第31話 織田三郎信長
『むしろなぜ今まで気がつかなかったのですか?』
なぜ気づけるのか。なぜ教えてくれなかったのか。解せぬ。
『信長公記の記述と同じ奇抜な服装。『で、あるか』や『是非もなし』という口癖。というか見た目からしてパブリックイメージ通りの『少年期の信長』ですし。気づかないのはだいぶ鈍いと思いますが』
プリちゃんの指摘が心にブスッと刺さった私である。そうかー鈍いのか私ー……。
現実から逃れるように少年――信長君のデータを読み取る。
名前:織田三郎信長。
年齢:15歳。
職業:織田弾正忠家嫡男。かぶき者。
固有スキル:
「うわぁ……」
初めて見るスキルだけど、何というか凄い。たとえ狙撃されても運良く躱せたり最大の敵が都合良く病死したり戦場での天候が奇襲をするときは暴風雨となり火縄銃の集中運用をするときには梅雨なのに快晴になったりしそうなスキルだ。物語だったら『ご都合主義』と批判されるレベル。
「人の顔を見てうわぁとはなんだ、うわぁとは」
「え? そんなこと言っていないわよ?」
「嘘をつくな嘘を」
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていないのだけど」
「いっそ感心する話題転換だな。だが、まだ名乗ってないのも事実であるか。わしは織田弾正忠信秀が嫡男、織田三郎信長である」
「…………」
いや
「……あのね、ここは美濃国よ?」
「うむ、知っておる。関所を抜けるためにわざわざこんな山の中を進んでいたのだからな」
何をしているのか
「……私、斎藤道三の娘なのだけど、気づいている?」
「うむ、もちろんだ。道三の娘は外国の血を引いており、あらゆる病気を治し、困窮する者に慈悲を与える薬師瑠璃光如来の化身であると評判だからな」
「何それ初耳」
「この前会った小西某という堺の商人がそう言っておったぞ?」
「何を言っているのか隆佐君……。じゃなくて、あなたの父(織田信秀)は美濃国に何度も攻め込んできているでしょう? つまり私とあなたは敵同士。何をのんきに自己紹介しているのよ?」
「気にするな、わしは気にしない」
「少しは気にしなさいよ……」
思わず頭を抱えてしまった私である。
『生粋のボケ芸人である主様がツッコミをやらされるとは……さすがは織田信長ですね』
誰が生粋のボケ芸人か。私がいつボケた。まったく、私ほどツッコミ役の似合う知的美少女はいないでしょうに。
『そういうところです』
そういうところらしい。解せぬ。
私が首をかしげていると『ぐ~』とでも表現したくなる音が森に響き渡った。端的に言うとお腹の音。
「うむ、腹が減ったな!」
関所を破って敵国に侵入した上、目の前には敵国の姫がいるというのに何とものんきな信長君だった。
「帰蝶。何か食べ物を持っていないか?」
「……いきなり呼び捨て? 馴れ馴れしいわね」
『頬を緩ませながら言っても説得力絶無ですが』
(だって、年下男子から乱暴な口調を使われるのって、意外といいかも……)
『ダメだこの主、手遅れだ……』
「なるほど、たしかにこちらだけ呼び捨てるのも不公平であるな。帰蝶も好きなように呼んでいいぞ?」
『この時代、女性に対して『不公平』と口にするとは……さすがは信長といったところですか』
なにやらプリちゃんが妙なところで感心していた。
しかし、好きなように呼べか。信長。信長君。信ちゃん……。う~ん、正直この子って『織田信長』って感じがしないのよね。織田信長ってもっと恐くて気むずかしくて手打ちにしてきそうなイメージだし。いま目の前にいる子は好奇心旺盛な純朴少年って感じだ。
『短気。恐ろしい。好奇心旺盛。どれも信長を構成する一要素ですね』
そんな『一要素』ばかり羅列したら誰でも信長にならないだろうか? そのうち目と鼻と耳があるから信長だとかになりかねない。
まぁそれはとにかく、私の中のイメージと実物が結びつかないので信長系の呼び方は却下。
となると三郎か。サブちゃんだと大御所演歌歌手っぽいし、みっちゃんだと光秀さんっぽい。
「じゃあ、三ちゃんね」
「さ、さんちゃん?」
「あだ名よ、あだ名。可愛いでしょう?」
「可愛いって……」
なにやら微妙そうな顔をする三ちゃんだった。こんなに可愛いあだ名のに変なの。
あ、この時代にはあだ名って概念がないのかしら?
『違うと思いますけどね。推定年齢15歳の少年が『三ちゃん』と呼ばれたら微妙な顔の一つや二つするでしょう』
プリちゃんのツッコミはスルーだスルー。
「さて、三ちゃんはお腹がすいていたのよね」
「呼び名はそれで決定なのか……。うむ、そういえば朝に湯漬けを食べただけだったのでな」
でたな、がっかりしすぎて死にそうな料理。
今のうちに三ちゃんには本当の料理とは何かを教えてあげなくては。
使命感に燃える私。でもあいにくとお弁当なんて持ってきていないし、ここは津やさんの茶屋にまで案内して――
――ふと目に入ってきたのは逆さ吊りにしたままのクマさん。
私の視線に気づいたのか三ちゃんもクマを見る。
「……食べるのか?」
「あぁ、そういえばこの国では肉食をしてはいけないのだったかしら?」
「殺生はいけませんと言うがな、戦場で多くの命を奪うわしらがそんな綺麗事をほざいても意味はないだろう」
「あら現実的。じゃあ試しに食べてみる?」
三ちゃんは期待に目を輝かせたけれど、すぐに苦い顔をしてしまった。
「……昔、猟師の源助にイノシシを食べさせてもらったことがあるが、あまりうまくはなかったな。生臭くて食えたものではない」
「それは処理が下手くそなのよ。いいでしょう。三ちゃんには本物の肉料理を食べさせてあげましょう」
解体はしないという当初の予定を変更して、今ここで肉料理を作ることにした。
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