第32話 クマ料理
まずは下ごしらえ。という名の解体作業。
「――戴きます」
クマに手を合わせてから始める。
風魔法で頸動脈を切り、血抜き。まだ生きているので心臓の働きによって血が吐き出される。
生臭いニオイが辺りに充満して少年たちの何人かが目を背けたけど、三ちゃんは興味深そうに作業を見つめている。それはもう思わず解説したくなってしまうほどに。
「血を抜くことによって肉の生臭さが抑えられるの。血は腐りやすいからね。ちなみに意識があるまま殺してしまうと肉に血が回ってしまって食べられたものじゃなくなるから注意が必要ね」
「で、あるか」
続いてアイテムボックスから取り出した大型のナイフでクマの腹を割き、内臓を取り出す。少年の一人が嘔吐したけど三ちゃんは興味深そう以下略。
「内臓って意外と温度が高くてね。心臓が止まると血液の循環が止まって熱が分散されなくなり、その熱で肉が傷んでしまうそうよ。あと内臓には雑菌が多くてそれも悪臭の元になるから、まず最初に内臓を取り出さないといけないの」
「で、あるか」
「……あなたねぇ。何でもかんでも『で、あるか』で済ませようとするんじゃないわよ。人間なんだからちゃんとした言葉を喋りなさい」
「で――、……わかった。気をつけよう」
なんだか思ったより素直に頷いてくれたわね。ふふ、やはり私の美少女力を前にしては織田信長も形無しということかしら?
『いえ、ナイフでクマを解体している最中の血まみれ女性に逆らえないだけでは?』
ちょっと現実を見せつけるの止めてもらえません? 未来の夫かもしれない男性の前で獲物を解体する女性って何やねん……。
ま、まぁ、三ちゃんも口調は興味なさそうだけど、目は輝いているので楽しんで(?)いるのだろう。たぶん。きっと。おそらくは。
気を取り直して。熊の内臓はとりあえずアイテムボックスの中に放り込んでおく。こうすれば腐ることもないしね。
熊の胆嚢は漢方薬に使えるのであとで乾燥させておこう。
内臓を処理したら肉を冷やす。獲物の体温を下げて雑菌の繁殖を防ぐのだ。本来は川に浸けておくのだけど、ここは魔法で一気に冷やしてしまう。
十分に冷えたので本格的に解体開始。まずは毛皮剥ぎ。逆さ吊りしていたクマを地面に降ろし、内側から外側に向かっていく感じに割いていく。このとき毛が肉に付いてしまうと後々処理が大変なので注意する。
毛皮が剥げたらその毛皮を作業台として肉を解体していく。この時点で三ちゃん以外の少年たちは(唯一の青年以外)全員吐いてしまったのは見て見ぬふりをするべきだろうか?
まぁとりあえず解体完了。三ちゃんたちに食べさせる分以外はアイテムボックスに収納し、同時に鉄鍋などの調理道具一式を取り出す。
クマ肉はうまみが強いので鍋料理向きだ。
まずは味噌に漬け込んで肉の臭みを取る。本当はこのまま一晩おいておきたいけど時間がないから聖魔法で時間を加速させて完了だ。
『なんという才能の無駄遣い』
これ以上ないほど有効活用しておりますが?
土魔法で竈を作製。
クマ肉を入れた鍋に水魔法で水を注ぎ、火魔法を使って加熱。そしてアク取り、アク取り、そしてアク取り。
いったん鍋からお湯を捨てて、新しくお湯を入れて肉を洗う。これもアク取りの一種だ。
もう一度水を入れて再加熱。山で取っておいた食べられる山菜も入れて、そして味付け。本当はみりんや醤油を使いたいけど手に入らないので城の台所から奪って――ごほん、譲ってもらった味噌ベースの味付け。
さっそく味見してみて、と……。
「……うん、上出来」
我ながら完璧な出来じゃなかろうか。
『なぜあんなテキトーな味付けで美味しい鍋ができるのでしょう?』
なぜなら私が天才だからさ。
三ちゃんの空腹がもう限界そうだったのでお椀に盛り、食べてもらうことにした。
「――うむ! うまいな! こんなうまい食事は初めてだ!」
かなり嬉しいことを言ってくれたけど、ちょっと大げさじゃないかしら?
『……この時代は滅多に肉を食べませんし、きちんと血抜き処理やアク取りをしたものとなれば尚更でしょう。あと『織田信長』であれば食事はすべて毒味済みの冷えたご飯であるはずですし、温かい料理という意味でもうまい食事なのではないでしょうか?』
真っ当なツッコミをされてしまった。ここは『愛情が最高の調味料!』って展開だと思うよ?
『はいはい』
もはやツッコミすらされなくなってしまった……。
三ちゃんは鍋一つ食べ尽くす勢いでおかわりをしてくれた。嬉しいけどクマのお肉は食べ過ぎると脂でお腹を下す可能性があるので注意しなさいね?
「……よく食えますよね」
三ちゃんの後ろにいた青年(唯一吐いてなかった人)がそんなことをつぶやいていた。嘔吐こそしなかったものの鍋に手を伸ばす様子はない。やはり動物の解体はグロテスクだったか。
ちなみにその青年の名前は
『……この時期、森可成はまだ美濃で土岐氏に仕えていたはずですが、どういうことでしょう?』
私に聞かれても知らんがな。
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