはずだ。


 けれども。男の顔には笑みが浮かんでいて。


(もう少し調べてみるか)


 決意した男は音もなく枝から飛び降り、何処かへと消えていった。


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