第30話 運命の出会い




 さて。薬草狩りという体で山の中へ分け入った私である。ちなみに光秀さんたちも護衛としてついてきたけれど、慣れない山道にバテてしまったので置いてきた。鎧を着ての行軍と、道もない山の中を上がったり下がったり転がり落ちたりするのは勝手が違うらしい。


 決して、狩猟やら肉食やらの話をすると『いけません』と反対されそうだったから無意味に山の中を走り回ってバテさせたわけではない。ないのだ。


『まぁ美濃守護代の娘が肉食やら狩猟やらするのはありえないですよね』


 プリちゃんのツッコミを聞き流しつつ探知魔法ラウスフで周囲の探索をする私。


「お?」


 近くに大型の動物らしき反応あり。大きさからしてたぶんクマ。……そして、その熊の前に人間らしき反応が四つ。


 クマ狩りなら遠距離で仕留めるはずだし、たぶん山の中でばったりと出会ってしまったのだろう。あるいは獲物として狙われているのかな?


 クマは意外と美味しいから――じゃなかった、見て見ぬふりをするのも気が引けるので私はクマに襲われそうな人たちに加勢することにした。反応のあった場所へと移動する。


「……あらまぁ」


 藪をかき分けるとすぐにクマと人間たちを見つけることができた。クマはたぶんツキノワグマ。人間は少年が四人に青年が一人。

 年齢からして青年がリーダーになるべきなのだろうけど、不思議と少年のうちの一人がリーダーの風格を漂わせていた。



「――是非もなし」



 そのリーダーらしき少年がクマの前に立ち、刀を構えた。いやさすがに刀でクマ相手は厳しいのではと思うのだけど、たぶんしゃがみ込んだ別の少年を庇っているのだろう。足の骨が折れているみたいだし。


「若様! お逃げくだされ!」


 残った青年や少年たちも刀を抜き、リーダーらしき少年を庇うように前に出る。けれど、リーダー――若様と呼ばれた少年に引く気はないようだ。


 お互いに助け合う感動的な場面だけど、クマ相手では少々分が悪い。私は少年たちを助けるのと同時、本来の目的である狩猟をすることにした。


 まずは土魔法で蔦を操り、クマの後ろ足を絡め取る。そのままクマを引っ張り上げて逆さ吊りにしてから雷魔法でショックを与えて気絶させる。


 普通ならこのまま皮を剥いだり血抜きをしたり内臓を取り出したりするのだけど……。今日は他にも人がいるから止めておこう。動物の解体って結構グロテスクだし。


「さて、大丈夫かしら?」


 声を掛けたけど反応無し。きっとクマが恐くて茫然自失しているに違いない。可哀想に。


『いえ主様の非常識さに呆然としているだけかと。なにせ体重数百キロはあるクマを吊り上げ、気絶させたのですから。しかも銀髪赤目とくれば正常な反応が返ってくると期待する方がおかしいですね』


 期待くらいしてもいいじゃない。


 とりあえず、私は足が折れている少年の側まで近づき、治癒魔法を掛けてあげた。この時代って骨が折れても添え木をするくらいしか『治療』をしないし。さっさと治してあげた方がいいだろう。


「え!? い、痛くない……!?」


 骨折が完治した少年が目を丸くしていた。そんな彼の様子を見て周りの子たちも驚きを隠せていない。


 ……ただ一人。若様と呼ばれた少年だけが不敵な笑みを浮かべているけれど。


 “若様”なのだからきっといいところの坊ちゃんなのだろう。

 年齢は13~14歳くらいだろうか? 整ってはいるけれど小生意気そうな顔つきをしている。


 何というか、奇抜な格好をした子だ。


 髪はいわゆるちょんまげで、萌黄色の紐で巻いてある。

 上着は薄い着物を半脱ぎにしていて遠山の金さんみたいだし、無駄にカラフルな袴も通常の半分の長さしかない。半ズボンが許されるのは小学生までだと思う(個人の見解です)


 手にした太刀の柄は普通の柄捲きじゃなくて縄を巻いている。鞘は金銀で飾り付けられていてピカピカだ。縄と金銀細工のコントラスト(?)はハッキリ言ってしまえばセンスが悪い。

 いやでも思春期男子と考えれば金ぴかな刀というのも仕方ないのだろうか?


 腰の周りには小さな袋や瓢箪をいくつかぶら下げている。とても歩きづらそうだ。


『……なんというか、ここまで記述通りだと逆にビックリしますよね』


 記述? 何のこと?


 私がプリちゃんに問おうとすると、若様と呼ばれた少年が私の前に立ち、偉そうに腕を組んだ。


「うむ、噂通りであるな! さすがは美濃の『山姥』殿よ!」


 ……やまんば?


 もしかしなくても私のことだよね? 姥? 私はどこからどう見ても15歳の美少女だというのに。解せぬ。


『実年齢的には解す・・しかないのでは?』


 そろそろ泣くぞ?


 おっと泣き真似する前に少年に問い糾さなければ。


「え~っと、山姥って何? どういうことかしら?」


 ひくつく頬を何とか押さえ込みながら私は問い糾した。私は15歳。永遠の15歳。姥ではない。そうきっと自動翻訳ヴァーセットが翻訳間違いをしたか聞き間違い――


「うむ。稲葉山の城下町には山姥が出ると噂に――痛い痛い痛い!?」


 若様の両頬を指でつまみ、思い切りひねった・・・私である。おぉ、男の子にしては柔らかな頬。伸びる伸びる。

 今気づいたけど若様は私より少し背が低かった。とはいえ少年だしまだ伸びるかもしれない。


 彼の背後にたむろしていた少年たち(&青年)が『貴様! 若様になにをするか!?』と憤り刀に手を伸ばしたけれど……ちょっと睨み付けると石のように動きを止めた。最近の若者は軟弱だね。


『魔法防御の概念がないこの世界で“威圧ズウィン”するのはひどいと思いますが』


 威圧ズウィン。一定以上のレベル差がある相手を行動不能にする技だ。この世界にもレベル的な概念はあるらしい。

 プリちゃんの大絶賛を聞き流しつつ私は頬をひねったままの若様に微笑みかけた。


「誰が山姥かな? 私はとても傷つきました。早急な謝罪を要求します」


「な、なぜわしが謝罪など――」


「ご・め・ん・な・さ・い、は?」


 つねる力をさらに強めると若様は諦めたように謝罪を口にした。


「ご、ごめんなさい」


「よろしい」


 満足した私は若様の頬から手を離した。


「……女子おなごとは思えぬ握力。やはり山姥――」


「あ゛ん?」


「すまんかった」


 降参するように両手を上げた若様はじぃっと私の顔を見つめてきた。


「なによ? いくら私が美少女だからってそんなに見つめられると照れちゃうのだけど?」


「……いや、すまん。あまりに美しいので見惚れてしまった」


「へ?」


 いきなりの口説き文句に私も驚いたけれど、後ろにいた少年たちの方がもっと驚いていた。



「わ、若様が女子を口説いた!?」

「あの口足らずな若様が!?」

「すべてのやりとりを『で、あるか』で済ませようとするあの若様が!?」

「てっきり女性に興味がないのかと!」



 と、次々に驚愕を口にしている。いや唯一の青年は楽しんでいるっぽいけど。


 そんな少年たちを睨み付けてから若様は私に向き直った。


「おぬし、名は何という?」


「き、帰蝶だけど」


「帰蝶か。いい名前だ。改めて謝罪しよう。帰蝶のような美しい女人を山姥呼ばわりするなど、このわし一生の不覚であったわ」



「美しい女人!?」

「若様があれほどまで褒めるとは!?」

「いつもより口数が多い!?」

「あんなにも流暢に喋れたのか!?」



 もはや後ろの少年たちは天変地異が起きたかのような慌てようだけど、私も内心大慌てである。


「い、今さら褒めてきたって遅いんだからね? ……ふへへっ」


 おっと慌てすぎてつい頬が緩んでしまった。そう、慌てたせい慌てたせい。


『ちょっと美人と褒められただけで……。この主、チョロすぎである』


 チョロくありません。正常な反応です。よく見るとこの若様は私好みのイケメンだし、そんなイケメンから褒められれば機嫌の一つや二つ良くなってしまうものなのだ。


『さっきまで小生意気そうとか思っていたくせに……。このショタコン、チョロすぎである』


 主をショタコン呼ばわりとはいい度胸。よろしい、ならば戦争だ。


 私がプリちゃんとの世界最終戦争を決意していると、若様が背後の少年たちに目をやっていた。


「うむ、こやつらはそこらの大人に負けない武勇を誇っているが、一睨するだけで動きを止めてしまうとは……。なにか妖術の類いでも掛けたのか?」


「妖術扱いとは失礼ね。あれは歴とした魔法です」


「ほぅ? まほう? それは一体どんなものなのだ? あのクマを吊り上げて気絶させたのも『まほう』なのか?」


 若様がずいっと顔を近づけてきた。そう、私好みの顔面を。改めて見てもイケメンだ。男の化粧なんてないだろう時代にあって睫毛は長く、瞳の力強さをさらに強調している。鼻は日本人離れしているほど高く、一本筋が通っていた。歯並びは美しく、肌は健康的に日に焼けているがきめ細やか。


 ……何というか、女装の似合いそうな少年だった。ナヨナヨ系じゃなくて宝塚系のカッコイイ女装ね。


『宝塚は男装です』


 考えるな感じるんだ。理屈なんて雲の彼方までぶっ飛ばせ。


「……そうね、これは“真法まほう”と呼ばれる技よ」


 地面に小枝で字を書きつつ説明する。前々から説明のために考えていた字面だ。前世日本ならとにかく、この時代の“魔”というのは悪い意味しかないらしいからね。なんでもお釈迦様が悟りを開く邪魔をした存在で、マーラがなんとかかんとか(byプリちゃん)


 まぁとにかく、前世日本の『魔法』という文字には悪い意味なんてほとんどないけれど、この時代では仏敵とかそのレベルの邪法と受け取られかねないのだ。だからこそ『真法』と文字を変えてしまったと。


 魔法について軽く説明しつつ、父様にして見せたように手のひらの上で火を灯すと若様はキラキラと目を輝かせていた。


「ほうほう! それが真法であるか! わしにも使えるのか!?」


 見た目中学生くらいの少年が『わし』という一人称を使っているのは――正直、いいかもしれない。これがギャップ萌えというやつか……。


『頭の中ピンク色ですね。数百年も恋愛経験が絶無だとこうなってしまいますか……』


 うっさいわ。


 魔法適正を視るために鑑定眼アプレイゼルを起動し、若様の顔を凝視する。そう、あくまで鑑定のためであり、私好みのイケメンを楽しんでいるわけではない。ないのだ。


『ショタコン』


 15歳はショタではありません。セーーーフです。


『実年齢的には完璧にアウトかと』


 プリちゃんの指摘はなぜか聞こえなかったので鑑定を続行――




 ――あ、この子、織田信長だ。


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